プレスリリース

このプレスリリースは宇宙開発事業団(NASDA)が発行しました

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NASDA・ESA・CNESの国際共同ベッドレスト研究の実施について

平成13年9月12日

宇宙開発事業団

本日開催された宇宙開発委員会において、下記のとおり報告をいたしました。

1. 報告事項

 宇宙開発事業団(NASDA)は、本年9月より欧州宇宙機関(ESA)仏国立宇宙研究センター(CNES)と合同でフランス・トゥールーズ市において「国際共同ベッドレスト研究」を開始したので報告する。

2. 経緯

 国際宇宙ステーションでは約3〜6か月間の宇宙滞在が本格化し、有人宇宙開発の新たな時代を迎える。NASDA、ESA、およびCNESの3宇宙機関は、長期有人宇宙飛行に必要な新たな対策法の検証・基礎データ取得を目的として、地上で微小重力を模擬する長期ベッドレスト研究(90日間)を共同で企画した。

3. 研究概要(添付資料12参照)

(1)実施期間 2001年9月3日〜12月7日
2002年4月初旬〜 7月初旬
(2)実施場所 フランス宇宙医学・生理学研究所
(MEDES、トゥールーズ市、フランス)
(3)被験者 第1期(14人)、第2期(14人)
(4)研究内容 被験者を対照群、運動群、薬剤投与群の3群に分け、90日間の臥床が人体に与える影響と対策法の有用性を検証する。

4. NASDAの主研究テーマと研究目的(添付資料3参照)

(1)主研究テーマ 薬剤(ビスフォスフォネート:骨粗鬆症治療剤)投与による骨量減少・尿路結石の予防法の検討
(2)研究目的 NASDAは宇宙飛行に伴う骨量減少のリスク評価と予防対策ガイドライン「日本人宇宙飛行士の骨量減少・尿路結石対策」を作成した。本研究の目的は、事前の薬剤投与による骨量減少抑制効果を検証し、宇宙飛行に伴う骨量減少対策を確立することである。

5. 期待される成果

(1) 骨量減少対策を確立し、宇宙飛行士の健康管理に役立てる。
(2) 長期臥床の生理データをもとに、宇宙医学研究データベースを構築する。
(3) 研究成果を地上の骨粗鬆症に対する健康指導に役立てる。




ベッドレスト中の写真


(頭部をー6度下に傾けた状態で90日間臥床し、生体への影響を調べる。食事や排泄もベッド上で行われる。)



ベッドレスト研究とは


1.宇宙滞在における生体への影響

 地上の1Gの重力に適した構造を有するヒトの身体機能は、適度な運動により向上し、不活動により低下することが知られている。宇宙飛行によりヒトが地上の1Gから開放されると、身体への荷重負荷がなくなり、運動量が減少するため、様々な生理学的変化が引き起こされる。
 例えば地上の骨粗鬆症では腰椎骨密度の減少は年間1ないし2%程度であるが、宇宙滞在では1か月あたり約1.5%と急速な骨量減少が報告された。骨への荷重負荷が減少すると、骨に蓄えられていたカルシウムが漏出し、骨量減少や尿路結石などの問題が発生する。
 地上の日常生活では姿勢の維持や日常活動のため、無意識のうちに筋肉が働くが、宇宙の微小重力では筋肉への負担が減少し筋萎縮が進む。スペースシャトルによる飛行前後の検討では、ふくらはぎの筋肉は1日1%程度の筋萎縮が観察されている。地上では重力により血液・体液は下半身に集まっているが、微小重力の宇宙では上半身へと血液・体液が移動し、脚が細く顔がむくんだ状態になる。

2.ベッドレスト研究とは

 ベッドレスト研究とは、ヒトをベッドにある一定の期間臥床させ、活動量の低下と頭から足への重力負荷がない状況が、生体にどのような影響を与えるのかを調べる有人研究手段である。
 骨折や手術等で長期間の臥床を余儀なくされると、筋肉の萎縮や起立性低血圧(立ちくらみ)のためにすぐに歩行することが困難になり、リハビリが必要となる。ベッドレスト研究はこれらの病態を調べるためも有効であり、これまで東大等で実施されている。
 本国際共同ベッドレスト研究では、体液バランスを宇宙滞在と同様にするために頭部を-6°下に傾けた(-6°Head down tilt)状態で90日間臥床させ、3か月間の宇宙滞在を模擬する。

国際共同ベッドレスト研究のロゴ
(-6°Head down tiltの絵が挿入されている)


国際共同ベッドレスト研究の概要


1.国際共同ベッドレスト研究の目的

 建設中の国際宇宙ステーションでは、約3〜6か月間の宇宙滞在が本格化する。一方、長期宇宙滞在に伴う骨量減少や・筋肉萎縮等の体の変化が報告され、健康に長期間宇宙滞在するための対策法の構築が必要とされている。
 NASDA、ESA、およびCNESの3宇宙機関は、長期有人宇宙飛行に必要な新たな対策法の検証を目的として、地上で微小重力を模擬する長期ベッドレスト研究を国際共同で企画した。

2.研究概要

 2.1 研究内容

 被験者を3群(薬剤投与群、運動群、対照群:各8〜10人で計28人)に分け、運動群はESAが提案する運動器(Fly-wheel Ergometer)使用による対策法を、薬剤投与群はNASDAが提案する骨粗鬆症治療に有効な薬剤(ビスフォスフォネート)による対策法の有用性を検証する。NASDAの実施する研究テーマは添付資料3に示す。

 2.2 研究期間

 第1期 は2001年3月から被験者の募集を開始し8月までに被験者14人を選抜した(応募数450人)。2001年9月初旬頃から3か月間のベッドレストを実施し、ベッドレストの前、中および後に医学データを取得する。第2期は再度被験者14人を募集し、2002年4月から3か月間のベッドレストを実施する予定である。

3.被験者および健康管理体制

 3.1 被験者について

 ヨーロッパ国籍を持つ健康な25歳から45歳までの男性を対象として募集を行い、書類選考後、医学および心理検査を経て被験者を選定した。
 被験者はベッドレスト期間中ベッド上に臥床し、そのままの状態で食事、シャワー、および排泄を行い、種々の測定が実施される。テレビ視聴およびコンピューターの使用は許されるが、外部とのコミュニケーションは制限される。

 3.2健康管理体制

 ベッドレスト研究が実施されるMEDESは地域基幹病院(Rangueil病院)に隣接し、これまで6回のベッドレスト研究実施の経験がある。専門の医師、看護婦と心理専門家が被験者の健康管理を行う。



NASDAの研究概要


1.NASDAの宇宙医学研究開発

 NASDAは日本人宇宙飛行士の長期宇宙滞在にそなえ、宇宙飛行士の健康を維持し、最大のパフォーマンスを発揮させるために、1.生理的対策法(運動処方と骨量減少対策)、2.精神心理支援、3.放射線被曝管理、および4.健康管理システムの構築を最重要課題として設定し、体系的な対策を構築しつつある。ベッドレスト研究は長期宇宙滞在を行う宇宙飛行士が実施する生理的対策法の地上検証である。

2.本ベッドレスト研究におけるNASDAの研究目的

 宇宙の微小重量環境では骨や筋肉への荷重負荷が減少し、骨量減少・尿路結石等が健康管理上の大きな課題となる。近年骨粗鬆症治療薬としてのビスフォスフォネートの有用性(骨密度増加、骨折頻度の減少)が科学的に証明されつつある。これらをふまえ、宇宙飛行に伴う骨量減少のリスク評価と予防対策ガイドラインとして「日本人宇宙飛行士の骨量減少・尿路結石対策」を作成した(平成13年9月14日の第3回日本骨粗鬆症学会で発表予定)。NASDAは骨量減少対策法の妥当性を検証することを目的として、国際共同ベッドレスト研究に参加した。

3.NASDAの研究テーマ

(A)主研究テーマ:
・薬剤(ビスフォスフォネート:骨粗鬆症治療剤)投与による骨量減少・尿路結石の予防法の検討
(B)他の研究テーマ:
・筋萎縮・筋力低下の実態と運動療法の効果
・生体インピーダンス法による身体組成のモニター
・腰痛分析
・睡眠リズム変化と運動の影響

4.期待される成果

 本ベッドレスト研究において、薬剤投与による骨量減少・尿路結石の予防効果が確認できれば、宇宙飛行士の飛行中および飛行後の健康管理に適用できる可能性が生まれる。
 国際宇宙ステーション建設に係る宇宙機関は搭乗クルーを対象とした共通の医学検査データを取得し、新たな対策法の構築に役立てる計画を進めている。本ベッドレスト研究においても被験者の共通の医学データを取得し被験者の健康管理、および将来の宇宙医学研究のデータベース化に役立てる。
 高齢化社会を迎え寝たきりの原因として骨粗鬆症や骨折が医療や介護等で問題となっている。本ベッドレスト研究の研究成果は宇宙飛行士の健康管理に活用するのみならず、地上の骨粗鬆症に対する予防や健康管理指導に役立てることが期待される。