プレスリリース

このプレスリリースは宇宙開発事業団(NASDA)が発行しました

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H-IIAロケットの開発計画について

平成12年5月24日

宇宙開発事業団

本日開催された宇宙開発委員会において、下記のとおり報告をいたしました。

1. 報告事項

 H-IIロケット8号機の事故原因であるLE-7エンジンの故障原因の究明結果や宇宙開発委員会特別会合の審議結果等を踏まえて、H-IIAロケット標準型の開発計画を設定したので報告する。

2. 経緯

(1) H-IIロケットの8号機が打上げに失敗したことから、平成11年12月に、H-IIAロケットの開発については、開発強化対策の盛り込み、開発期間の延長、打上げ時期の延期を行った。
(2) H-IIAロケットの開発を確実なものとするために、平成12年1月から3月にかけて、宇宙開発事業団は開発各社と一体となって総点検を行い、H-IIAロケットの確実な開発・打上げに向けての改善措置を明確にした。
(3) 平成12年5月9日に、宇宙開発委員会技術評価部会において、H-IIロケット8号機の事故原因究明及び対策がまとめられた。
(4) 平成12年5月16日に、宇宙開発委員会の特別会合において、宇宙開発事業団と産業界が一体となって取り組むべき信頼性確保の方策がまとめられた。
(5) 宇宙開発事業団は以上の状況を踏まえて、H-IIAロケット標準型の開発計画を設定した。

3. 計画見直しの概要

1.) 初号機打上げ前の試験検証を強化する

  • 試験内容の見直しによる信頼性の向上
  • 試験検証項目の充実

2.) 飛行実証を強化する

  • 標準型の試験機を1機から2機にし、実証機会を増やす

3.) 1段エンジンの形態共通化により、打上げリスクを低減する

  • 増強型試験機の打上げまで、エンジンの形態を短ノズル型で統一し、開発要素を低減する(図-1)

4. H-IIAロケットの開発強化策

 初号機打上げ前の試験検証を強化し、H-IIAロケットの開発を確実なものとするために、H-IIAロケットの開発強化策として下記に示す(1)〜(6)の試験を行い、信頼性の向上を図る。

 また、H-IIロケット8号機の打上げ失敗で中断されていた試験として、地上試験機(GTV)の総合試験があり、H-IIAロケット試験機1号機の打上げ前にGTV試験を完了する。

(1)LE-7Aエンジンの燃焼試験

 LE-7Aエンジンを追加製作し、より厳しい作動条件で燃焼試験を行い、耐久性に関するデータを蓄積する(図-2)

 特に、LE-7エンジンの事故要因と考えられるエンジン入口のキャビテーションに伴う圧力変動に関する試験を充実し、充分な評価を行う。

 平成12年4月〜5月に事故関連反映の燃焼試験を実施した。中断していた認定試験は、6月6日(予定)から、燃焼試験を再開する(図-3)

(2)LE-5Bエンジンの燃焼試験

H-IIロケットの運用段階において、エンジンの破損が連続して発生したことから、従来に比べて厳しい条件(高圧燃焼作動、長秒時累積作動)でLE-5Bエンジンの燃焼試験を行うことにより、エンジン各部の設計余裕(耐久性)に関するデータを取得し、信頼性の向上(実証)を図る(図-4)

 平成12年3月に事故関連反映の燃焼試験を実施し、現在4月から開始した信頼性向上試験を継続中である(図-5)

(3)固体ロケットブースタの燃焼試験

 固体ロケットブースタ(SRB-A)の地上燃焼試験において、ノズルの一部に設計条件を越えるエロージョンが発生した。

 ノズルの該当部に是正対策を施したSRB-Aを使用して、地上燃焼試験を実施し、対策の妥当性を確認する(図-6)

 燃焼試験は、6月2日(予定)と9月(計画)に実施する計画で準備を進めている。

(4)1段エンジン部の分離衝撃試験

 H-IIAロケットの固体ロケットブースタと1段の分離は、2本の丈夫な支柱(スラスト ストラット)を火工品で切断することで行う。この切断の際に、大きな衝撃が1段エンジン部に伝搬する(図-7)

 この衝撃が、エンジン部に搭載された弁類等の機器に悪影響を与えないことを確認するために、実機と同じ火工品を点火作動させて、1段エンジン部に分離衝撃を負荷する試験を実施する。

 分離衝撃試験は、8月〜9月に実施する計画である。

(5)フェアリング分離機構の低温試験

 H-IIAロケットでは、フェアリングと2段の結合部付近の簡素化を図ったことから、2段液水タンクの影響で分離用火工品が作動する温度が低下する(図-8)。また、静止衛星の2重打上げでは下部フェアリングの分離が2段再着火以降になり、分離用火工品が作動する温度が更に低下する。

 試験機1号機のより確実なフライトのために、従来の実績より更に低い温度環境で火工品を点火し、作動を確認する。

 試験は、先ず火工品の単体試験を7月〜8月に実施し、その後分離機構試験を8月〜10月に実施する計画である。

(6)誘導制御系のシステム試験

 実機と同一仕様の誘導機器と搭載ソフトウェアを用いて、誘導制御系の組合せ試験を行い、誘導機能を確認する。

 誘導制御系システム試験は、7月〜9月に実施する計画である。

(7)地上試験機(GTV)と射場システムの総合試験

 H-IIロケット8号機の打上げ失敗で中断されていた試験として、地上試験機の総合試験があり、この試験を完了してから、H-IIAロケット試験機の打上げに移行する。

 今後、以下に示す3回の第1段ステージ燃焼試験を実施し、第1段推進系の確認を実施する(図-9)

  • 1回目:10秒(システムの機能確認のための予備試験)
  • 2回目:100秒以上を目標(第1段推進系データ取得)
  • 3回目:同上

 また、前半シリーズで既に取得された各種データについても、引き続き蓄積していく。

 GTV試験は、初回の燃焼試験を6月20日(予定)に実施する計画で準備を進めている(図-10)

5. H-IIAロケット総点検の実施

 H-IIAロケットは、現在開発中であること、試験機1号機も製作中であることから、これら全てを対象にして、H-IIAロケットの開発を確実なものとするために総点検を行った。

 総点検で抽出した様々な改善事項は、速やかに開発試験や実機製作に反映し、試験機1号機の確実な打上げを図る。

(1)点検対象

 総点検は、宇宙開発事業団と開発各社が、それぞれ見落としのないように網羅的に行うことを原則とするが、特に品質の安定しにくい特殊工程等については重点的な点検を行った。

  1. 技術仕様書(開発仕様書、製品仕様書等)等の要求事項を点検した
  2. 設計・工作・品質保証、特に特殊工程に着目して、実態を点検した
  3. 開発試験の取得結果、特に確認不充分な事項について、内容を点検した

(2)重点項目

 特殊工程による工作部位は、製品のバラツキが出やすく、検査も難しいことから、品質の維持が一般的に難しい。このような特殊工程部位が、余裕の少ない設計となっている場合には、破損に至り易いので、重点的に点検した。

  1. 特殊工程部位について、設計余裕を点検した
  2. 特殊工程について、バラツキの低減や検査の方法を主に、外部の専門家(日本溶接協会)のレビュウを受けた

(3)点検結果

 総点検の結果、H-IIAロケットの試験機1号機を確実に打ち上げるために必要な追加開発提案として抽出した。

 主要なものを、表-1に示す。

6. H-II8号機の原因究明からの反映事項

 H-II8号機の打上げ失敗を受けて、宇宙開発事業団は直ちに事故対策本部を設けて事故原因の究明作業を開始し、宇宙開発委員会の技術評価部会において事故原因の究明が行われた。

(1)事故原因の究明状況

 打上げ時に取得したフライトデータや海底から回収されたLE-7エンジンの調査結果、および裏付けのための模擬計算や確認試験の結果から、以下の状況が確認された。

  • 事故の原因は、LE-7エンジンの異常停止
  • エンジンの異常停止は、液体水素ターボポンプのストール発生に起因
  • ターボポンプのストールは、インデューサの一部欠損に起因
  • インデューサの欠損は、下記の流体振動が複合して作用したことに起因
    1. 液体水素タンクの減圧制御(大気圧の減少)によって引き起こされる旋回キャビテーションによる圧力変動
    2. 液体水素ターボポンプ入口部の流体振動により、インデューサ羽根が共振して生じた変動応力

(2)事故からの反映事項

 事故原因の究明状況から、H-IIAロケットへの反映事項としては、ターボポンプが組み込まれているLE-7AエンジンとLE-5Bエンジンについて、下記の事項を考慮して開発を進める。

1. LE-7Aエンジンへの反映状況
  • 平成12年4月〜5月に、種子島及び田代において、入口圧力を変動させたエンジン燃焼試験を実施し、キャビテーションに伴う変動圧力データを評価して、問題のないことを確認した。
  • 今後(5月〜6月)は、NAL角田において、インデューサの水流し試験を実施し、キャビテーションによる変動圧力と歪応力のデータを取得する。
  • 重要な部品については、加工精度を改善する方向で、加工痕などに関する設計基準を見直し、品質管理基準の向上を図る。
LE-5Bエンジンへの反映状況
  • 平成12年3月に、角田において、エンジン燃焼試験を入口圧力を変動させて実施し、キャビテーションに伴う変動圧力データを評価して、問題のないことを確認した。

7. H-IIAプロジェクトに対する評価活動

 宇宙開発事業団は、H-IIAプロジェクトを進めるにあたり、下記に示す評価活動を実施している。

  1. H-IIAプロジェクト評価チーム・・・・・H-IIAロケットの開発評価
  2. LE-7Aエンジン特別評価委員会 ・・LE-7Aエンジンの開発評価

(1)H-IIAプロジェクト評価チームの活動

 開発プロジェクトから独立した立場で評価を行い、H-IIAロケットの開発をより確実なものとすることを目的として、平成10年6月にH-IIAプロジェクト評価チームを設置した。

 H-IIAプロジェクト評価チームは、宇宙開発事業団やメーカでロケットの開発経験を有する有識者から人選し、推進装置・構造体・誘導通信・地上設備などの専門家約10名から構成されている。

 H-IIAプロジェクト評価チームは、編成以来、各種審査会への参加、試験立会い、ドキュメントレビュー等を通じて、ほぼ日常的な活動を続けており、下記に示すプロジェクト進行上の要所において、評価結果をまとめ、開発の責任者に対して報告を行った。

  • H-IIA中間評価報告

    (地上試験機と射場システムの総合試験の開始時点)

  • H-II高度化プロジェクト/再々着火実験評価報告

    (H-IIロケット8号機の打上げ移行前審査会)

  • H-IIA総点検評価報告
  1. H-IIA総点検結果の評価

     H-IIAロケットの総点検が実施されるにあたり、H-IIAプロジェクト評価チームは、開発担当部門とは独立して評価活動を行った。その評価結果は以下に示す通りであり、平成12年度冬期の試験機打上げ計画は適切との評価結果を得た。

    <開発の評価>
    • 技術的事項は細部にわたり評価され、問題点の洗い出しと処置方針の決定がなされたので、今後は抽出した課題を整理し、確実に実行のこと。
    • 総点検は事前の確認作業であり、実際には今後の確認作業が大切。
    • 特殊工程アセスメントは技術交流を促進する効果が大きく、活動は有意義。
    <開発への提言>
    • 初号機の打上げ予定まで9ヶ月程度なので、スケジュール管理が重要。
    • 審査活動の効率化を図るために、計画的に審査を行うこと。
    • 個々の開発担当者が確信と一体感を持って作業にあたることが大切。
  2. 今後の活動計画

     試験機1号機の発射整備作業開始までに、9ヶ月を切るスケジュールとなっている。

     評価チームとしては、プロジェクトチームの実施する緻密なスケジュール管理に合致するように、今後の評価活動を実施する。

     評価活動の実施にあたっては、各種審査会、報告会等への参加、ドキュメントレビューに加えて、プロジェクト全体のスケジュール進捗を評価するために、定期的にプロジェクトチームから全般報告を受けることとしている。

     また、今後行われる以下の開発試験、開発強化策として追加された試験について、重点的に評価を実施することとし、審査会への参加、試験立会い、結果評価を通じて、適宜評価報告を行っていくこととしている。

    • 全段電磁適合性試験
    • GTV-1後半シリーズ
    • LE-7A燃焼試験
    • LE-5B燃焼試験
    • 固体ロケットブースター燃焼試験
    • 1段エンジン部の分離衝撃試験
    • フェアリング分離部の低温試験
    • 誘導制御系システム試験
    • 試験機1号機全段システム試験
    • 試験機1号機発射整備作業

(2)LE-7Aエンジン特別評価委員会の活動

 LE-7Aエンジンの開発試験において、ノズルスカートに関するトラブルが多く発生したことから、特にノズル内の高速流れに対する知見を得ることを目的として、平成11年8月にLE-7Aエンジン特別評価委員会を設置した。

 LE-7Aエンジン特別評価委員会は、国立研究所・大学・宇宙開発事業団・メーカの有識者から人選し、エンジンノズルの専門家約10名から構成されている。

 LE-7Aエンジン特別評価委員会は、設置以来、6回の会合を開催しており、会合を通じてLE-7Aエンジンの評価を実施している。

 今後は、LE-7Aエンジンの認定試験が再開されるので、取得したデータのレビュウを中心にして評価を実施する。

8. 宇宙開発委員会特別会合の提言に対する対応

 H-IIロケット8号機の打上げ失敗を受けて、宇宙開発委員会の特別会合が開催され、宇宙開発事業団と産業界が一体となって取り組む信頼性確保の方策について審議が行われた。

 宇宙開発事業団は、特別会合の提言に沿って、試験機1号機までの当面の業務改善活動として以下の対応を行うことで、強化策の取り組みを開始した。

(1)宇宙開発事業団とメーカーの役割・責任関係

  1. 製造現場における品質保証責任の明確化(5月末を目標)

     工程解析やクリティカルな技術に対する製造工程審査会の実施・報告、及びトラブル発生時の動機的要因の分析・報告について義務づけを行うよう、信頼性・品質プログラム標準等の改訂を実施中。

     動機的要因の分析のために、ヒューマンファクタ分析ハンドブックを制定中。

(2)宇宙開発事業団の組織・体制・業務運営の改革

  1. 品質保証活動の強化(6月下旬の実現を目標に検討中)

     安全・信頼性管理部が各本部と連携し、緊急的に以下のような製造工程まで含めた品質保証活動の強化を図る。

    • メーカ工場に、製造・検査技術の専門家を駐在させ、製造工程等の監督・検査を実施する。
    • 製造に係る特殊工程等の信頼性研究等を実施し、必要な基準・標準類を整備する。
  2. 研究開発活動の強化
  3. 技術基盤の確立と確実な開発(昨年度末から継続して実施中)
  4.  技術研究本部において、下記の分野について独立評価・検証を行い、H-IIAの設計に反映することとする。

    • 誘導制御系、構造系、熱解析、ソフトウェア独立評価・検証とシミュレーション
    • H-IIロケットデータのデータベース化とH-IIAロケットへの反映のためのデータ解析等
  5. 特定事項に係る独立技術評価体制の強化(5月末を目標)

     現在あるH-IIAロケット評価チームについて、理事長へ直接報告できる仕組みに改め、また計画変更等を含めたプロジェクトの進め方について勧告できる機能を持たせる。

     さらに、高信頼性設計の観点からの検証を強化するとともに、評価に必要なデータ収集・解析等の業務を行う専門家を増員する。

    • 評価活動全般強化のために、専門家の増員を図る。
    • データ収集、解析等の機能を強化するため、技術研究本部との連携を強化し専門家の参加を得る。
    • 企業での技術経験者を招聘し、もの作り段階の評価機能を強化する。
    • 高信頼性設計の観点からの検証を強化するため、試験立会いを強化するとともに、設計マージンの確認に重点をおいて評価する。
  6. 高度情報化環境への移行(試験機1号機を目標に実施中)

     下記に示す各情報化を進めることにより、H-IIA初号機打上げをより確実なものとし、同時に知識の蓄積と次の開発への反映を図る。

    • 情報の電子化

      技術文書、図面、手順書、品証情報等の電子化及びデ-タベ-ス化を更に徹底して行い、開発や運用段階における関係者間の迅速な情報の共有化を促進する。

    • 情報の迅速な処理

      打上げ前の発射整備時の機体から取得されるデ-タ、飛行時のデ-タ等をリアルタイムに集約・処理し、打上げ作業時の迅速なデータ評価を行うとともに、次号機の設計や作業に対して飛行データの評価解析結果を迅速に反映する。

    • 情報インフラの強化

      業務端末、サ-バ、ネットワ-ク、ソフトウェア、マルチメディア等の強化から、様々な情報が滞ることなく流れる環境を構築し、先に挙げたそれぞれの情報化を円滑に促進できる環境を整備する。

    • シミュレ-ション技術の強化

      打上げ時の制御安定性等について、シミュレ-ションモデルと手法を確立することにより、設計の独立検証性を実施し、設計の妥当性を評価する。

(3)H-IIAロケットの開発強化

  1. LE-7Aエンジン合同開発チームの設置(設置完了)

     NASDA、MHI及びIHIのLE-7Aエンジンの開発担当者からなるH-IIAプロジェクトマネージャを長とする合同開発チームを平成12年5月23日に設置し、インタフェース設計の強化を図った。

     合同事務所を、MHIの名古屋誘導推進システム製作所の工場内に開設する作業を実施中。

9. まとめ

 H-IIロケット8号機の事故原因およびその対策、宇宙開発委員会特別会合の審議結果等を踏まえて、H-IIAロケット試験機1号機の打上げ形態であるH-IIAロケット標準型の開発計画を設定した。

 H-IIAロケットの標準型に対応する一連の試験は、図-11に示すように、今年度の秋には完了することから、H-IIAロケット試験機1号機は、今年度の冬期に打上げを行うことで今後の計画を進めたい。