宇宙航空研究開発機構
本日開催された宇宙開発委員会において、下記のとおり報告をいたしました。
「ようこう」(補足資料の1ページ)は、平成3年8月30日、宇宙科学研究所鹿児島宇宙空間観測所(当時)からM-3SII型ロケット6号機により打上げられた我が国2機目のX線太陽観測衛星である。X線からガンマ線領域で働く4種類の観測装置により、10年3ヶ月にわたって太陽活動の科学観測を継続し、太陽活動周期の一周期(約11年)をほぼ連続観測した世界初の科学衛星である(補足資料の2ページ参照)。平成13年12月15日に姿勢制御異常、電源喪失という事態に陥り科学観測を中断し、平成16年4月23日の停波措置によりその運用を終了した。
「ようこう」は、太陽活動極大期の太陽大気(コロナ)及びそこで起こる太陽フレア爆発等の高エネルギー現象の高精度観測を行うことを目的とした科学衛星である。このミッション目的を達成するため、「ようこう」には、数百万度から数千万度に達する超高温のコロナを撮像観測する軟X線望遠鏡、フレア爆発に伴って生成される高エネルギー電子からの放射を捉える硬X線望遠鏡など、互いに相補的な4種類の観測装置(補足資料の16ページ参照)が搭載された。衛星設計にあたっては、太陽活動極大期が過ぎるまでの最低3年間を主ミッション期間として設定していた。
(1)画期的な性能の硬・軟両X線望遠鏡で「新しい太陽像」を獲得
「ようこう」に搭載された4種類の観測装置は、打上げ当時としては、いずれも画期的な性能を誇るものであり、旧来の「静かな太陽コロナ」のイメージを一新する大きな成果をもたらした。
(2)搭載観測装置の協働で太陽フレアのメカニズムを解明
硬・軟両X線の2つの望遠鏡の撮像結果を比較することで、さらには「ようこう」搭載の2つの分光器(軟X線ブラッグ分光器BCS、広帯域X線・ガンマ線分光器WBS)や時にはコンプトン・ガンマ線天文台衛星などの他の科学衛星や各種の地上望遠鏡による観測をも併せ用いることで、太陽フレアが太陽コロナ中の反平行の磁力線が結びつく磁気再結合(磁気リコネクション)過程であることを疑問の余地なく確証した(補足資料の9〜10ページ参照)。
従来の欧米の太陽観測衛星では搭載機器ごとの混成チームにより衛星の運用や科学解析が行われていたが、「ようこう」では統合された単一の「ようこう」科学チームによる衛星運用、全ての科学観測データの共有、協働解析を行ったことが、この成果につながった。
(3)近接科学領域との融合の深化に貢献
「ようこう」の科学成果は、単に太陽物理学の研究にとどまらず、「磁気リコネクション」をキーワードにして、恒星・銀河物理学や地球磁気圏物理学、特にそこで起こる磁気流体力学現象の理解にも多大なヒントを与え、その解明に大きな貢献をした。
また、地球の磁気圏、上層大気に大きな影響を与える惑星間空間擾乱現象の発生機構の解明・予測につながる太陽コロナ現象として、黒点群から遠く離れた箇所で起こる巨大アーケード出現現象や太陽フレアに伴う周囲のコロナの減光現象などを発見し、「宇宙天気」研究の発展の契機となった(補足資料の12〜13ページ参照)。
(4)広範な国際協力、学術情報の発信
以下に示すように、「ようこう」は我が国の学術面での国際貢献として、貴重な成果を挙げている。
(5)世界標準になった太陽データ解析ソフトの創出
「ようこう」科学チームの国際協力事業として、「ようこう」の全データを対象としたデータ・アーカイヴ化を進めるとともに、解析ソフトウェア・パッケージをIDL(Interactive Display Language; 画面対話型コンピュータ言語)の上に構築した。この「ようこう」解析ソフト・パッケージは、その後の米欧の太陽観測衛星や地上の観測装置からのデータをも包含したSolarSoftへと進化し、今では全世界の太陽観測データのかなりがこの共通ツールにより解析可能となっている。この取組みのなかで、我が国の弱点であったデータ解析システムやデータ・アーカイヴ構築などの面で大きな進展があった。
(6)人材育成、社会への成果還元等の成果
10年以上にわたる「ようこう」の衛星運用は、想定範囲内で最も高い軌道に衛星が投入された幸運に恵まれたことにもよるが、次に述べる幾つかの措置がこの成果をもたらしたものである。
(1) 設計・試験段階の措置
衛星バス部の設計にあたっては、(1)一部のコンポーネントの喪失が衛星の喪失につながらないように、可能なかぎり冗長品もしくは代替機能を持つようにしたこと(冗長性の確保)、(2)衛星姿勢異常に備えての2段階のセーフホールド姿勢を確保したこと(万一の場合でも安全側に倒れる衛星姿勢系の設計)、また、地上試験時には、(3)実運用で予想されるかぎりの運用シーケンスを全て徹底して試験し尽くしたこと(地上試験の徹底)、などがとりわけ有効であった。
(2)運用上の措置
衛星運用にあたっては、地上での試験で確認されていない運用シーケンスは原則として禁止し、他に手段がなく未確認の運用シーケンスを使用せざるを得ない場合には、十分な事前検討の後に、衛星開発チームの主力を含んだ特別な体制をとって、まずリハーサル、それから本番に進むというように、慎重に手順を踏んで実施するようにした。
これは、今後の衛星運用にあたっての貴重な教訓であり、その後の科学衛星においても同様の対応を行っている。
(3) 機器の劣化に対する措置
衛星では可動部を有する搭載機器等が劣化することは免れないことであり、「ようこう」でも、姿勢制御系でセンサ(IRU;慣性航法誘導装置)とアクチュエータ(MW;モーメンタム・ホイール、及びCMG;コントロール・モーメンタム・ジャイロ)が、打上げ後3年を経過する頃からさまざまな性能劣化の徴候を示すようになった。劣化の激しいものについては冗長品へと切り替える措置をとり、衛星の延命を図った。しかしながら、10年目を迎える頃には切り替えるべき冗長品がなくなり、衛星の基本姿勢を保持するために、衛星の姿勢制御モードを、安定度優先の観測時(衛星日照時)と大きな制御トルク発生優先の夜間(衛星日陰時)とで切り替える措置を採った(補足資料の17頁参照)。
(4)衛星の電源系喪失からの教訓
平成13年12月には、衛星の姿勢制御異常が発生し、衛星はY軸まわり(補足資料の17ページ参照)に回転するようになった。このため、太陽光が太陽電池セルに常時垂直に入射するという条件が失われ、発生電力が大幅に低下してバッテリが全放電に近い状態となった。消費電力を太陽電池の発生電力以下に押さえてバッテリの再充電を試みたが、これが成功しなかったのは、バッテリの充電制御回路が太陽電池セルからの電源によっては制御できない設計になっていたため、有効な措置を能動的に採ることができなかったためである(補足資料の18ページ参照)。
衛星をバッテリの全放電状態から回復するようなことは、通常は想定外の事態である。しかし、「ようこう」の場合には、太陽指向姿勢を失って衛星が回転しているという状態でも、消費電力を太陽電池セルの平均発生電力以下にすることが可能であったという特殊な条件が存在した。したがって、バッテリ充電制御回路の設計次第では、衛星の回復が可能であったのである。
これは、今後の科学衛星開発にあたっての貴重な教訓であり、その後の衛星電源系では、同様の事態が生じないように対策をとっている。
「ようこう」が太陽観測に果たした画期的な役割は、現在では、米・欧共同の大型ミッションSOHO(平成7年)、NASAのTRACE(平成10年)、RHESSI(平成14年)等に受け継がれているが、「ようこう」が実現したコロナの最高温部(2千万度以上)の撮像観測という点では、未だに「ようこう」の軟X線望遠鏡(SXT)を凌ぐ性能の望遠鏡は作られていない。
宇宙航空研究開発機構は、現在、「ようこう」の国際協力の枠組みをさらに拡大して、SOLAR-B衛星を開発中である(補足資料の7ページ参照)。この衛星は、太陽磁場の精密測定機能を有し、かつてない高い解像力で宇宙空間から太陽を観測する世界初の衛星搭載可視光望遠鏡(SOT)、「ようこう」の軟X線望遠鏡の3倍の解像力を有するX線望遠鏡(XRT)、及び撮像観測と分光観測が同時にでき、太陽大気の温度・密度・速度の診断に威力を発揮する極端紫外線撮像分光装置(EIS)の3つの望遠鏡を搭載し、この3つの望遠鏡を同時に働かせることで、太陽大気の構造とダイナミックな磁気活動、磁気リコネクション過程、コロナの成因、ダイナモ機構などの宇宙プラズマ物理学の基本的諸問題を解明しようとするものである。
「ようこう」が見つけた太陽コロナのダイナミックな変動とフレア等の爆発現象の根本原因を解き明かし、地球の磁気圏や上層大気に大きな影響を与える惑星間空間擾乱現象の予測を、より確実なものにする大きな成果を挙げたいと考えている。
宇宙航空研究開発機構 広報部
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