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平成24年度「きぼう」利用テーマ募集 重点課題区分の選定結果について

平成24年11月22日

宇宙航空研究開発機構

 日本実験棟「きぼう」では2008年から実験を開始し、科学的成果が見込まれる「生命科学」、「宇宙医学」、「物質・物理科学」の分野において実験テーマの募集を行い、実施してきました。

 さらに本年3月、より戦略的・体系的に「きぼう」利用の成果を創出するために、2020年頃までの「きぼう」利用の重点化を図る「きぼう」利用シナリオを策定いたしました。この利用シナリオでは、これまでの「きぼう」利用による知見や国際的な研究動向を踏まえ、上記3つの各研究分野の中でも、特に波及効果の高い成果が期待される領域を、重点的に実施すべき目標領域として設定しました。

 平成24年度「きぼう」利用テーマ募集では、従来の「一般募集」(自由な発想に基づく提案募集)に加え、利用シナリオで設定した重点目標領域で設定された研究を推進するため「重点課題募集」区分を新たに設け、平成24年4月から6月にかけて募集いたしました。

 今回、重点課題募集区分として、31件の応募提案から、外部委員会等での選考評価を経て、下記の3テーマを候補として選定しました。今後、これらのテーマの代表研究者とJAXAが協力して宇宙実験研究プロジェクトを立ち上げ、実施内容の具体化を進めます。

 なお、一般募集区分につきましては、10月29日に選定結果を公表いたしました。(別紙2

平成24年度「きぼう」利用テーマ募集 重点課題 候補テーマ
(各テーマの概要は別紙1
テーマ名代表研究者
マウスを用いた宇宙環境応答の網羅的評価
(生命科学分野)
筑波大学生命科学動物資源センター
高橋 智
宇宙環境における健康管理に向けた
免疫・腸内環境の統合評価
(宇宙医学分野)
理化学研究所
免疫・アレルギー科学総合研究センター
大野 博司
火災安全性向上に向けた固体材料の燃焼現象に対する重力影響の評価
(物質・物理科学分野)
北海道大学大学院工学研究院
藤田 修


※「きぼう」基礎研究分野の利用シナリオについては以下をご覧ください。
http://iss.jaxa.jp/kiboexp/news/2020_kibo.html

※ 平成24年度「きぼう」利用テーマ募集については以下をご覧ください。
http://iss.jaxa.jp/kiboexp/application/2012_kibo-utilization-theme.html



別紙1
分野 生命科学分野
テーマ名 マウスを用いた宇宙環境応答の網羅的評価
代表研究者 筑波大学生命科学動物資源センター 高橋智
テーマ概要 本テーマは軌道上でマウスを90日間長期飼育し、宇宙環境における各臓器の遺伝子発現変化および生殖細胞に対する影響を網羅的に評価する研究提案である。ヒトと同じ哺乳類であるマウスは、遺伝情報がヒトと近く、かつヒトの病気に似た症状を示す病態モデルマウスも数多く存在する。さらに小型で世代交代が早く飼育しやすいことから地上で多くの知見が蓄積されているなど、ヒト対象研究を行うためには、極めて有効かつ必須のモデル生物であり、きぼう利用シナリオにおいてその実験環境の構築が必須と提言されている。
推薦理由 無重力や放射線などの宇宙環境に対する統合的な生物応答メカニズムの解明は、重力生物学と宇宙放射線生物学におけるISSならではの最先端の科学的知見の獲得とともに、地上における生物の進化過程の解明につながるものとして、生命科学分野のきぼう利用シナリオの重点目標に挙げられている。これまでの植物や細胞を用いた宇宙実験により、細胞・組織レベルでの形態や遺伝子発現変化などの知見が蓄積されてきたが、本研究は、ヒトへの適用や還元が図りやすいマウスを対象として、生物個体レベルでの長期的な環境影響変化とそれに対する環境適応を把握し、基礎的・網羅的な影響評価を行うものである。本研究を進めることによって、利用シナリオにある統合的な生物応答メカニズムの解明に貢献することが期待される。さらに、国内を代表するマウス実験の拠点が連携した強力な体制のもとで全身臓器への影響評価を網羅的に実施するため、科学的意義のある重大な知見を得られる可能性が高い。また、本研究により宇宙環境応答に関する基盤的知見を得ることで、これまで宇宙実験に関与がなかった多くの第一線の研究者の参画や、病態モデルマウスを用いた各種薬物の効果の確認などのヒトの疾病治療研究などに発展することが期待できる。




分野 宇宙医学分野
テーマ名 宇宙環境における健康管理に向けた免疫・腸内環境の統合評価
代表研究者 理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センター 大野博司
テーマ概要 宇宙環境の微小重力、閉鎖・隔離環境、宇宙放射線は、骨量低下、筋萎縮、睡眠障害、免疫障害などの生理的リスクを引き起こし、老化との類似性も指摘されている。本テーマは、宇宙飛行士とマウスの糞便等を用いて腸内細菌叢や腸内代謝系といった腸内環境の変化を解析し、宇宙環境による免疫障害への影響を評価する実験提案であり、免疫障害の評価指標の同定とメカニズムの解明を目的とする。
推薦理由 宇宙環境における宇宙飛行士のストレス応答やその健康管理技術への応用に向け、免疫応答メカニズムを科学的に解明することは、宇宙医学分野のきぼう利用シナリオにおける重点研究課題となっている。本研究は、免疫系の宇宙環境ストレス応答について、宇宙飛行士やマウスの腸内細菌叢や腸内代謝系といった口腔・腸内環境と免疫系の変化を糞便等の成分の解析によりとらえようとする研究で、独創性・新規性が非常に高く科学的意義とともに、宇宙飛行士の健康管理技術への貢献の点から利用シナリオが掲げる重点課題への貢献が期待できる。また、ここで得られる成果は、高齢者の予防医学や免疫応答メカニズムの評価といった医学生物学への還元が期待できる。本分野では世界最先端の成果を上げている我が国有数の研究機関からの提案である。




分野 物質・物理科学分野
テーマ名 火災安全性向上に向けた固体材料の燃焼現象に対する重力影響の評価
代表研究者 北海道大学大学院工学研究院 藤田修
テーマ概要 本テーマは、対流のないISSの環境を活かし、着火・延焼などの燃焼現象において重力が果たす役割を、幅広い固体材料に対して科学的に明らかにするものである。これまでの落下実験(地上での短時間の無重力実験)などの結果から、無重力環境下では重力環境下に比べ、固体材料が着火・延焼しやすくなる場合があることが明らかになっている。地上における燃焼現象は、材料の特性以外にも、燃焼で生じる熱対流により、燃焼が不安定になる効果や、逆に新たな酸素が供給されて燃えやすくなる効果などが複雑に絡み合っており、これらを切り分けて評価することが困難である。対流のない無重力環境を使うことで、燃焼現象における材料特性影響と対流影響を切り分ける実験が初めて可能となり、地上での燃焼性評価試験に与える重力影響を適切に評価し、宇宙用材料の地上評価における適切な試験方法と国際的な基準の確立を目指す。
推薦理由 本研究提案は、重力の影響を排除した条件で様々な材料を使って燃焼実験を行うことにより、これまで明らかでなかった固体材料の着火・延焼における重力の影響を基礎的・原理的立場から初めて明らかにする重要な研究である。特に、我が国は、固体材料の燃焼性に関する基礎研究で世界のトップクラスの研究実績を上げており、国際的なリーダーシップを発揮できると期待される。無重力環境を使った材料の燃焼性や火災安全性に関する研究は、ISSで利用する実験機器の開発や民間の有人宇宙活動など、今後の宇宙活動の一つの鍵となる技術の確立に必須のものであり、宇宙先進国の一員として我が国が取り組むべき課題として、物質・物理科学分野のきぼう利用シナリオの重点領域の一つに挙げられており、本研究はシナリオの目標達成に貢献するものである。また、本研究の成果は地上における、難燃性材料の研究開発、火災シミュレーション技術の向上、及び消火や火災予防技術への貢献などへの波及の期待も大きい。さらに、研究組織、研究計画、手法・グループ構成も国内で最高レベルのものであることに加え、国際基準の設定に向けた国際研究チームを構築しており、国際的な広がりが期待される。





別紙2

平成24年度「きぼう」利用テーマ募集 一般募集区分 選定テーマ

http://iss.jaxa.jp/kiboexp/application/app_fy24general_selection.html
(1)
分野 生命科学分野
テーマ名 宇宙居住の安全・安心を保証する「きぼう」船内における微生物モニタリング
代表研究者 大阪大学大学院 那須正夫
テーマ概要 微生物はあらゆる環境に生息する。宇宙居住においても例外ではなく、宇宙飛行士の感染など健康に対するリスクとなり、また電子機器や配線等の腐食や劣化などトラブルの原因にもなる。そのため、今後の長期宇宙居住に向け、「きぼう」船内の微生物を適切に評価し、安全・安心を保証するシステムが求められる。本テーマでは、「きぼう」船内の細菌を独自の視点から継続的にモニタリングし、最新の方法を用いて評価するとともに、長期宇宙居住のための基盤的情報を蓄積する。
推薦理由 ISS内の微生物を継続的にモニタリングし、その動態を明らかにすることは、「きぼう」船内の微生物学的な環境管理に必須であり、ライフサポートにかかせない重要な研究であることから、実施の意義が高い。本研究で確立される簡便・高精度な微生物サンプリング法は、宇宙などの閉鎖環境下のみならず、地上の医薬品製造や食品製造等、幅広い分野における衛生微生物学的な安心・安全の実現への寄与も期待される。提案者は、これまでのきぼう船内での微生物サンプリング実験に基づき、国際的なモニタリング手法の標準化等を提唱しており、日本が世界に貢献できる分野である。


(2)
分野 生命科学分野
テーマ名 無重力や寝たきりによる筋萎縮の予防に有効なバイオ素材の探索
代表研究者 徳島大学大学院 二川健
テーマ概要 長期間宇宙に滞在すると筋肉を使わないため筋肉組織の退化(廃用性筋萎縮)が急速に進むが、運動以外有効な対処法はまだ開発されていない。また、寝たきりにも有用な筋萎縮予防に効果のある食材や薬剤の開発が望まれている。提案者は、これまでの宇宙実験により、微小重力環境で筋萎縮に至る原因となる酵素を世界で初めて見出すとともに、その酵素の阻害剤の効果を検証した。本テーマは、これらの知見に基づき、無重力や寝たきりによって生じる廃用性筋萎縮に対する治療剤・予防剤の開発を目指して、筋萎縮阻害効果がある各種物質の有用性を、筋細胞を用いて明らかにする研究である。
推薦理由 本研究は、宇宙空間での筋萎縮の予防効果を実証するものであり、科学的・医学的意義が高い。さらに、本研究で得られる知見は、地上での寝たきり状態での筋萎縮の予防・治療法の開発につながるなど大きな波及効果が期待される。アジアとの共同研究を提案しており、国際的な広がりが期待できる。


(3)
分野 宇宙医学分野
テーマ名 無重力での視力変化等に影響する頭蓋内圧の簡便な評価法の確立
代表研究者 日本大学 岩崎賢一
テーマ概要 宇宙飛行士の健康管理上の課題として、視力にも影響が生じる「視神経乳頭浮腫」が注目されている。宇宙飛行の初期には体液が上半身に多く集まり頭蓋骨内部の圧力が上昇するために発症すると考えられているが、因果関係は解明されていない。頭蓋内圧は、脳や腰に針を刺して脳脊髄圧を測定する手法が一般的だが、針などを刺さずに非侵襲的に測定する方法は確立されていない。そこで本研究では、血圧と脳血量速度の波形変化などをもとに、頭蓋内圧の変化と頭蓋内圧値の推定を飛行前後に行ない、さらに飛行中の顔面浮腫や視力検査などの結果と比較する。
推薦理由 頭蓋内圧は、現在、頭や腰に針を刺して脳脊髄圧を測定しているが、侵襲的な方法のため被験者への負担が大きい。針などを刺さない非侵襲的な方法で簡単に頭蓋内圧を推定できる方法が確立できれば、宇宙飛行士の視神経の部分的腫れ(乳頭浮腫)に伴う視力障害の予防に役立てることが期待できる。


(4)
分野 物質・物理科学分野
テーマ名 静電浮遊法を用いた鉄鋼精錬プロセスの基礎研究 〜高温融体の熱物性と界面現象〜
代表研究者 学習院大学 渡邉匡人
テーマ概要 社会経済の発展を支える基盤素材である鉄鋼材料の製造プロセスにおいて、その精錬過程で生じるスラグ(主に鉄以外の金属酸化物)と溶けた鉄鋼が接している部分(界面)で起こる現象が、特性劣化や精錬効率の低下の原因となっている。しかし、酸化物と金属融体の界面を直接観察することや界面で発生する張力等の物性値の測定は地上では実験が困難であり、現象の基礎的理解が進んでいない。本テーマは静電浮遊炉を用いて、界面で起こる現象の理解や物性値の測定を行う実験提案である。
推薦理由 スラグ・鉄鋼融体などの酸化物・金属融体の界面現象の観察や物性値は、容器からの不純物混入や溶融時の熱対流のない、「きぼう」の静電浮遊炉を利用することにより初めて測定できるものであり、得られる成果は地上における鉄鋼材料プロセス制御への重要な情報を提供するなど、産業への還元が期待できる。また、国際協力体制などのコミュニティが確立している。実験実現性、リソース対効果も高い。


(5)
分野 技術開発分野(下記2テーマを統合し、1つの実験として実施できることを条件として採択)
テーマ名(1) 次世代ソーラーセイルに向けた高機能薄膜デバイスの宇宙環境影響評価
代表研究者(1) 宇宙航空研究開発機構 白澤洋次
テーマ概要(1) 薄膜太陽電池、薄膜集電回路などに代表される高機能薄膜デバイスは、次世代惑星間航行技術として日本が世界に先駆けて研究開発を進めている「ソーラー電力セイル」の構成材料である。実証機「IKAROS」の成果に加え、これらの材料を宇宙空間に曝露した後に地上に回収可能な「きぼう」実験の特徴を活かし、材料、構造、光学、電気等の特性変化について独立した評価を行うことで、耐宇宙環境性のある機能性薄膜材料の開発に貢献する実験提案である。
テーマ名(2) 軽量かつ高精度な反射鏡の宇宙環境影響評価
代表研究者(2) 宇宙航空研究開発機構 西堀俊幸
テーマ概要(2) サブミリ波から可視光まで対応できる軽量かつ高精度な反射鏡が実現できれば、軽量化が求められる次世代の天文衛星や地球観測衛星のアンテナや望遠鏡の材料として採用可能となる。しかし、放射線環境、真空環境、原子状酸素、太陽光入射による熱サイクル環境での変形やクラック等、現在定量的に評価されていない性能や寿命に関係する課題がある。宇宙空間に曝露した実験試料を持ち帰り、劣化状況の詳細な検査や劣化メカニズムの解析を行い、複合的な宇宙環境に長期に曝された場合の影響を確認する研究である。
推薦理由 高機能薄膜デバイス、炭素複合材料による反射鏡は、いずれも将来の宇宙探査、天文観測、地球観測等の宇宙技術の鍵となる材料であり、重要な基礎データ収集により、将来の宇宙ミッションの多様化や技術的ブレークスルーをもたらすと期待され、実験試料を持ち帰ることができる「きぼう」での実験の必要性が高い。