プレスリリース

このプレスリリースは宇宙開発事業団(NASDA)が発行しました

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第1回微小重力科学国際公募の宇宙実験候補テーマ選定結果について

平成14年1月23日

宇宙開発事業団

本日開催された宇宙開発委員会において、下記のとおり報告をいたしました。

1. 報告事項

 平成12年9月に発出した第1回微小重力科学国際公募における日本の候補テーマの選考作業および選定結果について報告する。

2. 微小重力科学国際公募について

2.1 公募の目的

 微小重力科学国際公募は、日・米・欧・加が国際宇宙ステーション(「ISS」と略す)搭載実験装置の相互利用などを通じて、より広範なテーマをより効率的に実施し、最大限の科学的成果を得ることを目的として実施している。

2.2 公募対象

(1) 募集対象は、おおよそ平成16年から平成20年に、ISSに搭載される実験装置を利用して実施するフライト実験テーマ。(ただし、今回は候補テーマの選定であり、今後1〜2年の準備作業を実施した後、再評価をクリアしたものがフライトテーマとして選定される。)
(2) 対象分野は、流体物理、材料科学、バイオテクノロジー、燃焼科学、基礎物理の5分野。
(3) 対象装置は、海外宇宙機関が開発を行っているものも含め、おおよそ40台の実験装置。(あらかじめリストアップされた上記実験装置の利用が前提となる。新規実験装置の開発は認められない。)

2.3 選考作業の流れ(図1参照)

(1)募集
平成12年9月から募集を開始し、平成13年1月に募集を締め切ったところ各国から115テーマの応募があった。このうち、日本の研究者が代表研究者を務める提案は19テーマ、海外提案において日本の研究者が共同研究者を務める共同研究提案*1は11テーマ19件*2であった。

(2)科学評価
平成13年1月〜6月にかけて科学評価を実施した。国際微小重力科学戦略会合*3(International Microgravity Science Strategic Planning Group:以下「IMSPG」)のもとに設置された国際科学評価パネルが、科学的な意義、長時間微小重力利用の意義を評価した。

(3)技術評価
平成13年7月〜9月にかけて技術評価を実施した。提案者が利用を希望している実験装置を開発している宇宙機関が技術的な実現性を評価した。

(4)プログラム評価
平成13年10月〜11月にかけてプログラム評価を実施した。宇宙開発事業団が、実施スケジュール、実験計画詳細化の可否、必要経費、微小重力科学研究シナリオとの整合性などを評価した。

(5)選定候補案の作成
上記の評価結果をうけて、平成13年12月、宇宙環境利用研究委員会において選定候補案の作成が行われた。

(6)候補テーマ選定
上記の選定候補案をうけて、平成14年1月、宇宙開発事業団理事会議において候補テーマが承認された。

3. 選考結果

 添付1表1に示す5テーマを候補テーマとして選定した。また、海外テーマに参加する日本の研究者の共同研究提案に関しても、添付1表2に示す3テーマを候補テーマとして選定した。

4. 今後の作業

 選定後すみやかにフライトに向けた準備作業を実施する。(図2参照)準備作業の実施にあたっては、国内外のISS計画の状況を踏まえつつ、適宜再評価を行い、これをすべてクリアしたテーマが最終的にフライトに至る。


詳しくはこちらをご覧ください。





*1 宇宙開発事業団に対してファンド要求のあったもの
*2 同一のテーマに複数の共同研究を含む場合がある
*3 国際宇宙ステーションの効率的利用を話し合うための宇宙機関間会合。現在のメンバーは、宇宙開発事業団、ASI(イタリア宇宙庁)、CNES(フランス国立宇宙研究センター)、CSA(カナダ宇宙庁)、DLR(ドイツ航空宇宙センター)、ESA(欧州宇宙機関)、NASA(米国航空宇宙局)、ブラジル(第一回国際公募には不参加)、ロシア(第一回国際公募には不参加)。



第1回微小重力科学国際公募の宇宙実験候補テーマ選定結果について
候補テーマ一覧

表 1.

分野代表研究者
(所属)
利用希望装置
(開発機関)
テーマ概要
流体 大高 雅彦
(宇宙開発事業団)
FPEF*4 (NASDA)
FSL*5 (ESA)
マランゴニ対流の振動流遷移を起こす本質的な要因を調べる研究で、材料製造時のマランゴニ対流効果の解明に貢献することが期待される。
材料 伊丹 俊夫
(宇宙開発事業団)
AFEX*6 (NASDA)
DMI*7 (NASA)
Geの拡散係数をシアーセルによって高精度に測定する研究で、新たな拡散モデルの構築を目指している。
材料 栗林 一彦
(宇宙科学研究所)
MSL-EML*8
(ESA)
Siの浮遊凝固による球状結晶生成時の界面不安定性の研究で、球状半導体を用いた新規デバイス開発に貢献する事が期待される。
結晶成長 木下 恭一
(宇宙開発事業団)
GHF*9
(NASDA)
地上では育成の難しいInGaAs均一組成結晶の新たな育成手法の検証を行う研究で、次世代の光通信デバイスの開発に貢献する事が期待される。
燃焼 藤田 修
(北海道大学)
FCF-FEANICS*10
(NASA)
火炎伝播メカニズムに関する仮説の検証を固体材料を用いて行う研究で、先端的な火炎伝播モデルの構築、宇宙船内環境における材料の燃焼性評価の向上に貢献する事が期待される。


表 2. 候補テーマ一覧(国際共同研究提案)

分野共同研究者(所属)代表研究者(所属)テーマ全体の概要共同研究者の役割
流体 河村 洋
(東京理科大学)
Hendrik C.
Kuhlmann
(ZARM)
液柱のマランゴニ対流において、ある条件下に形成される特異な偏析現象が、微小重力下において、より広い条件下で構成されるという予測を確かめる FPEFを用いた実験における主導的立場での実験実施・実験結果解析
材料 日比谷 孟俊
(日本電気株式会社)
Konrad Samwer
(Univ. Gottingen)
電磁浮遊加熱装置を用いてシリコン融液の物性を高精度に測定する。 シリコン融液を取扱う際の実験技術上のサポートとデータ解析
材料 塚田 隆夫
(東北大学)
Konrad Samwer
(Univ. Gottingen)
電磁浮遊加熱装置を用いてシリコン融液の物性を高精度に測定する。 地上のシリコン単結晶育成を高度化する流体シミュレーションを宇宙実験のデータに基づき開発する。
※ 各テーマの選定については、当該宇宙機関の判断に委ねられる。各共同研究の選定も、各テーマの当該宇宙機関による選定が前提となる。




*4 流体物理実験装置
*5 流体科学実験装置
*6 帯域炉
*7 拡散モジュールインサート
*8 電磁浮遊炉:国際宇宙ステーションへの搭載が現状確定していない。装置の搭載化が確定した段階で利用調整を図る。
*9 温度勾配炉
*10 流体燃焼実験装置固体燃焼実験装置:装置の開発見通しが不確定。見通しがはっきりした段階で利用調整を図る。


第1回微小重力科学国際公募の宇宙実験候補テーマ選定結果について
候補テーマ

流体物理分野 候補テーマ

  1. 候補テーマ


  2. 国内提案テーマ
    (1) 研究テーマ名 Experimental Assessment of Surface Deformation Effects in Transition toOscillatory Thermocapillary Flow in Liquid Bridge of High Prandtl Number Fluid
    (高プラントル数流体の液柱マランゴニ振動流遷移における表面変形効果の実験的評価)
    チームコーディネータ 大高 雅彦(宇宙開発事業団)
    代表研究者 鴨谷 康弘(Case Western Reserve University/宇宙開発事業団)
    共同研究者 西野 耕一(横浜国立大学)
    河村 洋(東京理科大学)
    川路 正裕(University of Toronto)
    川崎 和憲(株式会社IHIエアロスペース)
    今石 宣之(九州大学)
    国際共同研究テーマ
    (2) 研究テーマ名 Dynamics of suspended particles in periodic vortex flows
    代表研究者 Hendrik C. Kuhlmann(ZARM - University of Bremen)
    共同研究者 河村 洋(東京理科大学)
    Dietrich Schwabe(University of California at Santa Barbara)
    Eckart Meiburg(University of Giessen)

  3. 選定理由


  4.  流体の研究分野では、ゆっくりとした流れの研究から非常に小さい多数の渦ができる乱流の速い流れの研究へと興味の対象が移行してきています。それは、ゆっくりとした流れについては多くの研究課題が解決されたことと、乱流は航空機設計などの産業的な要求が強いためです。しかし、ゆっくりとした流れの中でもマランゴニ対流のような表面に働く力によって発生する流れの解明は、依然として主要な課題として残されています。マランゴニ対流に関する研究は、地上研究はもちろんのこと、微小重力環境を利用した実験が盛んに行われ、これまでの流体分野の宇宙実験の半数はマランゴニ対流に関するテーマです。それは、微小重力では密度差の対流が無くなりマランゴニ対流の本質が顕わになることと、大きな液柱が作れることにより詳細な流れの観察ができるためです。マランゴニ対流の現象を解明することは、工業的に非常に重要な材料製造技術の向上に寄与することから活発に研究が行われてきました。材料製造の際には、重力による浮力対流と表面張力によるマランゴニ対流が発生しますが、マランゴニ対流の解明がまたまだ不十分なために流れの完全な制御には至っていません。そのため、マランゴニ対流に関する更なる知識の積み上げにより流体力学の進展が必要となります。
     我が国のマランゴニ対流研究は、透明モデル材料による流体力学の進展に寄与する研究と、実材料を用いた結晶成長技術の向上を目的とした研究の2つの方向性から体系的に研究が行われていることが特徴です。日本の小型ロケット実験を通じ、対流を詳細に観察する技術が確立し、世界で最先端の実験手法を獲得しました。透明モデル材料では、内部や表面の流れを立体的に観察することができ、三次元的な複雑な振動流を鮮明に捉えることが出来るようになりました。また、半導体のような不透明な液体の流れは普通の方法では見えませんが、X線で観察する装置を開発し宇宙実験で流れの様子を捉えることに成功しました。このことから、これまでの我が国の小型ロケット実験は、マランゴニ対流の観察のための技術開発的要素と振動流遷移の体系的理解の足がかりとして重要な役割を果たしました。
     宇宙実験の初期には時間と共に流れの変わらない定常流についての実験が実施され、その後、温度差をより大きくすると発生する複雑な流れの研究へと発展してきました。複雑な流れの解明も高度な実験技術が確立したことにより、これから急速な進展を遂げると考えられます。その中で、解決すべき課題は、複雑な流れが発生する条件を見いだすこと、また、その複雑な流れが発生する要因を解明することです。前者の課題については、「きぼう」船内実験室一次選定テーマにより、モデル材料および半導体材料による複雑な振動流やカオス流の発生条件を詳細に調べる研究が実施されます。今回の国際公募テーマは、透明な流体を使い複雑な振動流が発生する本質的要因を解明しようとする実験で、後者の課題を解決するための実験と位置づけています。
     国際宇宙ステーションの初期利用テーマとして実施される実験により、透明モデル材料でも半導体の実用材料においてもマランゴニ対流の複雑な流れへと遷移する現象が体系的に解明されます。この結果は、マランゴニ対流の知識を深めるだけでなく、表面を有する流体力学の進展にも多大な貢献を果たすことでしょう。今後は、遷移現象が解明された後には、複雑な流れの構造の解明へと移行し、界面を有する流体の総合的な理解へと繋がります。

  5. 選定されたテーマの紹介


  6. (1)「高プラントル数流体の液柱マランゴニ振動流遷移における表面変形効果の実験的評価」

     本研究では、マランゴニ対流の様子を調べるために、透明シリコンオイルの大きな液柱を微小重力環境下で作り、マランゴニ対流と表面の変形を観察します。それにより、表面の変形と流れの様子の関係を明らかにし、提案されている革新的な物理モデルを実証します。この成果は流体力学の発展はもちろんのこと、材料製造への応用も期待されます。
     液体の表面に温度差があると、表面張力の小さい方から大きい方へと表面が引っ張られ、その結果として流れができます(図1)。この流れをマランゴニ対流と呼んでいます。マランゴニ対流は、温度差などの条件を変化させると流れの様子がいつも同じ整った状態の「定常流」から、流れや温度が時間と共に周期的に変化し複雑な「振動流」に変わります(図2)。しかし、振動流に遷移する条件やその機構は未だ明らかになっていません。

    図1 マランゴニ対流 図2 定常流から振動流へ

     振動流に遷移する現象の解明を目指して研究を行ってきた結果、定常流から振動流へと変わる際に液体の表面が微小に波打つ動的表面変形(DSD: Dynamic Surface Deformation)が起こり流れと密接に関係していることが分かりました(図2)。DSDは振動流への遷移のきっかけとなり、振動流を継続させるために重要な役割を担っていることが強く示唆され、新しいマランゴニ対流遷移モデルが構築されました。従来は振動流が起こるのは、液体の大きさと温度差だけで決まるとされていましたが、本モデルではDSDの大きさがある値より大きくなった場合に振動流に遷移することを予測しており、従来の説とは本質的に異なります。
     この斬新な仮説を実証するためには、大きな液柱で実験することが必須です。地上では重力があるため非常に小さな液柱しか作れませんので、国際宇宙ステーションの微小重力環境を利用します。径及び長さの異なる8種類の液柱について、最新の流体計測手法を使ってDSDを精密に測ると同時に、発生する流れを詳細に観察します。また、従来には例が無い自由表面の動的変形を考慮した数値解析結果との比較を行い、振動流遷移におけるDSDの詳細な挙動およびその役割を総合的に解明します。これまでの説では実験事実を説明できませんでしたが、この新規のモデルが遷移現象を解明すると期待されます。
     本研究成果は、自由に変形する表面を持つ液体の流れと表面の関係を理解し流体力学に新たな一ページを加えるに留まらず、材料製造における高品質化への基礎理解としての活用が期待されます。

    (2)国際共同研究提案「Dynamics of suspended particles in periodic vortex flows」

     液体の中に粒子をバラバラに混ぜた状態でマランゴニ振動流を発生させると、その粒子は線状に並び特徴的な模様になることが過去の微小重力実験で観察されました。この現象は流れの形態と深く関係していて、本提案では詳細な流れの観察により特異な模様の発生条件を明確にします。日本からは、一名の共同研究者が主導的な立場で実験を実施するために参加する予定であり、その成果は材料製造時の様々な粒子の混入に関する基礎知識としての活用が期待されます。





材料・物性分野 候補テーマ

  1. 候補テーマ

  2. 国内研究テーマ
    (1) 研究テーマ名 Containerless Crystallization of Silicon in Microgravity
    (微小重力下におけるシリコンの無容器結晶化)
    代表研究者 栗林 一彦(宇宙科学研究所)
    共同研究者 Dieter M. Herlach(ドイツ宇宙機関)
    鈴木 俊夫(東京大学)
    (2) 研究テーマ名 Role of the short range order on the self- and impurity diffusion of group
    14(IVB) elements with a different degree of complexity
    (液体構造の複雑性の系統的変化を示す14(IVB)族液体における自己拡散および不純物拡散に及ぼす短距離秩序の役割)
    代表研究者 伊丹 俊夫(宇宙開発事業団/北海道大学)
    共同研究者:内田 美佐子、宗尻 修治、青木 拓克(宇宙開発事業団)
    星野 公三(広島大学)
    武田 信一(九州大学)
    加美山 隆(北海道大学)
    内田 博之、兼子 稔(石川島播磨重工業株式会社)
    国際共同研究テーマ
    (3) 研究テーマ名 Investigations of thermophysical properties of liquid semiconductors in the melt and in the undercooling state under microgravity conditions (SEMITHERM)
    代表研究者 Konrad Samwer(独 ゲッチンゲン大学)他
    共同研究者 日比谷 猛俊(日本電気株式会社)
    塚田 隆夫(東北大学)
    藤原 俊之(住友金属工業株式会社)
  3. 選定理由

  4.   これまでの凝固現象に関する微小重力実験(「ふわっと92(1992年)」および「第二次国際微小重力実験室(1994年)」を含む)では、凝固時に始めに生じる結晶と融液との密度差による凝固メカニズムの解明、凝固時に融液中で密度差が生じる合金系での液体分離現象と合体機構の解明など巨視的に均質な合金の作製に関する物理現象を理解する際に、微小重力下での無対流状態の利用が極めて有効であることが示されてきました。その後、材料生成に関する物理現象の本質を探るため、より微視的な現象へと視点が移り、たとえば結晶欠陥の発生原因や均質な合金中の微細な凝固組織の成り立ちなどの研究が進められてきました。今回選定されたシリコンの結晶化のテーマは、次世代のナノスケールの材料科学の可能性を探るテーマとして、微小重力下の浮遊状態の球状シリコン液滴の結晶化過程を詳細に観察し、シリコン単結晶が生成するときの結晶への原子の取り込まれかたなどナノ領域の物理現象など結晶の高品質化にむけた重要な知見を得ることを目的としています。本研究の成果をもとに、地上における大型単結晶の育成条件の最適化や次世代電子素子への応用が図られている球状単結晶シリコンの高品質化への貢献が期待されます。
      上記のような結晶化等のナノ領域の物理現象を理論的に解析する上で、拡散係数や粘性係数など基礎的な物性値の精密測定が不可欠です。ドイツが中心となって行った1985年および1993年のスペースシャトル実験では微小重力環境を利用した拡散係数の測定が行われ、従来と比較して極めて精度の高いデータを取得できることが明らかにされました。1997年に実施されたスペースシャトル実験「第一次微小重力実験室計画」では、日米欧の協力の下、拡散係数や粘性係数、熱膨張係数など材料科学にとって極めて重要な熱物性値の正確な取得が試みられました。日本は、このスペースシャトル実験において、新規の拡散実験技術(シアーセル)の開発に成功し、物性計測の中心的役割を担ってきました。今回選定された拡散係数測定のテーマは、これまでに蓄積された拡散実験技術を発展させ、日本の開発した帯域炉を用いてシリコンと同族元素であるゲルマニウムの自己拡散係数の測定実験を行います。さらに、上記の結晶化の観察と同様にナノ領域の物理現象を理解するため、コンピュータシミュレーションや中性子散乱による構造解析などと宇宙実験の結果を比較することにより、溶融した半導体中の原子の運動状態を探ります。
     ドイツの研究者の提案したシリコン液滴の熱物性計測に、国際共同研究テーマとして日本の研究者が参画し、データの解析やサポートを行います。これらの物性値の正確な値の取得をもとに、材料科学におけるナノ領域の理論構築と応用をはかることができます。

  5. 選定されたテーマの紹介

  6. (1)「微小重力下におけるシリコンの無容器結晶化」
     微小重力を利用して、空間に浮遊させたシリコン液滴中の結晶の成長する速さや形状を観察することにより、シリコン結晶に原子が取り込まれていく過程を調べます。高周波を流したコイル中の電磁場により溶融シリコンの液滴を浮遊させ、つづいて液体のまま融点以下に冷却した後に、シリコンの小さな結晶を接触させて結晶化させます。電磁場を用いた液滴試料の浮遊加熱は、通常の重力下で盛んに行われていますが、微小重力環境を利用することで通常の重力下の1/1,000,000の力で液滴を空間に浮遊させることができます。そのため、ほぼ真球状の擾乱の少ない液滴を用いた極めて高精度の観察が可能となります。
     本実験は、欧州宇宙機関の開発した電磁場浮遊加熱装置(MSL-EML)を用います。MSL-EMLは、これまでのスペースシャトル実験を経て開発された新たなコンセプトの電磁場浮遊加熱装置です。
     本研究の成果は、産業上重要なシリコン単結晶の高品質化へ寄与するとともに、新規の3次元半導体素子として注目されている球状シリコン素子などへの応用が期待されています。

    (2)「液体構造の複雑性の系統的変化を示す14(IVB)族液体における自己拡散および不純物拡散に及ぼす短距離秩序の役割」
     溶融した金属や半導体の原子の運動を調べるために、微小重力を利用して拡散係数を正確に測定します。溶融した物質の中では、原子どうしが常に衝突しながら移動しています。それらの原子が一定時間の後にどれくらいの距離を移動したかを表す量が拡散係数です。原子の運動を直接観察する事はできませんが、液体の拡散係数を正確に測定することでそれを知ることができます。拡散係数の測定では、一般に、二種類の液体を静かに接触させて、それらの混じり合う時間を測定します。しかし、高温の溶融金属や半導体の場合、通常の重力下では僅かな温度差が対流を引き起こして混じる速さを変えてしまうために正確な測定が困難でした。微小重力環境を利用することにより、対流の影響が極めて小さい正確な測定を行うことができます。本実験は、周期律表でシリコンと同族のゲルマニウムを対象として、溶融状態の拡散係数の測定を行います。
     本実験には、日本の開発した帯域炉を用います。この帯域炉を用いることにより、X線による透過映像により実験中のサンプルの様子を観察し、確実性を確認しながら計測をすることができます。拡散実験は日本の得意分野の一つであり、スペースシャトル実験や小型ロケット実験を通して、実験技術の蓄積がはかられています。
     本研究の成果は、溶融状態の原子の運動など基礎科学的な知見の獲得だけでなく、半導体などの結晶をつくる際に重要となる不純物濃度の均質化の向上などへの応用が期待されます。

    シアーセルによる拡散実験の模式図
    拡散実験前
    (二種類の溶融金属を接触させる前の状態です。)
    拡散実験中
    (二種類の液体を接触させ、拡散させます。)
    実験終了
    (拡散試料を分断します。)

    (3)国際共同研究テーマ:Investigations of thermophysical properties of liquid semiconductors in the melt and in the undercooling state under microgravity conditions (SEMITHERM)
     本テーマは、前述の電磁浮遊加熱装置を用いて液体シリコンの粘性係数や表面張力などの物性の正確な測定を試みるもので、欧州の研究者が中心となって国際的な共同研究として進める研究です。日本からは、3名の研究者が参加し、実験データの解析や成果の産業への応用を目指します。





結晶成長分野 候補テーマ

  1. 候補テーマ

  2. 研究テーマ名 Growth of Homogeneous In0.3Ga0.7As Single Crystals in Microgravity
    (微小重力下におけるIn0.3Ga0.7As均一組成単結晶の成長)
    代表研究者 木下 恭一(宇宙開発事業団)
    共同研究者 龍見 雅巳(住友電気工業株式会社)
    前川 透(東洋大学)
    山田 正良(京都工業繊維大学)
    花上 康宏(宇宙開発事業団)
    岩井 正行(株式会社エイ・イー・エス)
    鶴 哲也(株式会社エイ・イー・エス)
    村松 祐治(株式会社エイ・イー・エス)
    黒田 卓(石川島播磨重工業株式会社)
    桑田 知之(石川島播磨重工業株式会社)
    堀田 任晃(石川島播磨重工業株式会社)
  3. 選定理由

  4.  微小重力下では、対流の影響を受けずに物質が運ばれること、自重による歪みが無くなること、不純物の沈降による結晶への取り込みが無くなることなどが期待されることから、均質な結晶を得ること、結晶の欠陥や歪みを低減させることなどを目指して、これまで各国で様々な微小重力実験が実施されてきました。日本においても、FMPT (PbSnTe、HgCdTe、InGaAs)、SFU (GaAs) 等で均質化に関する微小重力実験が実施されました。その結果、自重や壁との接触によって変形が生じるような柔らかい物質 (HgI2、CdTeなど) や極めてゆっくりと成長する蛋白質結晶などでは、欠陥の低減や結晶性の向上には多数成功しています。しかし、均質な結晶に関しては、ほとんどの場合、物質が運ばれる際に、宇宙であってもわずかに残る対流の影響を受け、当初期待されていたほどには均質性は向上しませんでした。しかし、こうした実験結果の積み重ねは、残留重力の影響に関する理論的検討や数値シミュレーションによる研究が本格的に始まる大きなきっかけともなりました。本提案の研究チームにおいても、数値シミュレーションによる研究が推進され、その結果、過去数多く実施された原料全体を溶融させた後に凝固させる手法では、残留重力の影響を受けやすく、本当に理想的な条件にすることは難しいことが明らかにしました。また、こうした数値シミュレーションの結果を応用して、地上のように対流の影響が強い環境であっても、均質な結晶を得ることのできる方法を新たに開発しました (TLZ法:Traveling Liquidus Zone Method)。本方法は均質結晶を得るためには優れていますが、実験的に優位性を立証した段階に過ぎず、今後、原理の検証が必要です。そのためには、対流の影響を十分に小さくできる微小重力環境での実験が必要となります。この実験は、結晶成長分野の科学的発展に寄与するばかりでなく、得られる成果を地上における結晶成長方法の改良に役立てることによって、日本のIT戦略の前進に貢献することが期待されます。

  5. 選定されたテーマの紹介

  6.  均質な結晶を得ることのできるTLZ法の原理を検証することを目的としています。精度良く原理を検証し、TLZ法を正確に理解するためには、対流の影響を最小限に抑制できる微小重力環境が必須です。また、原理を検証することによって、TLZ法の有用性を確認できると共に、得られるデータを使って、地上の結晶成長方法の改良に役立てます。対象としている材料のIn0.3Ga0.7Asは、光通信用半導体レーザー用材料として期待されていますが、単結晶成長は非常に難しく、TLZ法が開発される以前は、長さ5 mm程度の均質な単結晶を得ることが限界でした。その理由は、簡単に表現すれば、In0.3Ga0.7Asなどの3種類以上の元素を用いる場合、凝固が進行している部分 (「成長界面」といいます) の温度を一定に保つ必要があるためです。ところが、従来の方法では、温度の分布と濃度の分布との間には相関関係がありません。即ち、温度分布は外部から加熱することによって制御可能ですが、濃度分布は制御することができません。その結果、凝固する場所の特定すら困難で、その結果均質な結晶を得ることが難しかったのです。宇宙開発事業団では、TLZ法と呼ばれる新たな結晶成長を考案することにより、直径2 mmではありますが、長さ20 mmの均質な結晶を得ることに世界で初めて成功しました (図1参照、プレス発表済み)。この方法の最大の特徴は、温度分布によって濃度分布を制御できる点、即ち、従来は独立に制御されていた温度と濃度という2種類の変数を1つの変数に減らすことができる点にあります。これにより、今までは不可能であった長さの均質な結晶を得ることに成功しました。TLZ法は均質結晶を得る方法としては優れた方法ですが、その原理を結晶成長法の改良等に役立てるためには、TLZ法の原理を正確に理解しておく必要があります。そして、そのためには、対流の影響を十分に小さくできる微小重力環境での実験が必要となります。現在国際公募を通じて提案している実験では、試料の移動速度を変化させて人為的に乱れを与えた場合の回復過程を調べる計画です。「回復力」の強さは、対流等による擾乱に対する抵抗力と同じものですので、地上における結晶育成の最適条件設定にも貢献することが期待されます。


    図1 TLZ法により地上で得られた均質な単結晶




燃焼科学分野 候補テーマ

  1. 候補テーマ

  2. 研究テーマ名 Effect of Material Properties on Wire Flammability in a Weak Ventilation of Spacecraft
    (宇宙船内低速空気流中における電線の燃焼特性におよぼす材料諸特性の影響)
    代表研究者 藤田 修(北海道大学)
    共同研究者 Sandra L. Olson (NASA Glenn Research Center)
    Takashi Kashiwagi(National Institute of Standards and Technology) 
    伊藤 献一(北海道大学)
  3. 選定理由


  4.  燃焼現象の最も大きな特徴は、20℃程度の常温から2000℃程度の火炎温度にまで、短時間のうちに大きな温度変化が起こることです。重力下では、火炎と周囲空気との密度差によって複雑な流れ(熱対流)が発生します。そのため、燃料や酸素の移動や熱の移動などの高精度測定を通じた本質的なメカニズムの解明を難しくしていました。それに対し、微小重力環境では、熱対流が発生せず、乱れが抑制されるために火炎周囲の熱や物質の移動を高精度に測定できるようになります。また、火炎への酸素の供給が拡散によってのみ生じるために燃焼速度が低下し、同一の燃焼現象を地上に比べて長時間に渡り観察することが可能となります。つまり、微小重力環境とは、地上では短時間のうちに終了してしまう現象をスローモーションで再生できる"高速度カメラ"として、極めて有効な研究ツールであると言えます。
     微小重力環境を利用した燃焼科学研究は、落下塔やスペースシャトルなどの実験手段を利用し、ろうそく火炎やバーナ火炎、燃料の滴がどのように燃えるかなどを調べてきました。我が国の特徴としては、噴霧燃焼メカニズム解明のための基礎研究が挙げられます。噴霧燃焼とは、液体燃料を空気流中に小さな滴として噴射し燃焼させる方法で、各種のエンジンやボイラなどに広く用いられています。これまでは、噴霧を構成する最小単位である、1個の液滴(単一液滴)の燃焼挙動を対象とした研究が多く行われてきました。これらの研究により、液滴が燃え尽きるまでに要する時間、火炎の大きさと酸素濃度などの雰囲気条件の関係を含め、単一液滴の燃焼メカニズムについてはかなりの部分が解明されました。
     しかし、実際の噴霧燃焼においては複数の液滴が相互に影響を及ぼし合いながら燃焼しており、このため、液滴から液滴に火炎が燃え広がる火炎伝播現象の理解が重要となります。そこで、単一液滴での知見を拡張し、複数液滴での火炎伝播現象の理解をはかることにより、噴霧燃焼メカニズム解明が可能になると考えられます。我が国が宇宙実験用小型ロケットTR-IAを用いて行った静止噴霧の燃焼実験は、このような視点に基づき行われた世界で唯一の実験でした。今後は、直線状に液滴を複数個並べた液滴列のような比較的単純な系における燃焼メカニズムを十分に解明し、その知見やモデルをより複雑な系へ拡張して行くことが適切と考えられます。しかし、液滴列における火炎伝播現象に関しては、燃料蒸気の拡散が与える影響など、不明な点もあります。
     今回選定されたテーマは、NASAが開発する燃焼実験装置を用いて、棒状の固体材料上を火炎が伝播する現象の詳細な観察を行うものです。本テーマを行うことにより、気化する燃料蒸気の拡散が火炎伝播現象に与える影響が解明され、液滴列や液滴群、噴霧における火炎伝播メカニズムの解明とも関連した基礎的な知見を得ることができます。本研究の成果を基に、高度な火炎伝播シミュレーションの構築などを通じ、次世代の低環境負荷、高効率燃焼機器の開発への応用が期待されます。

  5. 選定されたテーマの紹介

  6.  直線状に燃料液滴を並べた液滴列は、燃焼現象の基礎研究の対象として用いられています。しかし、液滴列ではそれぞれの液滴が離れているため、燃え広がる火炎の前に形成される燃料蒸気の広がりが不連続となり、火炎伝播解析には困難さが生じます。それに対し、連続的な棒状の燃料を用いると、蒸発した燃料蒸気は火炎の前に連続的に形成されるため現象が単純化され、正確な理解が得られると考えられます。そこで本研究では、棒状の材料表面と平行な空気の流れがある状態で実験を行い、燃料蒸気の広がり(濃度場)が火炎伝播に与える影響を明らかにします。理論的な予測によれば、濃度場と温度場とが互いに影響を及ぼし合う結果、流速が非常に小さい条件で、火炎が燃え広がる速度が特に大きくなることが予測されています。しかし、重力がある状態でこの予測を確認することは、浮力による強い対流(熱対流)と乱れが発生するため困難です(図1)。
     国際宇宙ステーションにおける米国の実験棟には、NASAが開発中の燃焼実験装置(CIR)が搭載されます。本研究では、CIR内に設置される固体燃焼実験用装置FEANICS (Flow Enclosure Accommodating Novel Investigations of Combustion of Solids)を用います。芯線を持つ棒状のポリエチレンを試料として、FEANICS内部に空気流れと平行に固定します。試料の下流側から着火させ、その後、空気流に向かって火炎が燃え広がる現象を詳細に観察するとともに、燃え広がる速度を計測します(図2)。また、火炎前方における燃料蒸気の広がりの影響を調べるために、空気流速や酸素濃度を変化させた実験などを行います。 

    図1 通常重力場での火炎の燃え広がり
    (強い熱対流が発生し、観察の妨げになる)
    図2 微小重力場での火炎の燃え広がり
    (熱対流が発生せず、詳細な観察ができる)

     これらの実験とともに、現象のモデル化と数値シミュレーションを合わせて行い、火炎が燃料上を燃え広がる際の燃料蒸気の広がり(濃度場)の影響を定量化します。本研究により得られた知見を拡張することにより、不連続でより複雑な、液滴列での火炎伝播において燃料蒸気の広がりが果たす役割の解明に寄与することが期待されます。さらに、国際宇宙ステーション内部では空調のために非常に低速の空気流があることから、本研究で得られる成果は、宇宙船内における電線被覆材料などの棒状材料に関する燃焼性の評価、並びに火災安全性の向上に対しても適切な指針を与えることが期待されます。