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日本人初めての宇宙長期滞在を達成して 〜若田宇宙飛行士による国際宇宙ステーション長期滞在〜
地上での医療にも貢献する宇宙医学実験 徳島大学大学院 ヘルスバイオサイエンス研究部 生体情報内科学 教授 松本俊夫(Toshio Matsumoto)

宇宙での骨量低下をふせぐために

Q. 先生のご専門は何でしょうか?普段はどのような臨床・研究活動を行っていますか?

私は内科医で、内分泌・代謝内科学を専門としています。内分泌・代謝内科学とは、ホルモンのさまざまな異常で起こる病気を診る分野で、脳下垂体や甲状腺などの内分泌異常症や、尿酸や糖質などの代謝異常症などを診療しています。糖尿病や痛風、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)などの生活習慣病もこの分野に含まれますが、私は、特に骨粗鬆症を中心とする骨の病気を内分泌・代謝異常症という視点から研究しています。

Q. 先生が担当されている宇宙医学実験について教えてください。

23歳健常女性(左)と85歳骨粗鬆症女性(右)の脊椎のマイクロCT画像。85歳の女性の脊椎の骨梁構造は劣化し骨量が減少している。(提供:長崎大学病院放射線部 伊東昌子先生)
23歳健常女性(左)と85歳骨粗鬆症女性(右)の脊椎のマイクロCT画像。85歳の女性の脊椎の骨梁構造は劣化し骨量が減少している。(提供:長崎大学病院放射線部 伊東昌子先生)

骨粗鬆症の治療薬として使われているビスフォスフォネート製剤を用いて、宇宙に長期滞在する宇宙飛行士の骨量減少と尿路結石を予防できるかを日米共同で研究しています。今回のミッションでは、若田宇宙飛行士に自ら被験者となっていただき、定期的にビスフォスフォネートを服用し飛行前後の骨密度の変化を調べました。
骨は、常に壊されては(骨吸収)作られる(骨形成)という代謝が営まれることによりその強度や構造を維持しています。この骨吸収と骨形成のバランスが崩れると、骨密度が低くなると共に構造が変化し、骨強度が低下しもろくなります。もっと詳しく言うと、古くなって金属疲労のようなひび割れ(微細損傷)などが生じ劣化した部分の骨を、破骨細胞という細胞が溶かして壊します。すると、「ここの骨を直せ」という指令が出て、骨を形成する骨芽細胞が骨を再生します。何がその指令をコントロールしているかはまだ完全には分かっていませんが、力学的な負荷が骨にかかることがこの骨代謝バランスを保つ上で重要な役割を果たしているのではないかと考えられています。その結果、運動して負荷がかかる場所などに、より多くの骨が形成され強化されているのです。
そのため重力の負荷がない宇宙環境では、骨の代謝バランスがくずれ、非常に速い速度で骨が失われます。宇宙に長期滞在した宇宙飛行士の骨密度を測ったところ、大腿骨では平均して1ヵ月で1.0〜1.5%ほど減少することが分かりました。これは非常に大きな減少で、骨粗鬆症患者でも約1年かかって減少する量です。また、骨が減少することで骨から尿へ溶け出したカルシウムは尿路結石を引き起こす可能性があります。国際宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士たちは1日に2時間の運動をしていますが、骨の形成刺激となるにはかなり強い瞬発的な負荷が必要なために、種々の器具を用いて運動しても先程述べたような急速な骨密度の低下を防ぐことができないのです。
そこで、強力な骨吸収抑制作用により骨粗鬆症の治療薬として用いられているビスフォスフォネートが、宇宙でも効果を発揮するのではないかと提案をしたのです。閉経後や高齢化に伴う骨粗鬆症は、性ホルモンの減少や加齢に伴い発症することから、無重力によるものとはメカニズムが違います。しかし、力学的負荷の低下により、骨吸収が著明に亢進すると共に充分な骨形成が起こらなくなっていることから、ビスフォスフォネートを用いれば宇宙での骨量減少や尿路結石を防ぐにちがいないと思いました。この宇宙医学実験は、宇宙ステーションでの長期滞在に留まらず、将来の有人火星飛行など、もっと長期間にわたり遠くへ飛行する宇宙飛行士の健康管理の面でも極めて重要だと思います。また、無重力状態と同様に力学的負荷の低下により発症する寝たきりの患者さんに起こる骨粗鬆症に対する治療成績を向上させるためにも、大きく貢献できると思います。

Q. 日米共同研究ということですが、NASAとはどのような連携をとられているのですか?

ビスフォスフォネートを用いた今回の私たちの研究の課題は2つあって、骨量減少と尿路結石を予防することでした。一方、NASAは骨粗鬆症防止を目的として異なるビスフォスフォネートを使用する提案をしてきました。最終的には共同研究としてNASAが提案した薬を採用することになり、骨量減少の研究はアメリカが中心に、尿路結石の研究は私達たちが中心となって解析することになりました。
NASAが提案したビスフォスフォネートは1週間に1回服用する経口剤で、一般名は「アレンドロネート」。私たちが提案したのは、1年に1回静脈注射すれば骨の吸収が強力に抑えられる注射薬で、一般名は「ゾレドロン酸」です。この薬ですと、飛行前に1回注射をすれば1年以上効果が持続します。当初は、この2つの薬を使って効果を比べる予定でした。しかし、私たちが提案した強力な静脈注射薬が、日本でもアメリカでも骨粗鬆症治療薬として認可されていなかったことが問題となりました。この薬は骨粗鬆症に対しても1年に1回使うだけで強力な効果が示されていましたが、当時は骨にガンが転移した患者さんへの投与のみが認可されていました。しかも、ガンの患者さんには歯周病、とりわけ歯槽膿漏などの感染症が多く合併しますが、そういう人にこの薬を使うと、歯の骨が腐ってしまう顎骨壊死(がっこつえし)が発生する場合があるという問題がその後生じました。そのため、実際に宇宙飛行士に薬を使ってもらおうという段階になって、宇宙でこんな合併症が起こったら大変だという危惧が生じました。そして、結果的には、NASAが提案した経口薬だけが使われることになりました。
このような経緯から、骨についてはNASAが骨量の測定やデータ解析を主導的に行い、私たちは、骨量減少にともなう尿路結石についての研究を主導的に行うことになりましたが、データ解析は一緒に進めていく予定です。帰還直後の若田飛行士の骨密度データはとてもよいものでしたが、今はまだ被験者の数が少数なので、誰のデータか特定できてしまうため発表できません。今後NASAとの共同研究を続けていき、何人かのデータがそろえば、解析結果を発表したいと思います。どのような成果が出るかとても楽しみです。

被験者を初めて引き受けてくれた若田宇宙飛行士

Q. 実験を行うにあたって苦労された点は何でしょうか?

ビスフォスフォネートを手にする若田宇宙飛行士(提供:NASA)
ビスフォスフォネートを手にする若田宇宙飛行士(提供:NASA)

この実験は日米共同で行われていて、若田宇宙飛行士だけでなくNASAやカナダの宇宙飛行士も被験者として参加してくれています。しかし、被験者からの同意を得るのにとても苦労しました。NASAやJAXAのフライトサージャン(航空宇宙医師)が一生懸命説明しても、最初は誰も同意してくれなかったのです。私たちが提案した注射薬の影響で、歯が腐る危険を被るのは不安があるので受けられない、あるいは、たとえ骨が減ったとしても、帰還してある程度の時間が経つとまた元にもどるから必要ない、という宇宙飛行士がほとんどでした。ビスフォスフォネートを使ってくれれば効果があると確信があっても、被験者がいなければ、実験は成立しません。このままでは実験が暗礁に乗り上げてしまうとあきらめかけた時に、この研究の意義を理解していただき救ってくれたのが、若田飛行士です。
JAXAの医師の方たちが若田飛行士に実験の内容を説明したところ、ほかの誰もが受けなかったことを先頭に立って引き受けてくれたのです。若田飛行士が同意してくださった後は、7〜8人の宇宙飛行士が引き受けてくださいましたので、もしかしたら「若田飛行士がやるなら自分も協力しよう」と思ってくれたのかもしれません。若田飛行士はテレビのインタビューで「私はモルモットになる」というようなことをおっしゃっていましたが、本当にすごく大きな勇気ある決断をされたと思います。

Q. 帰還直後の記者会見でしっかり歩く若田宇宙飛行士をご覧になってどう感じましたか?

筋力トレーニングを行う若田宇宙飛行士(提供:NASA)
筋力トレーニングを行う若田宇宙飛行士(提供:NASA)

地球に戻ってきてすぐは、筋力の低下に加え血圧のバランスや平衡感覚などに問題があるものと思いますが、若田飛行士はきちんと平衡感覚がとれていて、見ていても何ら心配なく歩くことができていました。長期滞在を行った宇宙飛行士の中で、帰還直後の記者会見に参加した人はあまりいないそうで、とても話題になりましたね。「ビスフォスフォネートを使ったからですか?」とずいぶん多くの方から聞かれましたが、歩行するには、骨よりむしろ筋力が重要だと思います。ちゃんと歩けたのは、ビスフォスフォネートを飲んでいたからというよりもむしろ、若田飛行士の意識の高さというか、宇宙でも筋力が落ちないように相当努力をされていた結果の方が大きいのではないかと私は思います。

  
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