プレスリリース

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ライフサイエンス分野における
国際宇宙ステーション早期利用について
-国際公募・国際線虫実験-

平成16年2月18日

宇宙航空研究開発機構

本日開催された宇宙開発委員会において、下記のとおり報告をいたしました。


I. ライフサイエンス国際公募の概要

○本制度について

 国際宇宙ステーション(ISS)を利用して行うライフサイエンスおよび宇宙医学実験において、各国宇宙機関が実験装置やリソースを相互に提供しあうことにより最大の科学的成果を得ることを目的として、実験支援機関が国際的に実験テーマを募集、選定する制度である。(別紙1参照)

○実験支援機関

 実験支援機関は以下の7つの宇宙機関である。

◇ NASA(米国) ◇ JAXA(日本) ◇ ESA(欧州) ◇ DLR(ドイツ) ◇ CSA(カナダ) ◇ CNES(フランス) ◇ NSAU(ウクライナ)

 これら7つの宇宙機関で構成する「国際ライフサイエンス戦略会合」が中心となって方針設定を行い、募集および選定を実施している。
○これまでの公募と日本の参加

 1997年に第1回の公募が開始され、現在までに4回の公募が実施された。日本は第2回(1998年)公募より参加しており、これまでに12テーマが採択され、うち9テーマが打上げに向けて準備中である。(別紙2参照) 

宇宙開発委員会利用部会での指摘

 宇宙開発委員会利用部会が平成15年6月にとりまとめた「我が国の国際宇宙ステーション運用・利用の今後の進め方について(中間報告)」の指摘事項

  1. 「既存利用推進制度の見直し」の中で「求められる成果を早期、確実かつ継続的に創出するため、以下の機能に留意しつつ、制度の見直しを図る」とした上で、
    「JEM初期運用開始までの間の利用促進を図るための、落下施設、航空機、小型ロケット、国際宇宙ステーションの米国やロシアのモジュール等、既存の微小重力実験手段の利用による十分な成果の早期創出が期待される課題に対する利用機会の提供」を提示。
  2. また、「JEM初期利用における重点領域・課題」の中で「JEM初期運用段階における科学・技術開発分野の約30の利用領域の中から、総合的な評価・検討により設定された優先的に推進すべき重点領域」の一つとして、
    「宇宙ゲノム科学:重力感受遺伝子の働きの理解」が選出された。

第5回ライフサイエンス国際公募の概要

(1)方針

 前項に示す宇宙開発委員会利用部会の指摘事項等を踏まえ国際調整を行った結果、第5回の公募では次の方針で行うこととなった。

  1. 現在のISSの装置とリソースで可能な実験に限り募集する。
    ←既存の実験手段を用いることにより、短期間かつ比較的容易に準備ができることから、研究者の負担が少なく、成果の早期創出が期待できる。
  2. 2004年末から2007年の間に利用可能なISS及びシャトル飛行での早期実施を目指す。(シャトルの運行復帰を前提)
    ←成果の早期創出が期待できる。
  3. 実験材料を特定のモデル生物(Caenorhabditis.elegans(線虫), Arabidopsis thaliana(シロイヌナズナ), Brassica rapa (アブラナ属), Saccharomysces cerevisiae(酵母) 及びヒト(宇宙飛行士が対象)の実験に限定する。
    ←上記モデル生物は様々なゲノム科学の目的のために多くの研究者が利用しているサンプルであり、 ゲノム科学に有効で代表的なサンプルである。(別紙3参照)
(2)国際公募の意義

 国際宇宙ステーションでライフサイエンスおよび宇宙医学実験を遂行する上で、参加する各国宇宙機関が相互に実験装置及びリソースを提供しあうことにより、科学的成果を最大限に得ることができる。具体的には自国の所有しない装置等を利用することが可能になる。

(3)募集方針
  • 生命科学研究については平成15年6月の宇宙開発委員会利用部会中間報告書で提案した重点領域の一つである「宇宙ゲノム科学」において早期に成果を創出することを目的に募集する。
  • ヒト対象医学研究についてはJAXA宇宙医学研究グループが目標としている軌道上長期滞在の為の健康管理に関わる医学的課題の解決を目的に募集する。
(4)募集から選定までの主要スケジュール
募集開始 平成16年2月18日
仮申し込み締め切り 同  3月18日
募集締め切り 同  4月23日
書類予備審査
国際事務局へ応募書類提出 同  5月5日
国際科学・技術評価パネルによる審査 同  5月〜6月
JAXAによる最終選定(優先順含む) 同  7月頃予定
国際ライフサイエンス戦略会合での国際間調整 同  9月頃予定
(5)軌道上実験の実施

- 各モデル生物ごとに2004年末から2006年の間のシャトルフライトを利用して順次打ち上げが実施される予定である。

(ヒト対象医学テーマのみ2007年頃を予定)

II. 国際線虫実験の概要

 第5回ライフサイエンス国際公募に先立ち、そのモデル生物の一つである C.elegans(線虫)が宇宙実験において有用であることの確認と、実験技術の確立を図ることを目的とし、フランス航空宇宙研究所(CNES)が計画している国際共同実験へ日仏の宇宙協力の一環として参加する。これはソユーズのタクシーフライトを利用して行うものであり、他の宇宙機関としてはNASA及びCSAが参加する。

(1)実施の枠組み(別紙4参照)

国際公募ではなくCNESと各参加機関との各々2国間協力協定による。
実験機会・装置はCNESが提供し、JAXA、CSA、NASAは資金や実験技術で協力し、実験試料(C.elegans)は各機関が実験目的にあわせて持ち寄り提供する。

(2)概要
フライト: ソユーズ宇宙船(8S)によるタクシーフライト
(打上げ予定:2004年4月19日、回収予定:同年4月29日)
装置: CNES保有のインキュベータ及び飼育容器
軌道上実験期間: 6日間
実験方法: 複数種のC.elegansを打上げ、軌道上で孵化、成長させ回収。
地上でゲノム解析などを実施し微小重力の影響を解析する。
研究成果の報告: 平成17年5月予定 
(3)JAXAの対応
  • 新たに発足したISS科学プロジェクト室(宇宙科学研究本部)が中心となり研究計画を立案し重点領域「宇宙ゲノム科学」の推進を目的として参加する。
  • 第5回ライフサイエンス国際公募のモデル生物の一つであるC.elegansを用いた実験の経験や成果を蓄積しつつ、同公募研究における成果向上に資する。
  • 本格的な実験機会に先立つ検証実験の性格が強いこと、実験の準備期間が短いことから研究公募は行わずJAXAの研究者が研究責任者となり参加。
  • 但し、国内の線虫研究コミュニティから研究協力を得ることで科学的意義のより高い研究計画を立案。
(4)日本の研究テーマ

「微小重力のC.elegansの初期発生、筋発達過程に及ぼす影響と重力感受機構のゲノム解析」          C.elegans はゲノムや細胞の分裂過程がすべて明らかになっているという特徴により初期発生から老化までの過程や筋発達の研究がゲノムレベルで効果的に行える。そこで、重力との関連性を最新の解析技術を用いて研究することにより宇宙滞在で特に問題となる筋萎縮と重力感受機構の関係につながる知見の獲得を目指す。また、この研究を通してヒトの高齢化や筋萎縮など医学問題への将来的な展開が期待できる。



別紙1
国際公募のしくみ

  • 本公募の実施にあたっては、参加宇宙機関(*)が以下の役割を果たす。
    • 実験支援機関→募集・選定されたテーマの実施に責任を持つ
    • フライト機会提供機関→装置及び打上げや軌道上のリソースなどを提供する
    • リードマネージメント機関(必要に応じて参加機関から設定)→フライト実験に参加する研究チーム全体の指導、管理に責任を持つ。
    各役割の責任を果たすために必要となる費用及びリソースは各機関が負担する。
     *NASA、JAXA、ESA、DLR、CSA、CNES、NSAU
  • 参加宇宙機関の間ではリソース(軌道上、地上及び利用リソース)の授受が発生するが、国際ライフ戦略会合での調整を通じてバランスがとられる。
図:実験リソースのバランス調整の例(JAXAとNASAの間)

ライフサイエンス国際公募の実施過程


別紙2
ライフサイエンス国際公募のこれまでの実績

表1 これまでのライフサイエンス国際公募の時期と応募・選定状況

日本の応募総数
(括弧内は国際応募総数)
日本のフライト候補テーマ選定数
(括弧内は国際選定総数)
第1回ライフサイエンス
国際公募(1997)
日本は不参加
第2回ライフサイエンス
国際公募(1998)
発出 1998.6.1 39(165) 5(39)
応募締切 1998.9.10
選定 1999. 4.25
第3回ライフサイエンス
国際公募(1999)
発出 1999.8.31 25(112) 1(12)
応募締切 1999.11.22
選定 2000.4.26
第4回ライフサイエンス
国際公募(2001)
発出 2001.5.16 15(120) 6(24)
応募締切 2001. 8.20
選定 2002. 1.23
第5回ライフサイエンス
国際公募(2003)
発出 2004. 2.18 今回の募集 今回の募集
応募締切 2004. 4.23
選定 2004. 9月予定

過去に選定され準備中の日本のテーマ
選定代表研究者と所属テーマ標題と準備状況担当宇宙機関と実験装置実験準備状況
第2回 石原 昭彦 ラットの骨格筋繊維および脊髄運動のニューロンに及ぼす微小重力ならびに神経筋活動の影響 NASA ARC 実験計画書制定済。実施待ち 
京都大学 宇佐美テーマおよびDr.Zerath (CNES) との合同実施に向けて準備中。 AEM
人間科学部
宇佐美 真一 微小重力の前庭系神経伝達機構に及ぼす影響 NASA ARC 実験計画書制定済。実施待ち
信州大学 石原テーマおよびDr.Zerath (CNES) との合同実施に向けて準備中。 AEM
医学部
古澤 壽治 カイコ生体反応による長期宇宙放射線曝露の総合的影響評価 JAXA 実験計画書制定済み
京都工芸繊維大学 カイコ卵収容容器の開発検討中。 CBEF,放射線ディテクター
繊維学部
第3回 大西 武雄 哺乳動物培養細胞における宇宙環境曝露後のp53調節遺伝子群の遺伝子発現 JAXA 実験計画書制定済み
奈良県立医科大学 谷田貝テーマとの協同実施を目指し、実験運用要求を検討。 CBEF, MELFI
医学部
第4回 谷田貝 文夫 ヒト培養細胞におけるTK変異体のLOHパターン変化の検出 JAXA 実験計画書制定済み
理化学研究所 大西テーマとの協同実施を目指し、実験運用要求を検討。 CBEF, MELFI
加速器基盤研究部
高沖 宗夫 破骨細胞分化因子(RANKL)遺伝子制御領域内の重力感受エレメントの同定 JAXA 実験計画書作成中
宇宙航空研究開発機構 実験計画の詳細化作業実施中。 CBEF, MELFI
ISS科学プロジェクト室
若林 和幸 重力によるコムギ芽生え細胞壁のフェルラ酸形成の制御機構 JAXA 実験計画書作成中
大阪市立大学大学院 実験計画の詳細化作業実施中。 CBEF, MELFI
理学研究科
二川 健 蛋白質ユビキチンリガーゼCblを介した筋萎縮の新規メカニズム JAXA 実験計画書作成中
徳島大学 実験計画の詳細化作業実施中。 CBEF, MELFI
医学部
James Todd Pearson 鶏胚の卵絨毛尿膜の血管新生を刺激するのは重力か?あるいは酸素濃度か? JAXA 実験計画書作成中
国立循環器病センター 実験計画の詳細化作業実施中。 CRIM or CBEF
心臓生理部

略語:
ARC : NASA Ames Research Center,   JSC: NASA Johnson Space Center,    CSA: Canadian Space Agency,
AEM : Animal Enclosure Module, (NASAの 小動物飼育装置) CBEF: Cell Biology Experiment Facility,  (JAXAの細胞培養装置)
MELFI : The Minus Eighties Degree Celsius Laboratory Freezer for the International Space Station,(ISS共通の冷凍冷蔵庫)
CRIM : Commercial Refrigerator Incubator Module (NASAの小型恒温装置)

別紙3
公募の対象となるモデル生物


Caenorhabditis elegans : 体長1mm程度の線虫。ゲノム及び受精卵から成虫までの細胞分裂過程が解明済みで生物研究に広く利用されるモデル生物。2002年のノーベル医学生理学賞はC.elegansに関する研究が受賞している。



Arabidopsis thaliana : アブラナ科の小型植物。ゲノムサイズが約123 Mbと高等植物で最も小さい等多くの利点があり研究に広く使用されている。ゲノムの全塩基配列も決定済。得られた情報は環境ストレス耐性、耐病性、生産性向上などに応用。



Brassica rapa : アブラナ科アブラナ属の植物。道端や草地などでも一般的に生育する。研究用としても比較的利用されている。米国の研究者がシャトル実験などで栽培に成功している。



Saccharomysces cerevisiae : ビール酵母の一種。単細胞の真核生物で約6,000の遺伝子がある。どこにでもいる菌であり、普通は糖類を炭酸ガスと水に分解して生活している。

別紙4
国際線虫実験実施体制


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