プレスリリース

このプレスリリースは宇宙開発事業団(NASDA)が発行しました

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国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」に搭載する
温度勾配炉の制作完了について

平成13年4月23日

宇宙開発事業団

 宇宙開発事業団(NASDA)は、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」に搭載する実験装置を開発中ですが、そのうち、温度勾配炉(GHF)が製作を完了いたしましたので、お知らせ致します。

 温度勾配炉は、微小重力下で半導体材料の結晶成長などを調べるための実験装置で、実験試料を加熱する3つの加熱室を移動させることで、試料に温度勾配をつけて加熱することができます。「きぼう」に搭載される実験装置としては最初の完成品であり、2004年2月にスペースシャトル(ISS組み立てミッション(1J/A))により、「きぼう」船内保管室に搭載して打ち上げられる予定です。

添付:「きぼう」共通実験装置 温度勾配炉


※ 本情報につきましては、下記ページでもご覧いただけます。



「きぼう」共通実験装置 温度勾配炉


1. 温度勾配炉の目的

 宇宙開発事業団(NASDA)では、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」に搭載する共通実験装置の一つとして、温度勾配炉(Gradient Heating Furnace: GHF)を開発しています。温度勾配炉の目的は、微小重力下で、主に半導体材料の結晶成長などの実験を行うことです。半導体材料の結晶成長メカニズムの解明や、良質の材料を生成することにより、地上における情報通信技術の基盤となる素子の開発に役立てられることが期待されています。

2. 温度勾配炉の概要

 温度勾配炉は、真空チャンバ内に3つの独立制御可能な加熱室を有し、試料の一方向凝固や結晶成長に必要な温度制御が実施できる真空加熱炉です。温度勾配炉は、以下の4つの機器で構成されており、「きぼう」船内実験室内に設置される材料実験ラックの一つに搭載されます。


(1)炉体部(GHF-Material Processing Unit: GHF-MP)(図1,図2)

試料の加熱冷却プロセスを直接実施する真空チャンバです。
図1: 炉体部の概要図
真空チャンバ内に3つの加熱室があり、
様々な温度設定が可能。
図2: 炉体部(フライト品)の外観

(2)試料自動交換機構(Sample Cartridge Automatic Exchange Mechanism: SCAM)(図3,図4)

温度勾配炉では、宇宙飛行士の運用時間を節約するために、実験支援機器として最大15本の実験試料カートリッジを自動で交換可能な、試料自動交換機構を備えています。

図3: 試料自動交換機構の概要図
宇宙飛行士は一度に15本の実験試料カート
リッジを図の右側のマガジン部に設置する。
その後、カートリッジは実験毎に一つ一つ
自動で交換される。
図4: 試料自動交換機構(フライト品)の外観

(3)制御装置(GHF-Control Equipment: GHF-CE)(図5)

温度勾配炉の運用全体の制御、及び「きぼう」本体との通信(コマンドの授受、取得データの送信)等を実施します。

図5: 制御装置(フライト品)の外観
パネル上のボタンは、主に宇宙飛行士がSCAMに
実験試料カートリッジを装着する際に使用する。ボ
タン操作により、のドアパネルの開閉、マガジンの
回転等を行う。

(4)試料自動交換機構制御装置(SCAM-CE)(図6)

試料自動交換機構のシーケンス制御等を実施します。

図6: 試料自動交換機構制御装置(フライト品)の外観

上記4つの機器は、「きぼう」船内実験室内に設置される材料実験ラックに搭載されます。実験ラックへの搭載は今後の作業となりますが、温度勾配炉が搭載された実験ラックは、図7のようになります。図7は温度勾配炉搭載実験ラックの技術試験モデル(非フライト品)です。

図7: 温度勾配炉搭載実験ラックの外観
(技術試験モデル)

3. 温度勾配炉の原理

 半導体材料等の実験試料を封入したカートリッジ(図8)に温度勾配を付けると、加熱されたカートリッジ内の試料のうち、融点以上の部分は溶融し、逆に融点以下の部分は凝固しています。この状態で、加熱室の位置を後退させる(図9)と、融点以下の領域が一方向に広がっていき、次々に凝固して結晶が成長します。微小重力下では、この凝固の過程において、溶融体中の熱対流による擾乱が地上よりも小さくなり、良質の結晶を得ることが可能となります。

図8: 試験用実験試料カートリッジ
右側が実験試料を封入している部分

図9(a): 初期段階
図9(b): 結晶成長段階


図9(c):実験試料カートリッジ内の実験試料の様子
高温域を図の右側に向かって後退させていくことにより、
初期段階では、溶融していた実験試料が、図の
左側から徐々に結晶化していく。

4. 温度勾配炉の主要性能

 温度勾配炉の主要性能を表1に示します。各国の同種の実験装置と比較しても、温度勾配性能や扱えるサンプルの大きさ等は、国際宇宙ステーション用実験装置の中では最高水準に達します。

表1:温度勾配炉の主要性能
項目性能
加熱ゾーン 3ゾーン
加熱範囲 中央室  500-1600℃
端部室  500-1600℃
補助室  500- 716℃
最大温度勾配 150℃/cm @1450℃(サンプルによる)
温度安定性 ±0.2℃@最大加熱温度(1時間)
温度設定精度 ±0.4 %@最大加熱温度
移動速度(加熱室) 0.1〜200 mm/hr
移動速度安定性(加熱室) 1 %以下(@ 10〜200 mm/hr)
10 %以下(@ 0.1〜10 mm/hr)
最大サンプル体積 直径32mm×長さ320mm
(封入体含む)
温度測定点(試料カートリッジ内熱電対) 最大10点×高/低 2レンジ
標準 5点×高/低 2レンジ
圧力モニタ(真空チャンバ内) 圧力計(ダイアフラム)
真空計(ピラニゲージ)
真空計(イオンゲージ)
その他の機能 固液界面観察用マーカパルスインタフェース

また、試験用の試料カートリッジを使用した試験結果を図10に示します。

図10:
試験用実験試料カートリッジを用いた温度勾配性能確認試験結果。サンプルとしては半導体材料の代表として、In-Ga-As(インジウム・ガリウム・ヒ素)の溶融をシュミレートするためにジルコニア(YTZ)のダミーサンプル(直径20mm)を使用。各加熱室の過熱条件は以下のとおり。
 補助室:加熱せず
 中央室:1245±5℃
 端部室:1245±5℃

5. 温度勾配炉を利用した実験テーマ

 「きぼう」を利用する実験テーマとしては、1993年に「きぼう」(船内実験室)一次選定テーマとして、50テーマを選定しました。その後、宇宙ステーション計画の遅れに対応し、スペースシャトル等を利用して、早期に科学的成果を創出してきました。温度勾配炉を利用するテーマとしては、表2に示す2テーマについて、現在提案者側と宇宙開発事業団が共同して、実験計画書の作成及び「きぼう」への搭載性の確認作業を行っています。

表2:温度勾配炉の一次選定テーマ
テーマ名 概  要
微小重力下における気相からの大型高品質鉛錫テルル単結晶の育成
提案者:
高柳英明[NTT]
 本研究は微小重力下において、気相成長法により大型かつ高品質な鉛錫テルル*1単結晶を育成することを目的とする。
 微小重力下では高温度勾配下で蒸気輸送速度を高めた場合でも気流中の対流が抑制されて結晶中に擾乱が発生し難く、また容器壁と非接触の状態で結晶成長させることが容易となる。これらの特徴を利用して、気相成長法の高品質性を損ねることなく、成長速度の高速度化と結晶の大型化を図ると共に、欠陥密度の低減を図る。

*1)鉛錫テルルは主に、赤外線領域レーザーや受光素子材料として利用される。

GaSbの無歪ブリッジマン成長
提案者:
西永頌[名城大]
 高品質化合物半導体大型単結晶は、光素子や光集積回路を実現する上で不可欠である。本研究は微小重力下で容器と非接触状態ブリッジマン成長を行い、無歪による低転位GaSb結晶成長の可能性を確認することを目的とする。
 実験では円筒状の石英アンプル管に真空封入したGaSb円柱状単結晶を微小重力下で一端から融解し、他端の未融解単結晶部を種結晶として結晶成長させる。成長結晶はX線トポグラフ、抵抗率測定、空間分解フォトルミネッセンス等により評価する計画である。以上の実験からGaSbを例として無歪融液成長のふるまいと結晶性を調べ、GaAs等さらに高融点の化合物半導体無歪融液成長を実現するための基礎データをとることも意図している。

 また、宇宙開発事業団では、微小重力環境利用の有効性を示すための課題研究として、In-Ga-As化合物半導体の結晶成長の研究を行っております。これは、光ファイバー網を各家庭まで張り巡らせるために不可欠な基幹部品である波長1.3μm帯のレーザー光源となる半導体レーザーの性能を飛躍的に向上させうるIn0.3Ga0.7As組成の単結晶を育成し、情報技術(IT)の高度化に貢献することを目指したものです。現在、その理論の構築に向けて、温度勾配炉を想定した宇宙実験テーマが策定されつつあります。

6. 今後の予定

 今後の予定を表3に示します。温度勾配炉は、今後実験ラックへ搭載され、温度勾配炉搭載実験ラックとしてのシステム試験、「きぼう」船内実験室との組合せ試験、及び地上の運用管制システムとのEND to ENDの通信試験等を経て、米国航空宇宙局(NASA)ケネディー宇宙センター(KSC)に輸送されます。KSCでのチェックアウトの後、「きぼう」船内保管室に搭載され、2004年に、フライト1J/Aにて打ち上げられる予定です。実験試料カートリッジは、温度勾配炉の打上後に、別フライト(フライトUF3を想定)で打ち上げられるため、軌道上での実際の実験開始は、2004年秋以降になる見込みです。

表3:温度勾配炉の今後の予定