東宝の撮影所は森の中にあって、周りから隔絶されたところで映画をコツコツ作っているというイメージがあります。その感じと、JAXA筑波宇宙センターの雰囲気が似ているなあと思いました。今、国の予算は、国民の生活に直接つながる食料やエネルギー、教育などに優先して使われ、宇宙予算は年々削られています。ともすれば、「“宇宙”をやる必要なんてあるの?」と考えられ、まず最初に削減されるのは宇宙事業の予算だったりします。
でも、それでも“やることに意義がある”と思っている宇宙の現場にいる人たちの姿に、僕たち映画人との共通点があると思いました。映画もある意味では宇宙事業と同じで、たとえ映画がなくなっても、誰も困らず、国民の生活に直接的には影響しません。「なくてもいい」と世間から思われがちなことを、真剣にやっているところから、“宇宙”と“映画”の親和性を感じました。 Q. 宇宙映画が好きだとおっしゃっていましたが、最初に見た宇宙映画は何でしたか? 3歳のときに見た『E.T.』が最初に見た宇宙映画です。まだ小さかったのですが、自転車が飛ぶシーンはすごく覚えています。やはり、“飛び系”に弱いんですよね。人間が飛ぶというのがすごく好きなんです。『E.T.』は大きくなってからも何度も見ていますが、いつも自転車が飛ぶところで感動します。年をとっていくと映画の感動が薄まったり、感動の仕方が少しずつ変わってきますが、『E.T.』は感動の強度が変わりません。そこが、『E.T.』のすごいところだと思います。 Q. 宇宙人ものより、人間がかかわる話の方が好きですか? 僕は宇宙映画が好きですが、宇宙人よりも、宇宙を使って人間を描いている映画の方が好きです。『E.T.』も宇宙人と出会った人間を描いている映画ですからね。それに何といっても、僕は人間が宇宙へ行くことに興味があるんです。人が宇宙へ行くときのエネルギーって本当にすごいですよね。だから、火星に降り立った探査機の映像よりも、人間が火星に降り立ったときの言葉に関心があります。アポロのときの映像も、月の周回軌道から見た月の映像よりも、月面で人間がゴルフボールを打ったりする映像の方が、強烈に印象に残っているんです。やはり、人間が宇宙に直接コミットしていることが重要だと思います。もし本当に火星に人が行けば、今の行き詰った世界の問題を解決するんじゃないかと本気で思っているんですよ。
やはり、ごく一部の人しか見られないところです。今の世の中、たいがいの場所は行けるし、インターネットで情報を取ることもできる。だけど、ガガーリンが宇宙から地球を見て「なんて美しいんだ」と言ったときの感じは、僕たちには一生味わうことができないでしょう。“宇宙”というのは、絶対に手が届かないけれど、その凄さをずっと感じさせてくれるもの。そういうところが好きです。
自分が日常を生きているときに感じるフラストレーションや、感動を掘り起こすことからしか僕は映画の企画を立てることができません。自分の感じている感覚の延長線上に映画があるという感じで、自分が観客として見たい映画だけを作るようにしています。
『宇宙兄弟』の企画が本格的にスタートしたのは、『告白』と『悪人』の公開が終わった後でしたが、この2つの作品は海外の映画祭でも上映され、みんなが共感してくれました。つまり、『告白』や『悪人』では日本社会の閉塞感を描きましたが、その行き詰った感じは、全世界に共通する問題だったというわけです。また、『告白』や『悪人』では悲惨な事件を扱っていますが、どちらも行き着くところは“家族”という問題です。両方とも家族に問題があって犯罪が起きる話だったので。
現在は、家族の根源的な絆が弱まり、親子で居続けるためには、お互いが努力をしなければならない時代になっていると僕は考えています。そのような中で、“兄弟”という最も近い絆が、お互いが生きていくうえでどう役立っていくのかを、映画で描きたいと思いました。さらに、閉塞感が世界規模の問題となっているときに、それを打破するためには、地球よりも大きい“宇宙”という舞台でやるしかないと思いました。それが『宇宙兄弟』の企画につながっています。
あの兄弟は、憧れの象徴だと思います。実際にはあれほど絆の強い兄弟はなかなかいないですよね。やはり、兄ムッタと弟ヒビトのすごいところは、お互いがいたから2人とも宇宙への夢を追い続けることができたという点です。ムッタはヒビトのお陰で宇宙に行けるのですが、ヒビトもムッタがいなければ宇宙へは行けない。彼らが兄弟じゃなかったら、2人とも宇宙に行けなかったという関係性に憧れます。
宇宙へ行くにはお金がかかりますし、国家予算を使っているので、その意義をアカデミックに説明する必要は、当然あると思います。ただ、その根底にある「宇宙に行きたい」という純粋な気持ちや、夢や憧れのようなことがもっと前面に出てきてもいいのではないかと思います。
これからは民間宇宙旅行も行われるようになり、人が宇宙へ行くことに対する選択肢が増えてきます。その中で、JAXAが国の機関としてどう宇宙にアプローチしていくかということに関心があります。規模が大きいことは、やはり国がやるしかありませんが、例えば、日本から有人宇宙船が打ち上げられることになったら、日本人の宇宙に対する気持ちが大きく変わると思います。もしかしたら自分たちも宇宙へ行けるかもしれないと思えるので、宇宙との距離が近くなるでしょう。国民が本当の意味で当事者として、宇宙で盛り上がる日は、その時かもしれません。子供たちにとって宇宙飛行士になることが、身近な夢になる時代が来たら素敵だなと思います。
JAXAのサイトを訪れる方はきっと宇宙好きな方が多いと思います。『宇宙兄弟』は宇宙好きな人にはもちろん面白い映画になっていますが、一方で宇宙に全く興味がない人でも楽しめる映画になっています。ぜひ、宇宙に興味がない人を誘って映画を見に行っていただきたいと思います。
僕は、宇宙を好きな人が宇宙好きを増やしていくしかないと思っているんですね。僕も宇宙好きの一人として、映画という方法で、“宇宙”を憧れの対象として強力に印象づけたつもりです。宇宙の良さを人に伝えるためには、たくさんの言葉で語るよりも、一緒に映画を見るほうが効果的だと思います(笑)。宇宙に興味がない誰かを誘って、ぜひ映画館にお越しください。
関連リンク: 映画『宇宙兄弟』公式サイト
(写真:©2012『宇宙兄弟』製作委員会)