プレスリリース

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火星探査機「のぞみ」の火星周回軌道への投入断念について

平成15年12月10日

宇宙航空研究開発機構

本日開催された宇宙開発委員会において、下記のとおり報告をいたしました。


1. 現状

  1. 火星探査機「のぞみ」(平成10年7月、M-Vにより打上げ)(図-1)は、平成10年12月20日の地球重力圏離脱時に燃料供給系に不具合が発生(不具合の履歴を別紙1に示す)。そのため、火星への到達軌道を変更し、火星への到達を11年10月から15年12月に変更することとした。
  • 宇宙科学研究所(現:宇宙航空研究開発機構・宇宙科学研究本部)が打ち上げた日本初の火星探査機。
    スウェーデン・ドイツ・アメリカ・カナダの観測装置を搭載、フランスとも協力。
  • 平成10年(1998年)7月4日、M-Vロケット3号機によって内之浦の鹿児島宇宙空間観測所から打ち上げ。
  • 主な目的: 火星上層大気について、太陽風との相互作用に重点をおいた研究を行う。
    【観測項目】 火星磁場、大気・プラズマ組成、衛星
  • 本年6月から火星に向かう最終軌道に入っている。12月14日に火星軌道に到達。

図-1 火星探査機「のぞみ」(Planet-B)の概要

  1. 14年4月、通信系・熱制御系機能に不具合が発生し、最低限の通信しか確保できなく、かつ、温度制御ができない状態になった。不具合とは、図-2に示す共通系電源からコンポーネントに電力を供給している一連の回路の一部に短絡モードが発生したというもの。

図-2 「のぞみ」電源系 系統図


  1. 14年5月、観測機器をONすることで衛星の保温を図った。また、短絡モードの不具合箇所に電流を流す事で焼ききる復旧作業を行った。この復旧作業中に通信系機能が喪失し、全く通信できない状態になった。
  2. 14年7月、トラブルシュートの結果に基づき2ヶ月間通信系機能の復旧を試みた結果、最低限の通信が確保できる程度に通信系機能が復旧した。
  3. 14年8月、温度制御ができないために凍結していた燃料が解凍する温度に達した。これは衛星-太陽間の距離が縮まった事と、科学観測器を電源を投入し衛星の温度を上げた事による。以後姿勢を適切に保つことで燃料の凍結を防いでいる。
  4. 15年6月、最低限の通信を使って、最終的な火星到達軌道への投入に成功した。
  5. 15年7月、火星周回軌道への投入には、詳細な軌道決定並びに主エンジンの噴射が必要である。これには熱制御機能の回復が必要となるため復旧作業に着手した。その過程において、再び通信系機能を喪失し、最低限の通信も確保できない状態になった。
  6. 15年7月から現在(12月)まで、短絡モードの不具合箇所に電流を流す事で焼ききる復旧作業を継続し、通信系・熱制御系機能の復旧を試みている。処置として、共通電源を連続ONするコマンドの実施(1億3千万回のONを実施)。また、搭載計算機の誤動作の可能性を排除するために搭載ROM書き換えによる共通電源連続ONの実施を行なったが、効果がなかった。その後、搭載ROMを初期値に戻し、連続ONコマンド運用を実施しているが、12月9日夜の時点で復旧まで至っていない。
  7. この為火星周回軌道への投入を断念せざるを得ないと判断し、衝突回避を確実にする為の軌道変更に必要な作業を9日夜に実施した。(軌道変更後の火星への衝突確率は約0.1%である。)

参考に現状の軌道図を図-3に、火星周回軌道に投入した場合とフライバイをして通過した場合の軌道の違いを図-4に示す。図-3を見ると解るように現状の軌道のまま火星でフライバイをした場合にはフライバイにより若干の加速を受け、その後は火星の公転軌道に割に近い軌道を推移する事となる。

注) 火星衝突を回避する理由
火星における生命探査への影響を避けるために、宇宙科学関連の研究者組織である国際宇宙空間研究委員会(COSPAR)から「特別な処置を施していない火星周回衛星に関しては打上げ後20年以内に火星に落ちる確率を1%以下にするという方針」(COSPAR planetary protection policy)がでている。研究者として、可能な限りその方針を遵守する道義的責任がある為。

図-3 「のぞみ」の軌道


図-4 火星周回軌道とフライバイ軌道



別紙1

火星探査機「のぞみ」の火星周回軌道への投入断念について


「のぞみ」:今回の不具合に関連する履歴

1998年12月20日 地球離脱オペレーション → 十分な推進力が発生できない不具合が発生

原因: 酸化剤タンク上流にあるバルブが開ききらなかった為(注1)十分な推力が発生出来ず結果として燃料を使いすぎた。問題となったバルブは米国の火星探査機マーズオブザーバーの失敗を受けて燃料、酸化剤の蒸気が上流に逆流しないように逆流防止弁の上流に安全の為に追加した物である。
対処: 地球離脱オペレーション後の残燃料からは蒸気の逆流防止の為に上記バルブを閉じる必要が無い事が判明した為、21日の可視運用中に上記バルブを開としその後は操作しない事とした。
影響: 当初の1999年10月中旬の火星周回軌道投入が不可能となり4年遅れの2003年12月末〜2004年1月初頭の火星周回軌道投入へと変更する事となった。(その後の軌道の最適化の結果2003年12月14日に火星に到着する事となった。)


2002年4月26日 ビーコン状態*1で入感(今回の不具合)

原因: 共通系電源(CI-PSU)の2次側の一部に短絡モードの不具合が発生。22日に太陽フレアに伴う高エネルギー粒子に晒された(「のぞみ」として過去最大の量)事に関連していると推定されている。
影響: 該当電源がオン出来なくなった為にデータが送信できず、かつ熱制御回路が動作しない状況となった。(26日の時点では燃料が凍結していた事が4月末に判明。)
対処:
2002年5月3日 衛星の保温の為、観測機器を順次オン
熱解析の結果、放置姿勢で9月頃に推進系が自然解凍する可能性が判明
2002年5月15日 該当電源への連続オンコマンドによりビーコン喪失
  • コマンド配信部ICへの電源の不完全な立ち上がりによる不正コマンドによりX帯送信機のリレーが誤動作しオフしたと考えられる(オン・オフの両コマンドが同時に発行される)
  • 地上試験の結果 リレーにより挙動が異なる事が判明 → 当該電源への単発オンコマンドによるビーコン復帰の可能性
対処(承前):
2002年7月15日 7500回程度の試行後ビーコンが復活
2002年8月下旬 燃料が解凍する温度に到達
→ 以降姿勢を適切な範囲に保つ事で燃料が凍結しないように保持
2002年12月20日 1度目の地球スイングバイを実施
2003年6月19日 2度目の地球スイングバイを実施
2003年7月5日より CI-PSUの連続オンにより短絡個所を焼き切る運用を開始。
その過程において7月9日にビーコンを喪失。
2003年10月2日
 〜10月20日
搭載DHU*2の誤動作の可能性を排除するために搭載メモリの内容を書き換えを実施
2003年10月23日より CI-PSUの連続オンにより短絡個所を焼き切る運用を再開。
注1: バルブ不具合に関する原因究明を行った結果、材料不適合によるしゅう動部の動抵抗増加に起因する作動不良が原因である可能性が高いと推定されている。

*1 ビーコン状態: 衛星から電波は出ているが電波にデータは乗せていない状態
*2 DHU:搭載機器へのコマンドの配信や地上へ送信するデータの編集等を行う衛星の心臓部と言えるコンピュータ


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