船外活動の訓練を行う星出宇宙飛行士
シミュレーターでロボットアームの訓練を行う星出宇宙飛行士
軌道上で行う実験操作の訓練、ロボットアームの訓練、船外活動の訓練などさまざまな訓練を行ってきました。船外活動の訓練は、大型プールの中やISSのエアロックのモックアップで行いました。エアロックでの訓練では、船外活動の準備から始まって、船外活動用の宇宙服を着て、エアロックを減圧する手順、また、宇宙から戻ってきて、エアロックを再加圧し、宇宙服を脱ぐまでの一連の流れを習得します。ISSの組み立てにかかわる船外活動は行いませんが、部品の交換や修理のために船外活動が必要になることがありますので、そのための訓練を重ねてきました。いつ船外活動をすることになっても対応できるよう準備はできています。
またロシアでは、ソユーズ宇宙船やISSのロシアのモジュールの訓練を行ってきました。ロシアのモジュールは、基本的にはロシアの宇宙飛行士が操作・運用するのですが、私たちも必要なことは理解しておかなくてはいけません。ロシアのモジュールで火災や急減圧が発生した場合の対処、さらにソユーズ宇宙船でどうやって避難するかといった訓練もあります。こうした緊急事態ではクルーの協調作業が重要ですし、間違えることはできませんので、手順をしっかり叩き込まれました。
スペースシャトルのような短期ミッションと、今回の長期ミッションに向けた訓練の大きな違いは、「タスクベース」か「スキルベース」かにあると思います。短期ミッションの訓練は、ある仕事、例えば「きぼう」の組み立てといった作業を反復して訓練します。一方、長期ミッションでは仕事の幅が広いため、あらゆることに対応できるスキルを身につける訓練を行います。
ロシアでのサバイバル訓練に参加する星出宇宙飛行士
すべての訓練が印象に残っていて、どの訓練も楽しくできました。もちろん大変なものもありましたよ。例えば、ソユーズ宇宙船が予定外の場所に落下したときに備えたサバイバル訓練がありますが、それを非常に寒い冬のロシアで行ったときは、確かにきつかったです。でも、そのような訓練は、終わったときの達成感が大きいんです。このような経験はなかなかできるものではありません。宇宙へ行くこと自体もそうですが、いろいろな経験ができることに対して、きつくても楽しく感じるようです。
ソユーズ宇宙船に一緒に搭乗するクルー。左から星出彰彦、ユーリ・マレンチェンコ、サニータ・ウィリアムズ宇宙飛行士(提供:JAXA/GCTC)
不安はありません。ソユーズ宇宙船は長年運用されている実績があり、有人宇宙機として世界的に高い評価を得ています。1967年の初飛行以来、細かい改良が行われアップグレードされてきたものの、根本的な設計は変わっていません。そういう意味では「成熟した技術」で、極めて信頼性の高い宇宙船だと思います。今回私は、古川聡宇宙飛行士に続きデジタル化された新型ソユーズTMA-05M宇宙船に搭乗する予定です。
一緒に宇宙へ行くのは、NASAのサニータ・ウィリアムズ宇宙飛行士と、ロシアのユーリ・マレンチェンコ宇宙飛行士です。ウィリアムズ宇宙飛行士はすでに一度長期滞在を経験していて、今回の長期滞在の後半に、ISSのコマンダーを務めます。とても気さくな人で、NASAでは宇宙飛行士室の副室長としてマネジメントの仕事もしたことがあります。また、マレンチェンコ宇宙飛行士は、今回が5回目のフライトになるベテラン中のベテランです。「ミール」宇宙ステーションにも滞在したことがあり、スペースシャトルのクルーとしても飛行しました。ISSの長期滞在もすでに2回行っています。
前回のフライトにて。ISSで作業を行う星出宇宙飛行士(提供:NASA)
私は父の仕事の関係で、3歳から7歳までアメリカにいました。その時に、父にケネディー宇宙センターにつれて行ってもらったり、日本に帰国してから、「銀河鉄道999」や「宇宙戦艦ヤマト」といった宇宙を題材にしたアニメを見て、宇宙へ行ってみたいと思うようになりました。アニメの主人公を見て「カッコいい!」と思い、自分も宇宙に行きたいなあと思ったんです。 Q. いつから宇宙で仕事をしたいと思うようになりましたか? 幼いときは単純に宇宙へ行きたいという思いだけでしたが、日本人宇宙飛行士が誕生してから宇宙飛行士を職業として意識するようになりました。大学4年生のときに宇宙飛行士の募集があったので応募しようと思いましたが、実務経験が3年以上必要という応募条件を満たしていなかったんです。それでも諦めきれなくてNASDA(現JAXA)に相談しにいきましたが、結局この回は応募を断念するしかありませんでした。大学卒業後はNASDAに就職し、その後実際に宇宙飛行士のそばで仕事をしているうちに、宇宙に行って仕事をするというのがどういうことか見えてきました。
NASDAで仕事をしながら宇宙飛行士の試験を受け、2度目の挑戦で宇宙飛行士になれたわけですが、その前から宇宙飛行士という職業を間近で見てきましたので、自然と、“宇宙で働くこと”が自分の中で当たり前のことになってきたんですね。私にとって宇宙で仕事をすることは特別なことではなく、今度のミッションも、宇宙へ長期出張する気持ちでいます。
国際宇宙ステーション。黒い宇宙と青い地球のコントラストが印象的。(提供:NASA)
実際の宇宙は、思っていたものとは全然違いました。「宇宙戦艦ヤマト」のように宇宙船の中を歩けませんし(笑)。宇宙って楽しいところですが、同時に怖いと感じたこともありました。写真や映像だと地球の向こうに黒い宇宙が広がっていますよね。でもあの黒さは写真や映像で見る黒とは違って、底のない、黒さなんです。じっと見ていると暗黒の世界に引き込まれそうな感じになるんです。なんだか、ゴーッという音が聞こえてきそうな黒です。
そしてその恐怖を感じながらふっと見たときの地球は、本当に美しかったです。地球も、これまで写真で見てきたものとは全く違っていました。宇宙の黒い闇の中で、地球がなければ人間は生きていけない。地球を大事にしなくてはと心から思いましたね。宇宙から地球を見ていても、いろいろな表情が見られて飽きないということも実際に行って分かったことです。帰還したときには、宇宙へ行って自分の夢がかなって満足して終わりかといったらそうではなく、すぐに再び宇宙へ行きたいという気持ちになっていました。
いつか月へ行ってみたいです。そして、将来の有人宇宙活動に貢献できる技術を蓄積できればと思います。これはおそらく日本人宇宙飛行士の共通の願いかと思いますが、日本の種子島宇宙センターから宇宙へ行きたいという思いがあります。 Q. 長期滞在を前に、今のお気持ちを聞かせてください。 今は自分が4年前に取り付けた「家」に帰るような気持ちでいます。その家の中で長期間に渡って仕事をし、生活できることが非常に楽しみです。日本はISS計画のパートナーとして、世界から高い信頼を得ていますが、そうした信頼に応えられるような仕事をしてきたいと思います。仕事ですからしっかりやることは前提ですが、みんなで楽しみたいですね。最終的にクルーや地上スタッフの笑顔が見られたらいいなと思います。
宇宙飛行士は宇宙に行くことで確かに注目されることが多いですが、私はチームの一員であり、宇宙で働く役目を担っているに過ぎません。例えば実験1つをとってみても、実験の内容を考える人、実験装置を作る人、手順を考える人、その手順を私たち宇宙飛行士に教えてくれる人、地上から宇宙にいる宇宙飛行士に指示をくれる人、というように、多くの人が関わってチームをつくっています。そのチーム全体の成功に、なにかしらの形で貢献できることが私の喜びであり、チームのみんなの笑顔にもつながってほしいと思います。
そして、みなさんに「自分もいつか宇宙へ行けるかもしれない」という夢を抱いてもらえるよう、“身近な宇宙”をどんどん伝えていきたいと思います。宇宙から、明るい未来を少しでも見せることができたらと思っています。
関連リンク: 星出宇宙飛行士ISS長期滞在
星出彰彦(ほしであきひこ)
JAXA 有人宇宙環境利用ミッション本部 宇宙飛行士運用技術部 宇宙飛行士
1992年、慶應義塾大学理工学部機械工学科卒業。1997年、UNIVERSITY OF HOUSTON CULLEN COLLEGE OF ENGINEERING航空宇宙工学修士課程修了。1992年〜1994年、NASDA(現JAXA)名古屋駐在員事務所において、H-IIロケットなどの開発・監督業務に従事。1994年〜1999年、筑波宇宙センターやNASAジョンソン宇宙センターなどにおいて、宇宙飛行士訓練計画の開発支援や実験装置の人間機械系設計評価支援および、若田宇宙飛行士の搭乗したSTS-72ミッションなどの支援等、宇宙飛行士の技術支援業務に従事する。1999年2月、NASDA(現JAXA)よりISSに搭乗する日本人宇宙飛行士の候補者として選抜される。2001年1月、宇宙飛行士として認定される。2004年5月、ソユーズ-TMA宇宙船フライトエンジニア資格を取得。2006年2月、NASAよりミッションスペシャリスト(MS)として認定される。2008年6月、スペースシャトル「ディスカバリー号」による1Jミッション(STS-124ミッション)に参加。「きぼう」日本実験棟船内実験室のISSへの取付けや、船内実験室の起動、「きぼう」ロボットアームの初期起動など、「きぼう」に関わる作業全般を担当した。2009年11月、ISS第32/33次長期滞在クルーのフライトエンジニアに任命される。