
2005年に行われた小型超音速実験機の飛行実験
Q.技術開発はどこまで進んでいるのでしょうか?
大貫:JAXAにおいては、1997年から超音速機技術の大型研究を始めており、日本の航空機製造会社の方たちとも協力しながら技術開発を進めてきました。今は開発計画の第2段階に入っています。第1段階では、機体の空気抵抗を下げる設計技術を獲得することを目的とし、2005年にはオーストラリアで小型超音速機の飛行実証実験に成功しました。この時の実験機は、先ほど申し上げた「空気力学的逆問題設計法」によって、空気抵抗が小さくなるように設計されました。実験機にはエンジンがないため、固体ロケットに実験機を取り付けて打ち上げ、高度19km辺りで実験機を分離させてマッハ2で飛ばし、データをとるという実験です。その結果は、事前に解析した通りになり、コンピュータによって設計された形状が、空気との摩擦抵抗を減らすということが確認されました。また、研究の次のステップに向けてソニックブームの計測も行いました。
第2段階の今は、機体の抵抗を小さくしたままで、騒音を低減するという課題に取り組んでいます。特に、世界に先駆けて実証したいと思っているのは、機体全体の形を工夫することによって、ソニックブームを小さくするという技術です。ソニックブームの研究は、アメリカやヨーロッパでも行われていて、機体前方の形を工夫すればソニックブームを一部低減できるということは実証されています。JAXAでは、機体全体の形状を工夫してソニックブームを全体的に低減しようと考えていますので、かなり静かな機体ができると思います。現在のところ、コンピュータによる数値的なシミュレーションと、風洞試験によって、こういう形状の機体を飛ばせばソニックブームが小さくなるだろうというのが分かってきました。ただ実際には、ソニックブームは大気を伝播して地上に届きますので、温度や密度の変化、風による大気の乱れによって影響を受けます。こういった自然現象を地上でうまく模擬するのは難しいため、やはり機体を飛ばさないと最終的な確認がとれません。JAXAでは、2010年代の中頃までに、静粛超音速研究機による飛行実証を行うことを目標に、準備を進めています。
Q.超音速機の技術開発の課題は何でしょうか?
大貫:まず考えられるのは、超音速機の開発規模は非常に大きいため、1つの国だけで開発するのが難しいということです。欧米も日本もそう感じています。コンコルドも英仏の共同プロジェクトでした。しかし今は、技術研究を各国がそれぞれ独自で行っているという状況であり、まだ協力して実際にお客さんが乗れる旅客機を作ろうというところまでにはなっていません。国際的な共同開発の場をいかに作るかというところが、今後の一番大きな課題だと思います。

風洞試験による設計検証
牧野:コンピュータによる解析を最適設計システムに組み込んだものの、その解析技術をもっと高度化する必要があります。最終的には飛行実証により確認する必要がありますが、実験機を1機作るのには多額の費用がかかります。ですから、数値解析や風洞試験など、地上で検証できるすべてをやり尽くした上で、実際に飛ばすスケール機を作る必要があります。その設計を確実なものにするためにも、コンピュータの推算精度を高めなければなりませんが、それには解析を検証するための多くのデータが必要です。しかし、これまで日本が超音速機を開発した経験が少ないため、比較するためのデータが不十分であるというのが、課題となっています。
もちろん、風洞試験でも空気の流れや圧力分布といった検証データをとることはできます。風洞試験の原理は、静止している大気中を、例えばマッハ1.6で機体が飛ぶという現象を模擬するために、機体の模型を支柱で止めて、マッハ1.6の風を流します。しかし、実際には、空気が止まっているのと、機体が止まっているのとでは違いがあります。風洞の中では、模型を支える支柱の影響がどうしても出てしまうのです。そこで今、さまざまな種類の支柱を使って、その影響を除去する試験方法の研究を進めています。
Q.今後の夢や目標は何でしょうか?
大貫:まずは、静粛超音速技術の研究開発を成功させることです。実際に研究機を飛ばして、私たちの技術を早く実証したいと思います。機体が完成すると、ロールアウトといって、みなさんにお披露目するセレモニーがあるのですが、静粛超音速研究機のロールアウトの日を早く迎えたいですね。2005年のオーストラリアでの実験で使った機体よりも、さらに規模が大きくなり、実際の飛行機に近い形になりますから、それが目の前に現れたらきっと感動すると思います。そして、将来的には、多くの方に乗っていただけるような大型の超音速旅客機を実現したいと思います。また、個人的には、超音速機に乗ってみたいです。残念ながらコンコルドに乗る機会がありませんでしたので、今度はぜひ、自分たちが開発した超音速機に乗って、音速を超えてみたいと思います。
牧野:私も、早く静粛超音速研究機を形にしたいです。コンピュータの中のバーチャルな世界であっても、自分が設計した機体が飛ぶというのは感動します。それが実際に飛ぶ機体となれば、もっと感動すると思います。それを使って、ソニックブームの低減が確実にできると実証し、自信を持って静粛超音速機の技術を世界へ送り出したいというのが、一番の目標です。超音速機の国際的なワークショップや学会に参加することがありますが、2005年のオーストラリアでの飛行実験は、海外から高く評価されています。その背景には、世界的に実証機を飛ばす研究・開発プロジェクトが減っているという事実があります。費用がかかる飛行実験よりも、基礎的な研究をもっとしなさいという最近の風潮があるのです。形あるものにして実際に飛ばすというチャンスが年々少なくなってきています。だからこそ、日本にこのプロジェクトを続けてほしいという意見が多いですね。そういった世界からの期待にも答えられるような結果を早く出したいと思います。