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宇宙実験で広がる未来への可能性〜「きぼう」日本実験棟での実験の成果〜

高齢化社会の医療問題にも貢献

Q. 宇宙医学実験の成果は、地上での私たちの生活にどう貢献していくのでしょうか?

宇宙医学は、宇宙飛行士の健康管理技術の構築を目的としていますが、これらの成果を、地上の社会や生活に還元したいと考えています。
先に述べたように、適切な栄養摂取、効果的な運動、および必要最小限の薬剤をうまく併用すれば、宇宙飛行士の骨量減少リスクは予防できる可能性が確かめられつつあります。このような宇宙医学の取り組みは、地上の骨粗鬆症予防の啓発に役立てられないかと考えています。現在、日本の骨粗鬆症患者数は約1200万人、70代女性の2人に1人が骨粗鬆症になると報告されています。その結果、毎年15万人の方が大腿骨頚部の骨折を発症し、全員手術が必要となります。そして、手術後には社会復帰まで約3ヵ月間のリハビリが必要になります。これにより、本人や家族への負担も大きいのですが、医療・介護費用として1年に6,657億円を国民が負担しています。北欧フィンランドやカナダでは、国が骨粗鬆症の検診と治療のキャンペーンを推進した結果、骨折患者数は減少しているそうです。ところが日本では、大腿骨頚部骨折の患者は、現在も年々増えていっています。新潟大学が、佐渡市内の大腿骨頚部骨折患者を調査したところ、骨粗鬆症の薬剤を服用していた人は、たった4%しかいなかったそうです。骨量減少対策としての宇宙医学の予防的取り組みを、地上の骨粗鬆症予防の啓発に役立て、骨折による寝たきりのお年寄りを減らす運動に貢献したいと考えています。
また、遠隔医療の取り組みは、過疎地医療や独居老人の健康管理にも、全く関係がないとはいえません。現在日本では、少子高齢化が進んでおり、東京都新宿区では独居で暮らす老人が30%もいるそうです。周囲に身寄りがなく、病気にかかってもすぐに病院に行かず、重症になってから救急車を呼ぶケースが増加しています。そこで、遠隔医療の技術が進展して自宅で体調を自らモニターし、テレビ電話やメールを通じで健康相談を行う仕組みができれば、脳卒中、心筋梗塞の予防、健康寿命の延伸、国の医療費削減にも寄与できるかもしれません。

Q. 今後はどのような宇宙医学実験が予定されているのでしょうか?

水中訓練用の宇宙服を着用した古川宇宙飛行士(提供:NASA/JAXA)
水中訓練用の宇宙服を着用した古川宇宙飛行士(提供:NASA/JAXA)

病気を発病してもすぐに地上に戻ることができない月や火星の有人探査では、体調をモニターし、自己管理していくことが重要です。2011年に搭乗が予定されている古川宇宙飛行士のフライトでは、これまでの宇宙医学研究に加えて、自立医療技術を検証したいと考えています。現在は、心電計データを地上にダウンリンクして地上にいる医師が診断を行っていますが、医師である古川宇宙飛行士の場合は、軌道上で自ら体内リズムをモニターし、体調管理に役立てる検証を行う計画です。
また、軌道上で宇宙医学関連の映像を収録し、理科や保健体育など子どもの教育に役立つ教材ビデオを作製する予定です。学校の授業で、宇宙医学の教育用教材を活用していただき、体の仕組みや有人宇宙飛行技術を学習しながら、子どもたちに科学や技術の重要性をアピールしたいと考えています。

月や火星への有人探査も視野に入れて

Q. 先生が特に興味を持っているのは、どのような研究ですか?

若田宇宙飛行士の帰還後リハビリテーションへの立会い
若田宇宙飛行士の帰還後リハビリテーションへの立会い

私はJAXAで宇宙医学研究に携わる前は、ある国立大学で整形外科の講師をしていましたので、骨や筋肉の研究に興味があります。宇宙に長期滞在をすると、骨量が減るだけでなく、筋肉もやせて細くなります。宇宙飛行士は、飛行前に毎日2時間運動してミッションに必要な体力をつけます。飛行中も毎日約2時間の運動を実施し、体力を維持します。そして、帰還後には45日間かけて体力回復のためのリハビリを行います。私はこれまでNASAの運動担当者と連絡をとりながら、日本人宇宙飛行士の運動プログラムの作成や帰還後リハビリテーションへの立会いを行ってきました。より短時間で、より効果的な運動プログラムに関する研究を今後も推進したいと思います。
また、新たな運動器具の開発にも携わっていきたいと思います。ISSで使われている運動器具は、アメリカとロシアが担当してきました。HTV(宇宙ステーション補給機)という新しい日本の輸送手段ができましたので、日本独自の技術を生かした小型で高機能の運動器具が準備できれば、打ち上げて検証するチャンスはあると思います。
長期宇宙滞在では、「衣食住」に関することもとても重要です。JAXAは、国内の研究者や企業と共同で、消臭抗菌機能のある宇宙船内服や、約30種類の宇宙日本食を開発しました。これらは、日本人宇宙飛行士のみならず、海外の宇宙飛行士の評判も良いそうです。今後は、骨や筋肉の健康維持に役立つ機能性宇宙食を開発したり、日本の優れた技術による生活用品が国際宇宙ステーションに搭載され、宇宙での生活がより一層充実することが期待されます。

Q. 宇宙医学実験における今後の目標は何でしょうか?

宇宙医学生物学研究室のロゴマーク
宇宙医学生物学研究室のロゴマーク

「きぼう」日本実験棟が完成し、日本人の長期滞在と、日本独自の宇宙環境利用が開始されました。現在、ISSの運用期間延長が議論されていますが、ISSは限られた数年間しか利用できません。ようやく実現した宇宙環境利用の機会を最大限活用し、日本の優れた研究者と協力して質の高い宇宙医学研究成果を創出したいと思います。そして、宇宙飛行士の健康管理技術の成果を地上生活に還元したり、若者の教育に役立てたいと考えています。
また、日本独自の有人宇宙往還機開発に着手するかどうかは、時の政権が政策判断する事項であり、これまでも、そしてこれからも、さまざまな議論が展開されると思われます。将来、日本も有人宇宙船開発や有人月探査を行うことが実現する時に備えて、必要となる知識と技術を今から少しずつ準備したいと考えます。我々は昨年から大学の研究者の協力を得て、月面歩行と転倒予防の研究や、月面ダストに関する研究を開始しました。私が所属する宇宙医学生物学研究室のロゴには、ISSを研究活動の足場としつつ、月や火星を視野に入れ、宇宙時代の先端を「やじり」の如く突き進みたいという思いが込められています。

宇宙医学実験などを詳しく知りたい方はこちら

大島博(おおしまひろし)

JAXA有人宇宙環境利用ミッション本部有人宇宙技術部 宇宙医学生物学研究室 研究領域リーダ・主幹研究員
これまで日本人宇宙飛行士の飛行前後の医学データ取得や、長期ベッドレストによる骨量減少研究などの宇宙医学研究に従事。若田宇宙飛行士や野口宇宙飛行士の宇宙長期滞在フライトでは、飛行前中後の運動プログラムを担当し、薬剤による骨量減少予防研究や小型心電計を活用した遠隔医療研究に参加する。

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