宇宙開発事業団
地球フロンティア研究システム(宇宙開発事業団と海洋科学技術センターの共同プロジェクト)の気候変動予測研究領域の山形俊男領域長(東大教授)、宮澤泰正研究員の研究グループは、高解像度海洋大循環モデルを用いて、日本近海の黒潮流路の変動に着目した海洋変動予測実験を開始した。
同研究グループは、日本近海の海況に大きく影響する黒潮流路の蛇行や中規模渦の挙動をよく再現する高解像度海洋大循環モデルと、衛星観測による海面水位変動データを用いて黒潮流路変動や中規模渦の挙動等を予測するシステムを開発した。過去のある時点で黒潮流路を再現し、その状態からの未来を海洋モデルを用いて予測する実験(ハインドカースト実験:注記参照)を行った結果、現時点では最長で2ヶ月先までの変動予測が可能であることが明らかになった。
同研究グループは、観測データを逐次海洋モデルに導入して、海況変動予測を定期的に行う海況予測実験システムを構築し、黒潮流路変動等の予測とその検証を行うとともに、より詳細な沿岸海況予測を含むシステムの実用化に向けて改良を行ってゆく予定である。
(注)ハインドカースト実験: | 直訳は過去再現実験。過去のある時点で場の状態を再現し、その状態からの未来を予測する実験を指す。 |
このような海洋変動の日常的な予測(「海の天気予報」)は予測結果の現場海域検証実験と相俟って、より長期の気候変動を予測する大気・海洋モデルの改良に著しく貢献することが期待される。またこのような計算科学の実用的側面から、我が国にとっては、日本近海の海洋変動を詳細に解明し、予測することは、排他的経済水域(EEZ)を適切に管理し、持続可能な開発を行うために極めて重要である。
水平解像度が約10km、鉛直には海底地形を詳細に解像する35層の高解像海洋大循環モデルを開発し、日本近海における黒潮流路変動や中規模渦活動による海面の水位変動強度を世界で初めて再現することに成功した(図1)。海面の水位変動を常時観測する人工衛星(NASA:TOPEX/POSEIDON)のデータから推定した初期状態(黒潮流路とその周辺の渦の位置)を与えて、このモデルを駆動し、以後2ヶ月にわたる黒潮流路変動を再現した(図2)。
プレス関係者の方からのご要望等ございましたら、海洋科学技術センター横浜研究所(金沢区昭和町3173-25)において、海洋変動予測シミュレーションのデモンストレーションを個別に実施致しますので地球フロンティア事務局へお問い合わせください。
高解像度海洋大循環モデルの性能を調べるために、(a)衛星観測データと、(b)観測データを一切使わずにモデルのみをもとに計算した結果とを比較した所、特に日本近海における渦の分布の形状とその変動の大きさを精度良く再現できることが確認できた。
(注)渦運動エネルギーは渦の規模・強さを表す物理量で、赤みが強い部分は、より渦活動が活発な領域であることを示している。
左列:モデル水位 (2月以降は予測結果) |
右列:海上保安庁による観測 |
左列の等高線は海面高度を表し、暖水部分に相当する海面高度0.6m以上を色付けしている。海流は等高線に沿って生じ、等高線間隔が密な部分ほど海流が速いことを意味する。
本例では、小蛇行の状態である1993年1月30日のデータを初期値として約2ヶ月間のシミュレーションを行った所、黒潮流路が蛇行流路に変化する様子が再現でき、観測データとも一致することが確認できた。
左列:モデル水位 (2月以降は予測結果) |
右列:海上保安庁による観測 |
1995年に発生した蛇行流路のシミュレーションでも同様の結果を得た。図2(a) (b) ともに、初期の段階で九州南東沖に黒潮の小蛇行が観測されており、これが蛇行流路への移行の引き金になると考えられている。
日本南岸の黒潮流路は、3種類の安定な流路をとることが知られている。大蛇行流路(Large-meander:LM)、非大蛇行離岸流路(offshore non-large-meander:oNLM)、そして非大蛇行接岸流路(nearshore non-large-meander:nNLM)である(Kawabe,1985)。1990年代以前は1年以上にわたり長期間継続する典型的な大蛇行流路が出現したが、1990年代以降は3流路が短期的に入れかわる不安定な状態となっている。黒潮が南に蛇行すると漁場が南に移動するなど漁海況に大きな影響を与える。また、黒潮が日本南岸に接近すると水温や潮位が急上昇するなど、沿岸の海況も大きな影響を受けることが知られている。
黒潮の大蛇行流路は、九州の南東沖で生じた黒潮の小蛇行(引き金蛇行)が東に移動し、紀伊半島の東側で増幅して生じる。近年の観測やモデル研究の進展により、黒潮流路の変動に対して直径200km-400kmの渦(海洋中規模渦)が引き金蛇行の発生等に影響を与えることが示唆されている。