シンポジウムの最後は、さまざまなバックグラウンドをもつパネリストたちが集まり、「将来の月探査にどんなことを期待するか」についてそれぞれの立場から意見を述べました。パネリストは、この日の講演者の一人でもあるNeil Woodward氏、アポロ計画の宇宙飛行士が月からもち帰った石や隕石の研究に携わった武田弘氏、国立天文台台長で宇宙物理学者の観山正見氏、そして清水建設で月面基地などのプロジェクトを実施した吉田哲二氏、月基地建設を題材にしたSF小説「第六大陸」の作者・小川一水氏、月の砂と同じ成分の素材を使った焼き物「月焼き」にチャレンジしている陶芸家の佐藤百合子氏の6名。かつてNHKで数々の宇宙番組の製作を手がけた高柳雄一氏が進行役となり、途中、JAXAの山崎直子宇宙飛行士もビデオメッセージで参加する形で行われました。
まず高柳氏が、「これからの月探査でも、宇宙に浮かぶ青く輝く地球の姿を初めて人類にもたらし地球観を変えたアポロ計画のように、人間の心や精神にまで影響を及ぼす素晴らしいものが手に入ると期待できるのか」と問いかけると、観山氏は「地上の望遠鏡をテーマにしていた天文台も、ぜひ月探査に参加したい」と語り、Woodward氏は、現在世界各国で進められている研究がエキサイティングである状況をふまえて、「月探査が単にエンジニアリング指向なだけでなく、とてもインスピレーショナルな試みである」と話しました。
私たちにとって月はどんなところか。現在、アメリカのジョンソン宇宙センターで訓練中の山崎宇宙飛行士の姿がスクリーンに現れ、最初に宇宙に目を向けた子どもの頃の素直な気持ちを思い起こしながら、SELENEをはじめとする月探査計画への期待を語ります。「何年か後に月でシンポジウムができたらうれしい」という彼女の言葉を受け、月探査への期待に関する具体例へと話は進みます。
陶芸家の佐藤氏は、かつてロシアの宇宙飛行士が話した「宇宙に行くことで植物や動物への愛が深まった」という言葉から、「砂漠のような月に行けば、より地球のことが好きになるのでは」と精神面での変化に目を向けます。「月に基地をつくるのはそう簡単ではない。しかしハードルが高いほど達成感も大きいのではないか」と吉田氏。観山氏は、月の裏側に目を向け、地球の影響を受けない場所であれば予想外のおもしろい情報が得られるはずとして、「月でセラミックを焼いて大きな望遠鏡をつくり、月から天体を観測したい」とアイディアを披露します。
「落下する隕石で宇宙のことがわかるなら、宇宙に行けばもっと良くわかるはず」との問いかけに、武田氏は、月の起源の解明へ期待を語ります。月探査における意義とは何かについては、佐藤氏が、未来の地球の運命を念頭においた場合、地球温暖化の問題などと関連づけてもよいとの視点を示します。Woodward氏は、月が最終目的でなく、火星に行くためのテストベッド(実証実験)にしたいと述べ、これに小川氏が賛成。「しかし、まだそこに人間が到達しないのは実際にどういう活動をしたらいいか、モデルが見えていないから」とも付け加えました。
後半に入ると、日本としての月探査への取り組みについて論点が移ります。吉田氏は、日本人とロボットの関係を取り上げ、仲良くやっていくのではなく、分業することで互いの緊張感をキープするといったシステムが宇宙開発にも必要ではないかとの見解を示します。これに対しWoodward氏は、「今はまだ、だれが何をするか全くわからない状況である点を理解しなければならない」として、エンジニア的な観点だけではなくグローバルなセンスで分業について考える必要を語りました。
武田氏は、月科学と月資源の利用が、遠い未来のエネルギー問題解決に貢献できるとの見方をして、月の裏側からのサンプルリターンに大きな期待を寄せました。佐藤氏は、「陶芸の世界でなら、宇宙を通して日本は世界に勝てると思う」と意気込みを示します。「自分が死ぬ時まで、月が人間が行ったもっとも遠い場所のままで終わってほしくない」と話す小川氏は、「人間だけでなく他の生き物も連れていかなければ、本当の移住にはならない」と月での暮らしを思い描きます。
観山氏が、ガリレオが望遠鏡で月を観測し始めたのが1609年と紹介し、「400年たってやっと本格的な現地検査の時代が来た」と感慨を示したところで、高柳氏が「いろんなスタンスで固有の論理を見い出せる。まさに月は魅力的な世界」とまとめ、討議は終わりとなりました。
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