宇宙航空研究開発機構(JAXA)
理化学研究所(RIKEN)
このたび、「きぼう」の船外実験プラットフォームに搭載されている全天エックス線監視装置(MAXI:Monitor of All-sky X-ray Image)は、米国のガンマ線バースト観測衛星(Swift:スウィフト)との連携により、地球から39億光年離れた銀河の中心にある巨大ブラックホールに星が吸い込まれる瞬間を世界で初めて観測しました。この成果は8月25日(日本時間)発行の英科学誌「ネイチャー」(オンライン版)に掲載されました。(掲載論文のタイトル:“Relativistic Jet Activity from the Tidal Disruption of a Star by a Massive Black Hole”)
本論文の責任著者である、米国ペンシルバニア州立大学のデイビッド・バロウズ教授をはじめとするスウィフトの観測チームは、2011年3月28日21時57分(日本時間)に、同衛星に搭載されているガンマ線バースト検出望遠鏡(BAT:Burst Alert Telescope)によって「りゅう座」の方向にある天体から突然強いエックス線を検出しました。この天体(Swift J1644+57と命名)は、その後もさらに強いエックス線放射を繰り返したことから、重い星の死とブラックホールの誕生に伴ってしばしば観測されるガンマ線バーストとは異なるものと考えられました。
スウィフトチームからの連絡を受けて、JAXA、理化学研究所および上記論文の共著者である東京工業大学の河合誠之教授、日本大学の根來均准教授らをはじめとするMAXIの観測チームが同天体の観測データを調べたところ、Swift J1644+57からのエックス線がMAXIでもスウィフトによる発見の数時間前から検出されていたことがわかりました。さらに過去に遡って調べたところ、今回の活動が始まるまでエックス線は放射されていなかったことが確認されました。
MAXIとスフィフトの観測を詳細に解析した結果から、このエックス線の正体は、銀河の中心核にあるブラックホールに星が吸い込まれた瞬間を捉えたものと判明しました。かつてエックス線を出していなかった銀河の中心核が、急に強く活動を開始するところを捉えたのは、今回のMAXIとスウィフトが世界で初めてです。また、エックス線の強さと激しい変動の様子から、エックス線を放射しているのは光速に近いジェットであることが初めて確認されました。これまでも、恒星がブラックホールによって潮汐破壊されて吸い込まれていると考えられた現象が観測されたことはありますが、今回ほど激しい現象ではなく、また、その始まりも捉えられていませんでした。
MAXIは、2009年7月に国際宇宙ステーション日本の実験棟「きぼう」の船外実験プラットフォームに取り付けられ、同年8月以降、全天の天体からのエックス線を常時観測してきました。常時観測によって、今回のように突発現象を捉えたり、その現象が生じる前の状況を正確に把握することが可能となり、今回の発見に繋がりました。また、MAXIのエックス線カメラは低いエネルギーのエックス線を捉えることが出来るため、スウィフトのBATと合わせて、広いエネルギー範囲で今回の現象を捉えることに成功しました。常時観測というMAXIの特徴を活かし、今後も新たな現象の発見が期待されます。
<参考>
ブラックホールにおけるジェット形成のしくみと相対論的ビーム
Swift J1644+57について、ハーバード・スミソニアン宇宙物理学センター博士研究員のアシュレイ・ゾーデラーらによる、米国電波天文台のEVLA(拡張大規模干渉計)など多数の地上電波望遠鏡を用いた観測の結果が、「ネイチャー」の同じ号に掲載されています。彼らの結果によると、Swift J1644+57の発生に伴って、明るい電波源がそれまで活動性を示していなかった銀河の中心に現れました。このことは、Swift J1644+57を宿す銀河の中心にある太陽の100万倍の質量のブラックホールから激しい勢いで物質が噴出したことを示すものです。(ジェットの形成)
我々の銀河を含むほとんどの銀河は太陽の百万倍あるいはそれ以上の質量をもつ巨大ブラックホールを中心に抱えていますが、少数の活動銀河以外の多くの銀河では、そのブラックホール自体の活動は直接観測されることはありません。しかし、ブラックホールに十分近いところに、恒星が通りかかると、ブラックホールの非常に強い重力による潮汐力によってばらばらにされ、そのガスはブラックホールの周りを回転する降着円盤に集められ、ブラックホールに落ち込む直前には数百万度の高温になってエックス線を放射します。円盤の内側のガスはらせんを描いてブラックホールに向かって落ちこみながら磁場を増幅していき、ちょうど回転軸の両端の反対方向を向いたふたつの漏斗を形成します。そこを通って脱出するガスの粒子は、光速の90%の速さまでに加速され、ブラックホールの回転軸方向に双極ジェットを形成することになります。Swift J1644+57の場合は、そのジェットの一本がたまたままっすぐ地球の方向を向いていたことになります。
潮汐破壊された恒星に関する理論的研究からは、可視光と紫外線領域での増光が起こると考えられています。これが光速に近い速度で運動する粒子からの光であるため、相対性理論の法則(ドップラー効果)のために、ジェットの中では可視光や紫外線として出た光が、正面(地球)から見るとエックス線として観測されたと考えられます。
MAXIのこれまでの主な成果
MAXIは2009年8月に「きぼう」船外プラットフォーム上で全天エックス線監視観測を開始して以来、数多くのエックス線突発現象を検出し、世界中に通報してきました。銀河系内のブラックホールや中性子星が急に明るくなるエックス線新星、太陽のような普通の星が短時間爆発的に強いエックス線を放射する恒星フレアなど、銀河系内の現象に加えて、活動銀河核やガンマ線バーストなど、数億〜数十億光年もの遠方の天体の活動も検出し、インターネットを通じて全世界の天文学者に速報しています。その数はこれまでの約2年間で20個以上になります。代表的な成果として、ブラックホール連星 MAXI J1659-152やエックス線パルサー MAXI J1409-619など今まで知られていなかったエックス線天体の発見があります。
MAXIと スウィフトの連携
MAXIチームは、観測開始直後から スウィフトチームと緊密に連携をとって、観測運用を行って来ました。上にあげた MAXI J1409-619 の場合は、MAXIチームからの通報に基づいて、スウィフトによる追跡観測が行われ、新天体の位置を正確に決めることができました。今回は逆に、スウィフトからの通報に基づいて、MAXIのデータを確認することによって、発見直前にすでにこの天体の活動がMAXIによっても捉えられていたことと、以前はエックス線を出していなかったことが分かりました。
エックス線
エックス線は、可視光(目に見える普通の光)や電波と同様に電磁波の一種ですが、波長が可視光の約千分の一と短く、粒子としての性質を強く持っています。可視光が太陽の表面など温度数千度の物体から放射されるのに対し、数百万度以上の高温のガスや、高いエネルギーをもつ電子などから放射されますので、ブラックホールなど、高いエネルギーの天体現象を観測するのに適しています。しかし、宇宙からのエックス線は大気で吸収されて地表に届かないため、人工衛星などを用いて宇宙空間で観測する必要があります。
ガンマ線
電磁波の一種で、エックス線よりもさらに波長が短く、粒子的な性質を強くもっています。原子核反応や、エネルギーの高い素粒子同士、あるいはエネルギーの高い素粒子と電磁波や電磁場との相互作用によって発生します。
潮汐破壊
星を一つにまとめている星自身の重力より潮汐力が強くなって、星がばらばらになることを潮汐破壊と言います。潮汐力とは、ある物体の大きさが重力源からの距離に対して無視できない時に、その物体を引き伸ばそうとする力のことです。例えば、月によって地球を引き伸ばそうとする力が潮の満ち干を生じます。同様に、ブラックホールの近くの星にも潮汐力が働き、ある限界より近づくと潮汐破壊が起こります。