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誰も知らない真の宇宙に迫る 数物連携宇宙研究機構(IPMU)機構長 村山 斉

「宇宙の深い謎を解く」という共通の目標に向かって、違った分野の研究者が一緒に仕事をする世界でも例を見ない研究所が、東京大学柏キャンパスにあります。2007年10月に設立された数物連携宇宙研究機構(IPMU: Institute for the Physics and Mathematics of the Universe)です。IPMUには世界中から天文、物理、数学の専門家が集まり、未知なる宇宙物質を探る研究が行われています。また、IPMUは文部科学省が進める世界トップレベル研究拠点プログラムに選ばれるなど、その世界最先端の研究に期待が集まっています。

村山斉(むらやまひとし)
東京大学 数物連携宇宙研究機構(IPMU)機構長、特任教授。理論物理学者
米国カリフォルニア大学バークレー校 物理教室教授
1991年に東京大学理学系大学院物理学専攻博士課程修了(理学博士)。東北大学大学院理学研究科物理学科・助手、ローレンス・バークレー国立研究所・研究員、米国カリフォルニア大学バークレー校物理学科・助教授、准教授を経て、同大学物理学科・MacAdams冠教授となる。米国プリンストン高等研究所メンバー。2007年10月より現職。専門は素粒子物理学。

宇宙の根源的な謎を解くために

Q. 先生が機構長を務める数物連携宇宙機構(IPMU)とはどのような組織で、どのような取り組みが行われていますか?

IPMU研究棟。側面を見ると螺旋構造が分かる
IPMU研究棟。側面を見ると螺旋構造が分かる
研究室は螺旋状に配置されており、階段の踊り場に研究室の入口がある
研究室は螺旋状に配置されており、階段の踊り場に研究室の入口がある
交流スペース中央の柱にはガリレオ・ガリレイの言葉が記されている
交流スペース中央の柱にはガリレオ・ガリレイの言葉が記されている

IPMUは、宇宙の謎に迫るために、最先端の科学を結集して研究を行う組織です。その謎とは、「宇宙は何でできているのか?」「宇宙はどうやって始まったのか?」「宇宙はこれから先どうなるのか?」「宇宙はどのような法則で成り立っているのか?」「私たちはなぜその宇宙に存在するのか?」という5つの疑問です。それらを科学の力で解明するのが私たちの目標です。
その目標に向かって、IPMUでは2つの取り組みを行っています。1つ目は、分野を超えた研究を行うことです。宇宙に関する問題はとても難しく、特定の分野の知識だけではとても解決できません。そこでIPMUでは、天文、物理、数学といった異なる分野の研究者が集まって研究しています。例えば、ニュートンが発見した万有引力の法則がありますが、ニュートンはその法則を説明するために、「微分積分学」という数学の新しい一分野を作ってしまいました。新しい数学を作ることによって、どうしてリンゴが木から落ちるのか、どうして惑星が太陽の周りをまわるのかという重力の法則を説明することができたのです。このように、数学と物理といった異分野を組み合わせることで、新しい発見に結びつけたいと思います。
2つ目の取り組みは、世界中から研究者を集めることです。宇宙に関する問題は人類共通ですから、日本人だけでなく世界の研究者が一緒に研究するべきだと思います。現在、IPMUの6割の研究者が外国から来た方です。そして、異分野、異文化の研究者がコミュニケーションをとるための工夫がIPMUの建物にもあります。建物の真ん中に、3階から5階まで吹き抜けの交流スペースがあり、その周囲に研究室を螺旋状に並べることで、3階から5階までの3つの階を実質上1つのフロアのようにし、研究者同士が自然に出合うようにしています。また、午後3時のチャイムが鳴ると、天窓に覆われた交流スペースには研究者が集まり、お茶を飲みながら議論をします。この3時のお茶会には、出張をしていないかぎり、参加を義務づけています。そして、この交流スペースの中央に立つ柱には、ガリレオ・ガリレイの言葉であり、IPMUの研究の基本概念でもある、「宇宙は数学の言葉によって書かれている」という言葉が古いイタリア語で記されているのです。 Q. IPMUのように異分野を融合させた研究施設はこれまでに類例がないとうかがっています。異分野融合により、どのような効果が生まれましたか?正確を期すために申し上げますと、数学と物理、物理と天文など異分野の人が一緒に研究をしているケースは世界中にいくつもあります。しかしIPMUのように、それらを全部1ヵ所にまとめた研究所がないということです。
では、何が利点かと言うと、異分野の人と議論することで、新しい発見があることです。自分が研究していることは、自分では何をやっているか分かっているつもりで、これをやれば答えが出るだろうと信じて一生懸命やっています。ところが、違う分野の人に自分の研究を説明しようとすると、「分かっていたつもりのことが、実は分かっていなかった」ということに気づくことが結構あるのです。
例えば、物理を専門とする私が、数学者に自分の研究について話すとします。数学はものすごく正確に、緻密に理論を立てていく学問ですが、物理は何か分からないことがあると、こじつけでも何とか説明を考えるという、ある意味、数学者から見るといい加減です。そのため、数学者から矛盾点を指摘されることがあります。そうすると、「自分の考えた道筋のどこに飛躍があって煮詰まっていない」とか「このように考えないと正確ではない」といったことに気づくのです。そして、「どうやったら、この部分をきちんと説明できるだろうか」という議論をして、数学者が新しい方法を提案して助けてくれることもあります。その結果、自分の頭がすっきりするだけでなく、これまで足りなかったことを埋めることができますので、大変ありがたく思います。一方、数学者も、自分の知識が物理のある問題に結びつくことを知ると、世界が開け、研究の方向性を考えるときの原動力になっているようです。

見えない謎の物質を追いかけて

Q. IPMUが世界に誇れる最先端の研究は何でしょうか?

XMASS実験施設(提供:東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設)
XMASS実験施設(提供:東京大学宇宙線研究所 神岡宇宙素粒子研究施設)

先ほど、「宇宙は何でできているのか?」という問題をあげましたが、学校では「万物は原子でできている」と習います。ですから、科学者は当然のように、宇宙も全部原子でできていると思っていました。ところが10年程前から、宇宙の中で私たちが知っている物質(原子)は全体の約4%しかなくて、「宇宙のほとんどは原子ではない」ということが分かってきたのです。それ以外は、約23%が「暗黒物質」で、約73%が「暗黒エネルギー」だと言われていますが、その正体はまだ分かっていませんし、誰もまだ見たことがありません。IPMUでは、その見えない物質、暗黒物質を探す研究を中心に行っています。
暗黒物質を発見するために、私たちは3つの方法で研究を行います。1つ目は、地下1000mに設置された検出器を使うXMASS(エックスマス)実験で、東京大学宇宙線研究所と協力して行います。暗黒物質は宇宙全体の約4分の1を占めるものですから、たとえ見えなくても、私たちの周りにたくさん存在するはずです。地下深くの静かな環境で、暗黒物質が検出器にぶつかるのを待ちます。XMASSの検出器は岐阜県神岡鉱山跡に建設され、今年の9月からの観測を予定していますが、検出感度がこれまでの装置の100倍良くなっていますので、暗黒物質を発見できる可能性が高いと期待されています。
2つ目は、国立天文台のハワイ観測所にある「すばる望遠鏡」による、重力レンズ効果を使った研究です。重力レンズ効果は、アインシュタインの一般相対性理論によるもので、重力によって光がレンズを通したように曲がるという現象です。光がどれだけ曲がっているかを調べれば、そこにどれだけの重力があり、その重力をつくるためにどれだけの物質があるかが分かります。例えば、暗黒物質が集まる場所があった場合、その背後にある銀河を見ると、銀河からの光が暗黒物質の重力に引っ張られて曲がりますので、銀河の形がゆがんで見えます。ですから、ゆがんだ銀河がどこにあるかを調べれば、その手前にある暗黒物質の分布図ができるというわけです。
3つ目は、加速器を使った実験のデータ解析です。宇宙はビッグバンという大爆発で始まり、そのときに暗黒物質もできたと言われています。ですから、ビッグバンのような強いエネルギーがあれば、暗黒物質を作れるかもしれません。現在ヨーロッパでは、大型ハドロン衝突型加速器(LHC: Large Hadron Collider)を使って、小さい粒子を加速してぶつける実験が行われています。私たちは、その実験データをどのように見たら暗黒物質の存在を証明できるかという計算方法を考えています。このように、暗黒物質を見つけるためにはさまざまな方法がありますので、IPMUの異分野融合の強みが活かせると思います。

Q. これまでIPMUではどのような研究成果があがっていますか?

すばる望遠鏡が観察した銀河団の画像に、暗黒物質の分布を重ねたもの。図の一辺は約7億光年(提供:高田昌広、IPMU)
すばる望遠鏡が観察した銀河団の画像に、暗黒物質の分布を重ねたもの。図の一辺は約7億光年(提供:高田昌広、IPMU)

IPMUが設立されたのは2007年10月でまだ始まったばかりですが、面白い成果がたくさん出てきています。例えば、高田昌広准教授は、すばる望遠鏡を用いて銀河の集団である「銀河団」を観測し、暗黒物質の存在やその集まり方を調べました。これは先ほどお話した重力レンズ効果を使った観測です。高田准教授は、暗黒物質が銀河団の中に大量に集まっていることだけでなく、その集まり具合が楕円形であること、また中心から離れていくにつれて薄まっていくことを発見しました。そして、さらに興味深いのは、この観測結果が、コンピュータによるシミュレーションによって予測されていたものと似ていたことです。IPMUの吉田直紀准教授が最先端のシミュレーションによって計算したところ、銀河団にある暗黒物質は丸ではなく、細長い楕円形の形をしていたのです。このように、理論が観測によって確かめられることは、とても素晴らしいと思います。
また、主任研究員の野本憲一教授たちの研究グループは、すばる望遠鏡を用いて、1572年にデンマークの天文学者ティコ・ブラーエが肉眼で観測した超新星の光を調べました。超新星とは、星が一生の最期を迎えて大爆発を起こし、ものすごく明るくなる現象です。その爆発のときの光が、銀河系にたまった塵に当たって跳ね返ってくるのです。山で叫ぶと、「こだま」が遅れて返ってくるのと同じ原理です。野本教授は、400年以上前に爆発した超新星の光が、塵に跳ね返って戻ってきたのを調べ、どのような超新星爆発だったかを突き止めました。

  
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