宇宙開発事業団
宇宙開発事業団は、地球規模の広域大気汚染の監視を行うリモートセンシング技術を研究・開発するために、航空機を用いてアジア・太平洋地域の観測を行なっています。今年1月10日の三宅島上空高度3キロメートルでの観測によって二酸化硫黄が三宅島東方に運ばれている様子を、下記のとおり捉えましたのでお知らせします。
噴火直後の高濃度の二酸化硫黄は既に人工衛星からの観測の報告がありますが、今回の観測実験では、比較的 低い濃度の二酸化硫黄の水平分布を、短時間に広い範囲にわたって把握できることを示しました。
今回の観測結果は、同様な測定原理を用いた人工衛星搭載観測器の設計・開発等の基礎データとなります。今後、人工衛星等でこのような観測をすることで、火山噴煙のほか石炭火力発電所や石炭暖房からも排出される二酸化硫黄の分布を地球規模で把握することが期待できます。
図1は観測結果を示したものです。
観測結果から得られた二酸化硫黄の気柱全量【注1】の代表例(30m atm-cm【注2】)から、これが地上から高度1kmまで均等に分布していると仮定すると、濃度は約500ppbv【注3】となります。現時点の値は初期解析結果であるため±50%程度の誤差があると見積もられていますが、今後の研究で誤差の原因を解明し改善していく方針です。
三宅島上空よりも東方に離れたところで濃度が高く見える理由として仮説が2つ考えられます。 (1)同時に撮影した写真1の山頂の噴気口周辺には水蒸気の噴煙が見られます。この噴煙は山頂から高度1000m程度にまで噴出され、風により移流しています。噴煙は山頂付近の方が濃く、二酸化硫黄の存在をマスクしていたと考えることができます。(2)二酸化硫黄の分布が実際に時々刻々変化していたという見方もあります。詳細については今後の研究で明らかにする予定です。
噴出した二酸化硫黄の移流により関東地方でも異臭騒ぎが報告される(2000年8月28日)など三宅島の火山からは大量の二酸化硫黄の放出が続いており、放出量は徐々に減少しているものの二酸化硫黄が島内外で観測される状況は現在も継続しています。火山活動が活発だった当時は10ppmvを超える高濃度の二酸化硫黄が火口から離れた場所でも測定されていたものの、現在は火口周辺でもその20分の1程度にまで減少していることが今回の観測結果からわかります。
なお、2002年1月17日には桜島上空でも同様な観測に成功しました(図2)。図1のフルスケールが50m atm-cmであるのに対して図2のフルスケールは10m atm-cmであり、桜島の噴煙中の二酸化硫黄濃度は三宅島からのものの約1/5であることが判ります。
二酸化硫黄(SO2)は紫外光を吸収する性質があり、波長 300-320nm では特有の吸収スペクトルパターンを持っています。散乱された太陽光が上空を飛行する観測器に到達するまでに火山噴煙に含まれる二酸化硫黄によって吸収される量を解析することで、地表面から飛行高度までの二酸化硫黄の気柱全量を測定することができます。
この二酸化硫黄観測は、2002年1月に宇宙開発事業団地球観測利用研究センターが行なった「西太平洋域におけるアジア大陸から排出される人為起源物質の航空機観測」 (Pacific Exploration of Asian Continental Emission; PEACE) キャンペーンの一環として、同センターの鈴木 睦主任研究員らのグループが行なったものです。このキャンペーン全体では、アジア・太平洋域の広域大気汚染の動態解明をめざしています。観測には、名古屋空港および鹿児島空港をベースとして(株)ダイヤモンドエアサービス社の所有する小型ジェット機ガルフストリームII 型を使用しました。この観測キャンペーンは、宇宙開発事業団 地球観測利用研究センター 小川利紘研究ディレクターおよび東京大学 先端科学技術研究センター 近藤豊教授をリーダーとし、東京大学先端科学技術研究センター、東京大学理学部、国立環境研究所、名古屋大学太陽地球環境研究所、カリフォルニア大学アーバイン校、ニュージーランド国立水・大気研究所、京都大学理学部、および地球フロンティアの研究者の参加を得ました。
注1 | 気柱全量:地上から大気の上端までの大気の「柱」を仮想した場合の、その柱全体の中に存在する大気成分の量。 |
注2 | m atm-cm(ミリ アトモスフェア センチメートル):気柱全量を表わす標準的な単位。気柱の中に存在する大気成分をすべて地上(1気圧)に凝縮したと考えた場合の気柱の高さ。1 atm-cmで1cm、ここでは1m atm-cmなので1000分の1cm。(参考: オゾンの代表値は300m atm-cm) |
注3 | ppbv:濃度を表わす単位。ppbvは体積比で10億分の1を表わす。ppmvは100万分の1。 |