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見た目に美しい宇宙服の実現をめざして

汗をかいた後も快適な宇宙服の下着

「なぜ少ないの?」から始まった研究

縫い方の違いで宇宙服の性能が変わる!?

スペックだけで満足してはいけない

スタイリッシュな宇宙服を日本の売りに!

汗をかいた後も快適な宇宙服の下着

──青木さんは宇宙服の研究をされているそうですね。

次世代先端宇宙服の構成。左から冷却下着、気密拘束層、断熱防護層。
次世代先端宇宙服の構成。左から冷却下着、気密拘束層、断熱防護層。

 次世代先端宇宙服の研究をしています。宇宙服は、身体側から「冷却下着」「気密拘束層」「断熱防護層」に分かれていて、私は冷却下着と断熱防護層を担当しています。冷却下着の役割は、体温が上昇した人間の体を冷やすこと。気密拘束層は、内側の空気をある圧力に保ち、空気が外に漏れないようにすること。断熱防護層は、宇宙空間の熱やスペースデブリ等から体を防護することです。宇宙空間は太陽の光が当たっているところは100℃以上になり、当たっていないところは−100℃以下と、かなりの温度差があり、高い断熱性が求められます。

──宇宙服の中は冷却しなければならないほど暑いんですか?

 宇宙服は密封されているので、宇宙飛行士が発する熱を外に逃がすことができず、内部はとても暑くなるんです。冷却しないとどんどん温度が上がり、人は死んでしまいます。

──どのような冷却下着を研究しているのでしょうか?

 現在使われている冷却下着は、下着の表面にチューブを張り巡らせ、その中に冷水を流すことで宇宙飛行士の体温を下げています。JAXAでは、この水冷方式と空冷方式を併用した冷却下着を考えています。

──水冷方式と空冷方式を併用しているんですね。

 これまでの経緯を少しお話しますと、アメリカでは1960年代のジェミニ計画で、初めて船外活動用の宇宙服が開発されました。当時はファンで気流を作って熱を奪う空冷方式をとりましたが、それではうまく温度調節ができなかったのです。そこで、下着にチューブを這わせて、中に冷水を流す水冷方式に変えました。でも冷水だけでは、作業中に急に体温が上がって汗をかくと、その汗が蒸発しません。汗が液体のまま残ってしまうので、ベタベタして不快に感じるのです。それならば、空冷で汗を蒸発させればよいということで、水冷と空冷を併用することにしました。

──研究成果はでていますか?

JAXAが研究中の冷却下着
JAXAが研究中の冷却下着
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 メーカーさんと協力して研究用の冷却下着を作り、実際に人が着て試験をしたところ、汗をかいた後も快適で、冷却性能も良いという結果が出ました。JAXAの冷却下着は、先端素材のナノファイバー織布を使うことで、汗を吸い取り、素早く蒸散させます。また、この新素材を使うことで、下着と体の密着性が高まり、冷却効率が向上します。さらに、下着の表面に張り巡らされた冷却水チューブの長さは、NASAの宇宙服に比べ約30%も短くすることができました。

──チューブが短くなると宇宙服が軽くなるのでしょうか?

 直径約3mmのチューブですから、30%短くなっても質量はそれほど変わりません。でも、全身に張り巡らされたチューブの量が減れば、動きやすくなります。それに、冷却水の量も減るので、ポンプの消費電力がそれだけ小さくなるというメリットがありますね。

──冷却下着の研究のゴールは何でしょうか?

 宇宙で使う品物(フライト品)としての性能を得ること。つまり、人間の発熱に対応してきちんと冷却でき、誰が着ても快適だと思われる品物にすること。水冷のためのポンプと、もともと宇宙服内の二酸化炭素等のガスを生命維持装置に移送するためのファンを空冷用として併用するわけですが、全体の消費電力を今までの宇宙服に比べて小さくするところまでが、研究のゴールです。冷却下着については、研究が始まって5〜6年が経ち、だいぶ成熟してきました。課題の多くはクリアしていますので、あとはフライト品に向けた洗練化です。

──具体的にはどのようなことでしょうか?

 例えば、冷却水を流すチューブの接続部をもっとスマートにしたいですね。民生品の冷却ベストでは、1本のチューブで冷却するものもありますが、私たちは複数のチューブを使い分けるようにしています。チューブを並列にすることで、効率よく全身を冷却できるようにしているのです。ですから、どうしてもチューブの接続部が多くなってしまうんですね。今はまだ研究用なので、チューブの接続部がゴツゴツしていますが、それをもっとすっきりさせたいと思っています。

──冷却下着が実用化すると、地上にも応用できそうですね。

 宇宙技術を民生品にも活用していただくJAXAオープンラボの制度があって、そこで、この冷却下着を消防分野に転用する事業が進められています。暑熱環境下で作業をする消防士に使ってもらうことを目指しています。また、暑い中、長時間作業をする農家の方たちの、熱射病予防にも冷却下着は役立つのではないかと思っています。

「なぜ少ないの?」から始まった研究

──断熱防護層の研究についても教えていただけますか?

 断熱防護層の研究は2011年度から始まったばかりです。断熱層の方は、一般的に昔から人工衛星やロケットの断熱材として使われている多層断熱材(MLI)を宇宙服に使用する際の、特に留意すべき点に関する性能基礎評価を終了しています。人工衛星に貼ってある金色の部分がMLIです。例えば、「きぼう」日本実験棟では、MLIを20枚近く重ねていますが、宇宙服で同じ枚数のMLIを使うと、生地が厚くなって腕が曲がりません。また、MLIは、生地の大きさや、縫製の仕方の違いによって性能が大きく変わるというデータがアメリカで出ています。大きいMLIと小さいMLIでは性能が違うんです。日本とアメリカでは縫製の仕方が異なりますので、MLIを最低限、何層重ねればいいのか、縫製の影響をどれくらい受けるのかなどを自分たちで調べる必要がありました。今は、基礎データの解析が終わり、MLIをどう使えばよいかという方向性が見えてきたところです。

──防護層についてはいかがですか?

高速衝突試験の結果、生地にあいた穴。
高速衝突試験の結果、生地にあいた穴。

 防護層の方は、人工衛星や防弾チョッキに使われる素材を使って、微小隕石及びスペースデブリの衝突を模擬した試験を行っています。例えば、ケブラーというアメリカ製の素材に、0.5mmのアルミ弾を秒速7kmの猛スピードで打つと、8層くらい打ち抜いてしまいます。ということは、宇宙服にもケブラーが8枚必要だということになりますよね。でも、アメリカの今の宇宙服の防護層はせいぜい1〜2層なんです。

──それは不思議ですね。

 そう。話が合わないんです。「なぜ少ないの?」というところから研究がスタートです。いろいろな素材を使って試験を重ねることによって、ようやくその原因が分かりました。今は詳しいことを言えませんが、防護層にとって最も重要なこと、一番基礎的なところに謎を解くカギがあったのです。どの素材が一番良さそうだというのもだいたい分かりましたので、生地の織り方や、縫う時の糸の太さや本数の違いなど、どれが最適かを試験しています。

縫い方の違いで宇宙服の性能が変わる!?

──縫製の仕方で性能が変わってくるんですね。アメリカの宇宙服は、機械ではなく手作業で作っていると聞いたことがありますが。

宇宙服を着用する星出宇宙飛行士。宇宙服は手縫いで制作された。(提供:JAXA/NASA)
宇宙服を着用する星出宇宙飛行士。宇宙服は手縫いで制作された。(提供:JAXA/NASA)

 アメリカの宇宙服は、職人のおばさんが全部手縫いで縫っているのは有名な話ですね。宇宙服は多層なので、機械ではうまく縫えないんです。先程申し上げた断熱材のMLIは、とても薄くひらひらした素材で、それが7〜8層になっています。それに防護層も重なるので、機械で縫うとぐちゃぐちゃになってしまうんですよ。私たちが研究用に作った生地は四角ですが、実際の宇宙服はパーツによって形はさまざまです。それを全部多層で縫い合わせていかなければならないので、手作業で行われているようですね。

──日本が宇宙服を作るためには、縫製技術もしっかり確立しないといけませんね。

 そうなんです。私たちが考える宇宙服では、MLIの枚数を少なくしようとしていますが、少しでも軽くて動きやすいことはもちろんのこと、縫いやすく、作りやすくすることも目標の1つです。作りやすくしないと品質保証ができませんからね。もし品質保証ができなければ、自分たちが設計した性能を得られなくて、いろいろな問題が起こります。

──作りやすくしないと、なぜ品質が落ちるのでしょうか?

 例えば、ある条件で、ある断熱性能が与えられたとします。その条件として、縫う時の力の加わり具合など、縫い方が大きく影響してきます。それなのに、縫っている最中に布がぐちゃぐちゃになって、MLIが変に歪んだり、一部に力がぐっと入ってしまうと、そこから熱が漏れてしまうんです。そうなると品質を保証できません。ですから、素材の積層数を減らしてなるべく縫いやすくしたいと思っています。

──断熱防護層の研究成果は、そのような民生品に転用できると思いますか?

JAXAが研究中の気密拘束層
JAXAが研究中の気密拘束層

 断熱に関する基本原理は、家の断熱材への転用が考えられます。また防護層については、防弾チョッキなどへの転用が候補として浮かびますが、これは直接には難しいと思います。どうしてかと言いますと、銃弾は秒速400〜1000mぐらいで、防弾チョッキに当たっても弾がそのまま残りますよね。でも、秒速7kmでぶつかるアルミ弾は、宇宙服の素材に当たった瞬間に大半が蒸発してしまうんです。つまり、防弾チョッキと宇宙服では、ものが当たった時の破壊のメカニズムが違うため、そのままでは転用できないと思うからです。

──青木さんの直接のご担当ではありませんが、気密拘束層の研究についてはいかがでしょうか?

 現在アメリカの宇宙服は内圧が0.3気圧、ロシアの宇宙服は0.4気圧で、宇宙飛行士は船外活動の前に、何時間もかけて、体を少しずつ低い圧に慣れさせなければなりません。この作業を脱窒素作業といいますが、これが宇宙飛行士の大きな負担になっているのです。私たちが考える宇宙服の内圧は、脱窒素を必要としない、窒素80%、酸素20%の0.58気圧です。気密拘束層は、真空の宇宙空間との圧力の差が大きいほど、ゴム風船のようにパンパンに膨らみますが、0.58気圧でも動きやすくしたいと考えています。これまでの研究で、一応、0.58気圧でも人が動けるようになりましたが、もう少し動きやすくしようと研究を行っています。

スペックだけで満足してはいけない

──JAXAの宇宙服を日本人宇宙飛行士が着る日が来るといいですね。ところで、昨年の星出宇宙飛行士の船外活動をご覧になっていかがでしたか?

即席で作ったブラシでボルトの穴を掃除する様子(提供:NASA TV)
即席で作ったブラシでボルトの穴を掃除する様子(提供:NASA TV)

 星出宇宙飛行士は、機器の不具合があったため予定外の作業をしましたよね。宇宙服に限らず何でもそうですが、「こういう作業をするから、それに適応した品物を作りましょう」というスペック(仕様)があります。でも、スペックさえ満足していれば良いという考えでものづくりをしていると、あのような予定外の作業には対応できないなと思いました。例えば、「宇宙服のグローブは、船外活動用の工具を握れればよい」というスペックだけを満足させて作っていたら、星出宇宙飛行士らが即席で作ったブラシを握れないということになっていたかもしれません。

──なるほど。想定外の動きが求められるかもしれないんですね。

 はい。でも作る方は、スペックを満足させるだけでいっぱいいっぱいなんですよね。質量や大きさ、動きやすさ、耐久性など本当にいろいろな制約があって、それを満足させるだけで精一杯です。先程、気密拘束層の研究で、「一応、0.58気圧でも人が動けるようになった」と、“一応”をつけたのには意味があります。私たちが定めたスペックは満足しているのですが、それで終わりにしないで、「動けるけどまだ大きい力がいるから、もっと小さい力で動けるようにしよう」と、さらに洗練化をするという意味が込められているのです。

 開発の段階になると、研究で行ったことをそのまま引き継いでしまうことがほとんどです。ですから、研究段階から、スペックだけに満足しないで、スペック以上のいいものを作ろうとしなければならない。ということを、星出宇宙飛行士の船外活動を見て痛感しました。

──もともと青木さんは何のご専門でいらしゃいますか?

 学生時代は流体を専門に勉強していましたが、JAXAでは流体関係の仕事の他に、熱関係の仕事をすることが多く、熱屋というイメージが強いようです。これまでに、HOPEという無人宇宙往還機の最終排熱装置(船内で生じた熱を宇宙空間に排出するためのもの)や、「きぼう」日本実験棟の熱制御系や環境制御系、実験支援系を担当してきました。「きぼう」の熱制御系とは機器を冷却する系統のことで、「きぼう」の電子機器を流体ループを使って冷やし、熱くなった冷却水を国際宇宙ステーション(ISS)本体側に受け渡すものです。また、環境制御系は、宇宙飛行士が作業する空間の空気の温度、湿度、風速、有害ガス濃度をスペック通りに維持するものです。現在は宇宙服のほか、将来の有人宇宙船や生命維持装置の研究もしています。

──いろいろなことをなさってきたのですね。

 はい。結構いろいろなことをしてきましたね。HOPEの時は、熱制御系の一部である水噴霧冷却器を担当しましたが、なかなかうまくいかなくて苦労しました。スプレーで霧状の水をシュッと出して、それを真空中で蒸発させることで冷却を行う装置なんですが、毎日朝から晩までスプレーでプシュプシュやっていたので、水道の水を見るだけで恐ろしくなって。

──それは大変でしたね(笑)。

 ノイローゼ寸前までいきましたね(笑)。でも、宇宙船と宇宙服の両方をやってきたからこそ、両方のことが分かります。ですから、今は、その2つで共通して使える技術は一本化しようと仲立ちをしています。そうすれば無駄がなくなりますし、お互いに協力し合うことで、より良いものが作れますからね。

スタイリッシュな宇宙服を日本の売りに!

──青木さんが宇宙服の研究をするきっかけは何だったのしょうか?

宇宙服研究チーム発足当時のデザイン画
宇宙服研究チーム発足当時のデザイン画

 JAXAの宇宙服研究チームを立ち上げた同僚から声をかけられたのがきっかけです。 JAXAでは6年程前から宇宙服の研究が始まりましたが、研究が始まって2年目くらいに、一緒にやってくれないかと言われたんです。正直に言うと、私はもともと宇宙服には全然興味がなく、むしろ宇宙船に興味がありました。でも彼が私に見せた宇宙服の絵が、ガンダムスーツのようにすごくかっこよかったんです。こんなかっこいいのを作るんだったら、私も!と思って、研究チームにころっと入ってしまいました(笑)。外観がとても美しい宇宙服の絵で、それほどインパクトがあったんです。

──その絵のようなかっこいい宇宙服を実現できそうですか?

 日本には技術と能力とやる気はありますから。あとはお金さえあればいくらでも作ってみせますよ(笑)。スマートな宇宙服を作れる自信はあるんですけど、限られた予算の中でやるには、妥協点を探さないといけないでしょうね。今すぐに、絵と同じ宇宙服を作れないかもしれませんが、少なくともそれに見合った性能と、スタイルのいい宇宙服にしたいという思いは、いつも頭の中にあります。例えば、宇宙服の断熱材の枚数を減らすのも、スマートにしたかったからなんです。

──夢を実現するためにはお金が必要とは・・・もどかしいですね。

 これは私たちに限ったことではありません。例えば、月へ行く宇宙船を日本だけで作れるかといったら、そんな予算はありません。国際宇宙ステーションも同じです。アメリカの予算だけでは賄えないから、世界15ヵ国が集まって作りました。同じように、次世代宇宙服も国際協力で分担して作る可能性も無きにしも非ずです。例えば、スーツ本体はA国が作り、背面の生命維持装置はB国が作るという具合に。もしそうなった時に、こういう宇宙服がありますと、日本が世界に売り込めるものを作っておきたい。そのような気持ちで研究を行っています。

──最後に青木さんの将来の展望をお聞かせ下さい。

 将来、日本の宇宙服を使ってもらえるよう、今の研究を一生懸命やるしかありません。見た目に美しい、日本の宇宙服を実現できれば・・・と思います。

青木伊知郎(あおきいちろう)
JAXA 有人宇宙ミッション本部 有人宇宙技術センター 主任開発員

大学院卒業後、真空機器メ−カ−、熱交換器メ−カ−を経て、招聘としてJAXAに入社。その後、JAXA関連会社に転職し、現在、JAXAへ出向中。これまでに、無人宇宙往還機HOPEの最終排熱装置、「きぼう」日本実験棟の熱制御系や環境制御系、実験支援系を担当。現在は次世代先端宇宙服のほか、将来の有人宇宙船や生命維持装置の研究に従事。専門は流体と熱関係。

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