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宇宙への進出は第2の大航海時代

Q. 日本の初めての有人宇宙施設「きぼう」が完成し、日本人の宇宙活動が本格化します。このことは日本人社会にどのような影響を与えると思いますか?

「きぼう」日本実験棟(提供:NASA)
「きぼう」日本実験棟(提供:NASA)

「きぼう」ができたことにより、日本人が優先的に使える宇宙での空間ができ、それを利用したいろいろな実験ができるようになりました。それによって科学技術の進歩に具体的な貢献があるのは明らかですが、何よりも大きいと思うのは、これが私たちに夢と希望を与えてくれることではないでしょうか。「きぼう」という施設名はその意味で象徴的です。
ご承知のように人類の進歩は、人間のDNAに埋め込まれた「好奇心」によって支えられてきた側面があります。子供が「これは何?」と言って初めて見たものに興味を示すのはその現れです。そして新しいものに興味を持たなくなったら、人類は破滅の一途になるでしょう。宇宙という新しいフロンティアに進出することは、その意味で人類の進歩や発展の契機になる可能性が高いと思います。
最近の日本は「安全と安心」という標語が流行っていて、それはとても大切なことではありますが、安全・安心を保つために、外に出て冒険をしてはいけないという意味にも捉えられ、内向き思考に感じます。しかし、強い冒険心と不屈の闘志を持ってリスクに挑戦する魂がないと、科学や文化を含めて人類の発展はありません。15世紀後半から17世紀にかけて、ヨーロッパ各国が危険を覚悟で荒海に出て海外に進出した大航海時代がありますが、宇宙への進出はまさに「第2の大航海時代」であり、人間の冒険心の1つの現れだと思います。そういう意味で、日本の「きぼう」があるのだと思います。

Q. 人文・社会科学の視点から「きぼう」日本実験棟をどのように利用してほしいですか?

すでに行われている新薬や新素材の開発など、自然科学技術に関する宇宙実験だけでなく、人間の精神や価値観に関する、人文・社会科学的な研究もぜひ行ってほしいと思います。宇宙での市民社会を成立させるためにも、人文・社会科学的な研究はとても重要だからです。
例えば、人間の価値観が宇宙でどう変わり、それにともなう意味の世界がどう変化するかといった心理学的な研究です。その場合重要なのが微小重力の影響でしょう。私たちが地球上で自分を定位できるのは、視覚系と重力系の2つの基準系によって制御しているからですが、そのいずれもが不安定になる宇宙空間において、私たちは自己を定位できなくなる、それによって自分の意味存在が不明になる可能性があります。
この研究が進めば、地球上の基準系をもとにして作られていた価値観や道徳規範、それに社会的ルールが、宇宙空間においてどのような影響を受けるかが明らかになると思われます。そしてその影響はさらに及んで、神の存在といった宗教観にも及ぶに違いありません。例えば上座と下座という価値観、座禅や入定、祈りの姿など、地球上の基準系に基礎を置いた認識形態や宗教的な修行などは、どのような変更を求められるのでしょう。新しい宇宙哲学や宇宙宗教が生まれてくるかもしれませんね。
もう一つ興味があるのは、宇宙という未知の世界に刺激された芸術家たちが、その芸術的狂気をもとに、新しい文化や芸術を創造する可能性です。先進的な芸術家たちは、その優れた直感力とイマジネーションによって、私たちに新しい夢と動機づけを与えてくれるのではないでしょうか。
このようなアカデミックな期待とは別に「きぼう」は、「科学立国として世界から尊敬される国でありたい」という日本国民の願いが込められた象徴であってほしいと思います。将来、一般の人たちが宇宙へ旅行できるようになり、日本も宇宙に進出しようとした時に、宇宙へ行く技術を自国で持っていないと、発言権が奪われてしまうからです。また国民も、宇宙先進国としての実績があるからこそ、自分たちの税金が宇宙開発に使われることに納得してくれるのではないでしょうか。宇宙へ投資することへの満足感を国民に与え、理解を得るためにも、国民に喜びや誇りを与えるようなミッションを作って、国民にアピールしていくことが重要だと思います。

宇宙空間での市民社会の成立

Q. 将来、宇宙で市民社会が成立すると思われますか?宇宙と地球での社会を両立させるために何が必要でしょうか?

宇宙空間にも市民社会を成立できると思いますし、成立させる見込みがなければ宇宙へ進出するべきではないと思います。しかし、その社会の形態は、構成される人数や国籍、能力、期間、滞在の目的などによって大きく異なります。例えば、休暇を楽しむための宇宙リゾートか、商売に関係する宇宙ビジネスか、科学的な研究基地か、それも単一国家の主権のもとに行われるのか、国際的な機構のもとで行われるのかによって、成立する社会集団は大きく違います。
私たちの場合は、一般の人が観光で行って、リゾート地として宇宙を楽しめる状態の社会集団をとりあえず考えていますが、これを実現するだけでも、あらゆるリスクを想定して制度設計する必要があります。例えば、子供がジュースを宇宙船内でこぼした場合の対処方法をどこまで訓練をするかといったことから、犯罪がおきたときに、誰がどの法律で罰するのかといったことまで、乗り越えなければならない課題がたくさんあります。市民社会の成立には、このようなリスクガバナンスのシステムを完璧に仕上げておくことが前提でしょう。
また、宇宙と地球での社会を両立させるためには、安価で安全な輸送方法の確立が必要だと思います。今のように1回の打ち上げコストが100億円近くかかるロケットでは、人を運ぶにしても、資源を運ぶにしても費用的に難しいと思いますので、宇宙エレベーターのようなものが考えられるのかもしれません。またこれは今のところ夢物語ですが、いずれは宇宙の社会にも自立性が求められるようになり、定住者が現れる可能性があります。現在はコミックの世界でしかない、月生まれで月育ちの「ムーンチャイルド」が出てくるでしょう。さらに長期的に考えると、人類の進化のメカニズムが働いて、地球上の人間とは違う「宇宙人」が育つかもしれませんね。

Q. 宇宙での市民社会は誰が統治するべきだと思われますか?

現在、有人宇宙飛行の実績を持つ国は限られており、民間の人を安全に宇宙へ送るためには、先進国の技術に頼らざるを得ないところがあります。実績のない民間会社が宇宙船を作り、安価で宇宙旅行ができると宣伝をしても、なかなか行く人はいないでしょう。そういう意味では、技術と経済力を持つ宇宙先進国の発言権が強くなることが予想されます。技術を提供する代わりに、領土権や資源利用権などを認めてほしいと先進国は主張する可能性が高いのではないでしょうか。
こういった利己主義的な考えとは反対に、地球外の天体に対しては、国ではなく人類全体の所有物として見なすべきだと言う国もあるでしょう。宇宙の社会を誰が統治するかという問題は、このような国家のエゴイズムと国際協調の間のトレードオフを克服しなければなりません。また、一国だけでは負担できない膨大な費用を、どう調達するかという経済問題も関係してきます。
しかし、何かしらの国際的な縛りがないと、核兵器などと同様に先進国家間の覇権争いになりかねません。宇宙戦争だけは避けたいと思いますので、おそらく、宇宙先進国の居住権などある程度の権利を認めながらも、領土保有は認めず、宇宙の市民社会を国際的な管理下に置くという形式になるのではないでしょうか。現在、南極条約ではそれぞれの基地の土地所有権が認められていませんが、宇宙も同じような形になると思います。事実、現在の月協定や宇宙条約も、その方向にあります。

宇宙は最大の創造空間

Q. 宇宙のどのようなところが好きですか?

宇宙は、広大で未知で、分からないことがいっぱいの空間です。その分からない世界を探れば、とても大きなものが得られるかもしれません。そういう未知の世界に対する期待と喜びは、私にとって一番の好奇心の源です。宇宙は人類に与えてくれる最大の「創造空間」なのです。画家ゴーギャンのいう「人間はどこから来たのか?」という質問に答えてくれそうな場所は、宇宙しかないと思います。 Q. 日本の宇宙開発に期待することは何でしょうか? 宇宙ミッションだけに関して言えば、これまで自然科学的なものが多かったですが、これからは、人文・社会科学的な研究開発にも目を向ける時期になったことに気づいてほしいと思います。また、宇宙戦略に関しては、日本が何を目指しているのかが、一般の人たちに伝わってこないところがあります。日本が国家としてどのようなビジョンや戦略を描いて宇宙に挑むのかをアピールし、もっと国民の心を掴むように取り組んでほしいと思います。

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