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太陽の光を受けて航行する宇宙ヨット ソーラー電力セイル実証機「イカロス」プロジェクトリーダー 森 治

世界初のソーラーセイルと電力セイルの実証

Q. ソーラー電力セイル実証機「イカロス」のミッションの目的は何でしょうか?

「イカロス」の1/40縮小模型
「イカロス」の1/40縮小模型

「イカロス」の姿勢制御装置
「イカロス」の姿勢制御装置
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「イカロス」の全景。セイル膜は本体に巻き付けられている。
「イカロス」の全景。セイル膜は本体に巻き付けられている。

ソーラー電力セイル実証機という名前の通り、「ソーラーセイル」と「電力セイル」の技術を実証するのが「イカロス」の目的です。ソーラーセイルは、ひと言で言うと「宇宙ヨット」です。地球上のヨットは、海でセイル(帆)を広げて、風を受けて進みますが、その宇宙版だと思ってください。ソーラーセイルは、風の代わりに太陽の光を受けて進みますので、エンジンも燃料も要らない夢の宇宙船となります。また、「イカロス」のセイルの一部には、薄い膜の太陽電池を貼り付けています。太陽の光を受けて発電することができますので、電力セイルと言っています。「イカロス」はソーラーセイルと電力セイルを世界で初めて実現します。
具体的には、次の4つを実証するのが「イカロス」の目的です。一つ目は、大型で薄いセイルを宇宙で展開すること。「イカロス」のセイルは正方形で、1辺が約14mの大きさです。また、セイルに使われる膜の厚さはとても薄く、7.5μm(マイクロメートル)しかありません。髪の毛の太さが100μmなので、どれだけ薄いか想像できると思います。二つ目は、薄膜太陽電池による発電です。膜面に貼り付けた薄膜太陽電池が宇宙空間で発電する性能を確認します。三つ目は、ソーラーセイルによる加速を実証します。太陽の光を受けてセイルが理論通り加速するかどうかを調べます。四つ目は、ソーラーセイルによる航法技術の獲得です。太陽光にまかせて「イカロス」が好き勝手な航行をするのではなく、目標となる軌道にそって進むように太陽光の反射方向を調節します。そのため、セイルの方向を変えるガスジェットを搭載しています。またガスを使わず、あくまで太陽光だけの力で方向を変えるシステムも搭載していて、その両方を試験します。太陽光だけで方向を変えるシステムというのは、太陽の光の反射率を、曇りガラスの仕組みを使って切り替える姿勢制御装置で、セイルの端に取り付けてあります。通常、セイルは全面で太陽光を反射しますが、この装置の部分を曇らせることによって、そこだけ太陽光の反射率が変わります。反射率が低くなると太陽光から受ける力が弱くなります。反射率をセイルの左右でうまく変えることによって、セイルの姿勢を制御します。
「イカロス」は金星探査機「あかつき」と一緒に打ち上げられ、「あかつき」とほぼ一緒に金星へ向かいます。打ち上げ後1ヵ月以内にセイルを展開し、薄膜太陽電池による発電を確認します。その後、半年ほどかけてソーラーセイルによる加速と軌道制御を実証します。「あかつき」はブレーキをかけて金星の周回軌道に入りますが、「イカロス」は金星を通過し、太陽のまわりを回り続けます。ソーラーセイルは太陽の光を使って太陽から遠ざかることも、太陽に近づくこともできます。「イカロス」がどこに行くかはソーラーセイルによる軌道制御次第です。

Q. 「イカロス」には、観測機器は搭載されないのでしょうか?

「イカロス」の目的はソーラー電力セイルの技術実証ですが、せっかく宇宙へ行くのだから、その機会をぜひ利用しようということで、観測機器を二つ搭載します。一つはダストカウンタで、宇宙空間の塵の分布を調べます。もう一つは、星の誕生が引き起こすと言われている爆発現象、ガンマ線バーストを観測する装置です。技術実証だけでなく、科学的にも成果が出るといいなと思います。

日本の技術で生まれた超薄型のセイル

Q. ソーラーセイルの技術はもともと日本にあったのですか?

「イカロス」の膜面の形状
「イカロス」の膜面の形状
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太陽光の圧力を使って進むソーラーセイルのアイデア自体は約100年前からあり、欧米でも盛んに研究・開発が進められています。しかし、まだ誰も実現していません。その一つの理由として、ソーラーセイルに最も重要な、軽くて薄いセイル(帆)の膜を安定的に作る技術がなかったからです。またセイルの膜は、宇宙空間の放射線や熱にも強い素材を用いる必要があります。それらの条件に合う素材がポリイミド樹脂です。ポリイミドは「イカロス」のセイルの素材としてだけでなく、人工衛星の断熱材としても使われています。このような優れた素材ができたからこそ、ソーラーセイルが現実味を帯びてきたのだと思います。そして、このポリイミドの世界シェアを日本が1位を占めています。この点に優位性があると思いますし、世界で初めてのソーラーセイルを実現させる意義も大きいと思います。
私たちは、より軽いセイルを作るため、接着剤を使わずに、熱を加えて融着して貼り合わせることができるポリイミドを開発しました。ポリイミド樹脂はもともと黄色ですが、「イカロス」のセイルの片面は銀色です。これは、ポリイミドの膜の片面にアルミを薄く吹き付けて、太陽光をよく反射するようにしているためです。さらに、万が一、膜が破れたとしても、その亀裂が途中で止まるような構造にしてあります。膜の一部が裂けてソーラーセイルの性能は少し落ちますが、宇宙航行は継続できます。

スピン型の展開方式は日本オリジナル

Q. 現在の開発状況を教えてください。これまでの開発で特に苦労された点は何でしょうか?

「イカロス」の膜面の展開手順
「イカロス」の膜面の展開手順
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「イカロス」の膜面の展開手順
アメリカの「ライトセイル1号」(提供:米国惑星協会)

現在は、実際に打ち上げる機体を使って振動試験や熱真空試験などを行い、機器が正常に動作するかを確認しています。2010年の打ち上げ前まで、このような総合試験が続きます。
また特に難しかったのは、セイルを展開する技術の開発です。また、「イカロス」のセイル膜には支柱がなく、打ち上げ時には折り畳んで、円柱形の本体にグルグルと巻きつけて収納します。そして、膜を展開するときには、本体を常に回転させてスピンをかけ、その遠心力を使います。広げた状態を維持するのも遠心力なので、本体はずっと回転しています。このスピン型展開方式は、セイル膜に支柱がない分、重量が軽くてすみます。スピン型はセイルのサイズが大きくなるほど有利です。「イカロス」のセイルはソーラーセイルとしてはまだまだ小さく、近い将来、直径50mや100mクラスのセイルが開発されると考えています。しかし、薄い膜をスピンしながら広げるのはとても難しいです。実際に膜を使って、どのように膜を折り畳めば開きやすいかと試行錯誤を重ねました。地上でのさまざまな実験のほか、観測ロケットに乗せて打ち上げたり、大気球で上空に持っていって、真空に近い状態で膜を広げたこともあります。数多くの失敗も経験し、より手堅く開く方法を追求して「イカロス」の形態に至りました。きっと成功すると信じています。

Q. 海外では、これまでどのようなソーラーセイルがありますか?

米国惑星協会が2001年と2005年に「コスモス1」というソーラーセイル試作機を打ち上げましたが、ロケットのトラブルで失敗しました。米国惑星協会は新たに2010年末に「ライトセイル1号」を地球周回軌道に打ち上げて、ソーラーセイルの実証を行う予定です。

  
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