プレスリリース

このプレスリリースは宇宙開発事業団(NASDA)が発行しました

プリント

北太平洋から北大西洋への「大気の架け橋」を発見
〜アリューシャン・アイスランド低気圧間のシーソー現象の解明〜

平成13年12月4日

宇宙開発事業団
海洋科学技術センター

 地球フロンティア研究システム(宇宙開発事業団と海洋科学技術センターの共同プロジェクト)の気候変動予測研究領域・気候診断グループの中村 尚グループリーダーと本田 明治研究員らは、過去30年間の大気循環データを解析し、北太平洋にあるアリューシャン低気圧(AL)と北大西洋にあるアイスランド低気圧(IL)の強さが、冬の後半に互いに顕著な反転(シーソー)関係にあり、このシーソーはALの強弱の影響が上空の大規模な大気波動を介して大西洋に及ぶことにより形成されることを初めて明らかにした(図1)。 さらに、この北米大陸上をまたぐ「大気の架け橋」によって結び付けられたシーソーが、昨冬話題になった「北極振動」を凌いで、上空では最も顕著な循環変動パターンとなることも発見した(図2)。この成果は、冬の太平洋上の天候や気候の変動が、日本など極東地域だけでなく、「大気の架け橋」を通じて、遠くヨーロッパにまで影響する可能性を初めて示唆するものとして注目される。
 この「大気の架け橋」の発見は、12月15日にアメリカ気象学会から発行される学術専門誌「Journal of Climate(気候ジャーナル)」に掲載される。

背 景

 ALとILは上記大洋上に冬の間ずっと停滞する大規模な低気圧である(図1)。これらは、極東や北米東岸に大陸から寒気を吹きおろし(いわゆる"引き"の寒波)厳しい冬をもたらす一方、北米西岸やヨーロッパには海からの風を吹かせて温和な冬をもたらす、気候学的に大変重要なものである。20年ほど前アメリカの一部の研究者がこれら両低気圧勢力の間にシーソー関係の存在を示唆したが、その形成メカニズムや循環変動全体に占める重要性に言及されなかった為、あまり顧みられず、北太平洋と北大西洋の大気循環の変動は互いに無関係だと今日まで信じられてきた。

発見及び考察

 毎年の両低気圧の強さを調べたところ、両者の反転関係が2〜3月に最も著しいことが判明した(図1a,b,参考1)。このシーソーが毎冬どのように形成されるか調べたところ、真冬(1月)に北太平洋上で発達した循環異常(地上ではALの異常に対応)が上空に大規模な波動を引き起こし、それが北米大陸を越えて北大西洋にまで達することにより、その後約1ヶ月を経てILの強さが変わることが判明した(図1c参考2参考3)。我々の研究は、ALの変動がこの「大気の架け橋」を通じて「北大西洋振動」にも影響を与え、極東から北米・ヨーロッパまでを覆う程の、大規模で卓越する変動パターンを形成する事実を明確に示した(図2参考2)。この「大気の架け橋」の発見は、地球フロンティア研究システムや海洋科学技術センターが現在精力的に研究を進めている、太平洋大気海洋系の変動過程の解明が、北大西洋やヨーロッパの気候変動の解明にも役立つ可能性を示唆し、その研究推進に新たな意義を付与するものである。



図-1

AL-ILシーソーに伴い、ALが強く、ILが弱い冬の様子。例えば、1980年初めから半ばにかけての典型的状態。発達したALが大陸からの寒気を強く引き出して北西季節風が強く、我が国は寒冬傾向。


図1aとは逆に、ALが弱く、ILが強い冬の様子。例えば、1990年前後の典型的状態。ALが弱く、大陸からの寒気の引き出しも弱いので、我が国は暖冬傾向。ヨーロッパは、海からの風が強まり、やはり暖冬傾向。一方、北米西岸は海からの南よりの風が弱まって寒冬傾向。


北太平洋上でアリューシャン低気圧(AL)の強弱に対応する循環偏差が1月にまず現れると(この図は平年より弱い場合で高気圧性偏差)、その影響が上空の大規模な波動(ロスビー波)として北米大陸に及ぶ。これに伴い、カナダ西部上空に低気圧性の、米国南部上空には高気圧性の偏差が各々形成される。2月になると、後者から別な波動が現れて、北大西洋(グリーンランドの南)に低気圧性偏差、ヨーロッパ上空に高気圧性偏差がそれぞれ形成される。北大西洋上空の偏差は発達して、海上のIL勢力を変化させる(この場合は強化する)。これにより、太平洋から大西洋への「架け橋」が完成する。

地上では「架け橋」に沿って、我が国周辺では北西季節風が弱まって暖冬傾向、ヨーロッパも海からの南よりの風が強まってやはり暖冬傾向。

ALが強くILが弱い場合は、偏差の符号(平年比で高気圧性か低気圧性か、あるいは、暖かいか寒いか)が全て反転する。ただし、太平洋の変動の影響が「架け橋」によって大西洋に及ぶ構図は同じ。


図-2


  • 上図は対流圏上空の250ヘクトパスカル面高度場における、AL-ILシーソーに伴う循環変動を示した図。北極上空から見下ろした図。図の中心は北極点で、「架け橋」は手前から右上へ架かる(参考2の下図に対応)。

  • 左下図は、寒候期(11月〜4月)に北半球対流圏上空の循環で最も著しい経年変動パターン。これは上図のAL-ILシーソーのパターンと良く似ている。

  • 但し、観測された変動からシーソーに伴う成分を予め人為的に差し引いた残りの変動には、「北極振動(北極域と中緯度大西洋間の気圧の南北振動)」が捉えられる(右下図)


参考-1




各冬における両低気圧の勢力を散布図にしてみると(原点が平年並の強さ)、両者の反転(シーソー)関係が冬の前半(右下図)より冬の後半(左下図)にずっと顕著なことがわかる。ちなみに、冬の前半では両者は無相関だが、後半では相関係数が約-0.7。つまりアイスランド低気圧勢力の変動の半分がアリューシャン低気圧の変動と結びついている。この様子は、冬の後半における両低気圧勢力を毎年毎年調べていくと明らかである(上図)。



参考-2



アイルランド低気圧(IL)が強い年からアリューシャン低気圧(AL)が強い年を引いた差で示した循環変動の分布図。
(2月10日〜3月12日の平均)
  • 上図は図1aの場を差し引いて、シーソーに伴う海面気圧の変動成分を取り出した図。例えば、1980年代前半・中盤から1990年あたりにかけて起こった変化に相当(シーソーの傾きの逆転)。北太平洋では弱まったALに対応して高気圧性の偏差が見られる一方、北大西洋ではILの強まり対応して低気圧性の偏差が見られる。また、この南方には高気圧性偏差(大西洋の亜熱帯高気圧の強まり)があり、この南北の循環偏差のペアが「北太平洋振動(NAO)」に対応する。


  • 下図は同様にして作ったシーソーに伴う対流圏上空の循環変動成分を示す図(図2の上図と同じ)。北太平洋上空には海上のALの弱まりに対応した高気圧性偏差が、また北大西洋上空には強化した海上のILに伴う低気圧性偏差がある。それと繋がったように見えるカナダ上空の低気圧性偏差と、米国南部上空の高気圧性偏差は共に、図1c参考3で説明される「大気の架け橋」の名残りである。


※ALが強くてILが弱い場合は、偏差の符号(高気圧性か低気圧性か)が全て反転する。



参考-3


  • 1月に北東太平洋上で、アリューシャン低気圧(AL)の強弱を決める循環偏差がまず現れて発達し始めると(この図は平年より弱い場合で高気圧偏差)、その影響が上空の大規模な波動(ロスピー派)として北米大陸に及び始める。これに伴い、カナダ西部上空に低気圧性の、米国南部上空には高気圧性の偏差が各々形成される。これが「架け橋」の西半分となる。


  • 2月になると、弱いALに対応する偏差はさらに発達して北太平洋を広く覆うようになる。その一方、北米を横切る「架け橋」の先端から別な波動が現れ、グリーンランドの南に低気圧性偏差、ヨーロッパ上空に高気圧性偏差がそれぞれ形成される。北大西洋上空の偏差は発達して、海上のIL勢力を変化させる(この場合は強化する)。これにより太平洋から大西洋への「架け橋」が完成する。地上では「架け橋」に沿って、我が国周辺では北西季節風が弱まって暖冬傾向、ヨーロッパも海からの南よりの風が強まってやはり暖冬傾向。(図1cに同じ)


※ALが強くILが弱い場合は、偏差の符号(平年比で高気圧性か定期圧性か、あるいは暖かいか寒いか)がすべて反映する。ただし、太平洋の変動の影響が「架け橋」によって大西洋に及ぶ構図は同じ。