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「カウントダウンSELENE 〜月探査の新世紀〜」月周回衛星SELENEシンポジウム ビデオポッドキャスト&開催レポート

宇宙航空研究開発機構(JAXA)は2006年7月31日、東京・大手町の経団連ホールで「カウントダウンSELENE 〜月探査の新世紀〜」と題して、来年度打ち上げる予定の月周回衛星SELENEをテーマにしたシンポジウムを開催しました。今回は、JAXAのSELENEプロジェクト関係者はもとより、海外宇宙機関の主要月探査プロジェクト担当者を招聘したほか、月探査に夢をもつ各界の方々をパネリストとしたパネルディスカッションを催すなど盛りだくさんな内容で、500人を超える来場者で満席の会場は、間近に迫った月探査ミッションへの期待にあふれました。
※ビデオポッドキャスト配信は終了いたしました。ご利用いただきありがとうございました。



開会挨拶 宇宙航空研究開発機構 理事長 立川 敬二

昨年4月に発表したJAXA長期ビジョンは「宇宙利用の拡大」「宇宙科学の推進」「輸送システムの開発」「超音速航空機の開発」といった柱があり、今日のテーマは、このうち「宇宙科学の推進」の中の「宇宙の探査」に当たります。「私たちにとって身近な存在である月をもっとよく知る」ために、JAXAは月惑星探査推進チームを発足させ、その第一弾として来年、日本初の大型月周回探査機「SELENE」を打ち上げます。立川理事長は、このように打ち上げ実施に向け着々と準備が進む中で開かれる今回のシンポジウムへの期待を表明して、開会の挨拶としました。


基調講演  	樋口 清司  	JAXAの月惑星探査構想

基調講演は、JAXAの月惑星探査推進チーム長である樋口理事が、現在JAXAが考える探査計画の報告を行いました。日本はすでに月・惑星探査機をいくつか打ち上げており、月に関する調査にも取り組んでいます。樋口理事はこうした背景をふまえて、月探査を単発で行うのでなく、シリーズ化して計画的に実施したいと、その持続性を強調しました。JAXA長期ビジョンについても、宇宙活動の源を、「宇宙の謎と可能性を探求することで、知の創造と活動領域の拡大に貢献すること」と定義し、20年後のあるべき姿を目標に具体策を展開したと説明。10年後ぐらいまでに、科学的な意味合いと同時に人間の月での活動に必要な何かを探すための調査として「月を調べ尽くしたい」と語りました。20年後に有人宇宙活動をめざすという壮大なビジョンを具体的な目標とする月惑星探査推進チーム。そこで行う月惑星探査戦略の基本は、月の探査から火星の探査へ活動領域を拡大すること、小惑星の調査をシリーズ化して日本の得意分野とすることであり、それを国際貢献へもつなげていきたいとの考えを示しました。


第一部:「我が国の月探査計画」
月周回衛星(SELENE)の紹介 SELENEについて 滝澤悦貞(JAXA SELENEプロジェクトマネージャ)

日本の月探査計画を紹介する第1部では、最初に滝澤プロジェクトマネージャがSELENEの全体計画について解説しました。スクリーンに主衛星と2つの子衛星を大きく映し出しながら、月の起源と進化、月利用の可能性の調査、そして有人活動の拡大をめざして月探査を体系的に行うことが目的と説明。アポロ計画に代表されるこれまでの月探査は、月に人を送ることが主目的であり、月の起源と進化を解明するには科学的成果に乏しかったとした上で、月を知ることは私たちの太陽系、そして地球を知る手がかりになり、現在、月全域にわたる高精度なデータが求められているとしました。SELENEが搭載する観測機器には、元素や鉱物の分布、表層構造、重力や磁場などを調べるさまざまなセンサーに加え、「地球の出」を撮影するハイビジョンカメラもあり、月の利用可能性調査や今後の有人活動の検討に利用されると期待されています。こうした新しい知見を生み出す可能性をもつ観測の特徴について具体的に示しました。

月周回衛星(SELENE)の紹介 SELENEの科学について 加藤學(JAXA SELENEサイエンスマネージャ/宇宙科学研究本部教授)

次いで登壇したSELENEサイエンスマネージャの加藤教授は、科学的な側面からSELENEミッションを説明しました。1990年の「ひてん」以来、月に到達する衛星としてはわが国2番目となるこのミッションは、月探査計画では1970年代のアポロ計画・ルナ計画に次ぐ大規模なものです。「太陽系の起源と進化」の壮大かつ鮮やかなイメージを画面に映し、その中で月の科学探査がどうして必要かを図解しながら示していきます。「月科学ロードマップ」で、世界各国の過去・現在・未来の月探査でいったい月の何がわかったのか、それがわかることがひいては何の解明につながるのかをマトリクスにして話し、それを踏まえてSELENEの観測機器を解説することでミッションの意義を明確にしました。最後は各国の月探査計画を並べて、現在の「世界月ラッシュ」の状況も紹介しました。

我が国の将来の月探査計画 川口 淳一郎  JAXA/月・惑星探査推進チーム事務局長/宇宙科学研究本部教授

月惑星探査推進チームの事務局長を務める川口教授は、SELENEを含めた日本の月探査計画について解説しました。その中でSELENEは単なる月探査構想ではなく、火星とそれ以遠に向かう人類の宇宙開発を示すミッションであるとの認識を提示。月探査計画のコンセプトは、フロンティアの拡大(=人類の活動領域の拡大)と科学探査(=太陽系の起源と進化の解明)であり、JAXA長期ビジョンでも月の探査と利用に関する10年後、20年後の目標が明示されており、その結果、もっとも身近な天体である「月」が次のフロンティアの1つとして位置づけられたと、経緯を論理的に説明しました。その上で、米国・中国・インドのそれぞれの月探査の将来計画と比較しながら、今後10年のJAXAの月探査について、(1)遠隔観測(=来年のSELENE)、(2)着陸機(科学観測、技術実証)(=その次のSELENE)、(3)サンプルリターン(=さらに次のSELENE)の段階別に詳しく紹介しました。最後は月面を拠点とした有人活動プログラムについて、2030年ごろには日本人が月面上で長期滞在を開始したいとの目標を示して、話を終えました。


Neil Woodward 米国航空宇宙局(NASA)コンステレーションプログラム担当、探査システムミッション局

NASAのNeil Woodward氏は、米国の月探査構想について、現在の月探査プログラムの現状を説明し、それが将来の戦略にどうつながっていくのかを話しました。その中で重要なのは、持続可能な計画であり、コストにしっかり見合ったプログラムであることとしました。アポロ計画とはちがい、これからもずっと継続するものであり、運用コストも考えていかなければならない。そのため、単にアメリカの旗を惑星の上に立てるのでなく、その先に進んでいろいろな実験をしていきたいと、今後の目標を示しました。それにはグローバルパートナーシップが必要であり、人間の存在の重要性も認識しているとしました。

Matt Forsbacka 米国航空宇宙局(NASA)ルナー・リコナイサンス・オービター(LRO)及び月クレータ観測衛星プロジェクト プログラム責任者

次いで同じくNASAのMatt Forsbacka氏が、NASAの月探査プログラム「LPRP」(Lunar Precursor Robotic Program)とそのプログラムの初号機である「LRO」(Lunar Reconnaissance Orbiter)について解説しました。ミッションのイメージをCGで表示し、探査機の動きをわかりやすく示しながら、月の内部構造、水素の濃度、岩のようす、水や氷、放射線関係の情報など、探査によってわかる点を説明していきます。その上で科学分野や民間分野との協力の必要を述べ、商業的にもメリットがある形で進めていきたいと語りました。

Andrea Lorenzoni イタリア宇宙機関(ASI)戦略・国内外担当部 有人宇宙飛行・微小重力室長

イタリア宇宙機関のAndrea Lorenzoni氏は、イタリアの月探査の歴史とビジョンについて解説しました。これまで、土星とその衛星を探査した「カッシーニ/ホイヘンス探査機」、火星探査機の「マーズ・エクスプレス」、そしてヨーロッパ宇宙機関(ESA)が行う初の月探査計画である「スマート1」などで、イタリアは大きな役割を果たしてきました。今後計画する月探査に関する国家プログラムにおいても、短期的にはまず月の軌道に乗せて調査し、長期的な将来の目標としては火星探査も視野に入れた検討を行っている点を意欲的に説明しました。

Narendra Bhandari インド宇宙研究機関(ISRO)チャンドラヤーン-1科学諮問委員会委員/国際月探査ワーキンググループ(ILEWG)議長

インドでは現在、「チャンドラヤーン」(Chandrayaan、サンスクリット語で「月の乗り物」という意味)という月探査ミッションを計画しています。インド宇宙研究機関(ISRO)のNarendra Bhandari氏は、2008年の打ち上げ予定の、このインド初の月探査プログラムについて詳しく紹介しました。探査機のサイズは日本のSELENEより小型ですが、科学的な目的や実験で得られるデータに類似性があり、双方のデータを突き合わせることで、より深い検証ができると期待を述べました。

Geng Yan 中国国家航天局(CNSA)月面探査プロジェクトセンター

中国の月探査は「嫦娥」(Chang'e、中国語読みで「チャンア」、月にちなむ伝説の仙女のこと)計画といいますが、これについて月面探査プロジェクトセンターのGeng Yan氏が解説しました。打ち上げに向け準備が進む状況について、基礎科学の革新から進めており、技術的な基礎を築いた上で打ち上げに臨んでいると述べ、プログラムの実現に当たっては国際的な協力の下で進めていきたいとの認識を明らかにしました。「嫦娥」は、SELENEと同様、周回機、着陸機、サンプルリターンという3種類のミッションを段階的に予定しており、サンプルリターンのための開発、さらには月面着陸エリアを探査するための拠点の構築などについても説明しました。

Huixian Sun 中国科学院(CAS)宇宙科学応用研究センター教授

Geng Yan氏の講演に続いて、同じく中国のHuixian Sun教授がミッションの詳細について解説を加えました。同教授は「嫦娥1号」の副主任設計者で、ペイロードシステム担当主任設計者を務めており、搭載機器と得られるデータについて具体的な数値を示しながら詳しく説明しました。2007年の「嫦娥1号」打ち上げに続き、2009年に継続機を打ち上げ、2011年には第2段階の月面着陸、そして第3段階のサンプルリターンへと中国は矢継ぎ早にミッションを予定しています。これらを経て科学的な観点から新しい地点に到達したいとの目標を語りました。


パネルディスカッション「SELENE及び将来の月探査への期待」
									コーディネイタ:高柳雄一(多摩六都科学館 館長)
									パネリスト:Neil Woodward(NASA)、武田弘(東京大学名誉教授)、観山正見(国立天文台台長)、吉田哲二(清水建設株式会社 技術研究所 研究開発部長)、小川一水(SF小説家)、佐藤百合子(陶芸家)
									ビデオメッセージ:山崎直子(JAXA宇宙飛行士)

シンポジウムの最後は、さまざまなバックグラウンドをもつパネリストたちが集まり、「将来の月探査にどんなことを期待するか」についてそれぞれの立場から意見を述べました。パネリストは、この日の講演者の一人でもあるNeil Woodward氏、アポロ計画の宇宙飛行士が月からもち帰った石や隕石の研究に携わった武田弘氏、国立天文台台長で宇宙物理学者の観山正見氏、そして清水建設で月面基地などのプロジェクトを実施した吉田哲二氏、月基地建設を題材にしたSF小説「第六大陸」の作者・小川一水氏、月の砂と同じ成分の素材を使った焼き物「月焼き」にチャレンジしている陶芸家の佐藤百合子氏の6名。かつてNHKで数々の宇宙番組の製作を手がけた高柳雄一氏が進行役となり、途中、JAXAの山崎直子宇宙飛行士もビデオメッセージで参加する形で行われました。

まず高柳氏が、「これからの月探査でも、宇宙に浮かぶ青く輝く地球の姿を初めて人類にもたらし地球観を変えたアポロ計画のように、人間の心や精神にまで影響を及ぼす素晴らしいものが手に入ると期待できるのか」と問いかけると、観山氏は「地上の望遠鏡をテーマにしていた天文台も、ぜひ月探査に参加したい」と語り、Woodward氏は、現在世界各国で進められている研究がエキサイティングである状況をふまえて、「月探査が単にエンジニアリング指向なだけでなく、とてもインスピレーショナルな試みである」と話しました。

私たちにとって月はどんなところか。現在、アメリカのジョンソン宇宙センターで訓練中の山崎宇宙飛行士の姿がスクリーンに現れ、最初に宇宙に目を向けた子どもの頃の素直な気持ちを思い起こしながら、SELENEをはじめとする月探査計画への期待を語ります。「何年か後に月でシンポジウムができたらうれしい」という彼女の言葉を受け、月探査への期待に関する具体例へと話は進みます。

陶芸家の佐藤氏は、かつてロシアの宇宙飛行士が話した「宇宙に行くことで植物や動物への愛が深まった」という言葉から、「砂漠のような月に行けば、より地球のことが好きになるのでは」と精神面での変化に目を向けます。「月に基地をつくるのはそう簡単ではない。しかしハードルが高いほど達成感も大きいのではないか」と吉田氏。観山氏は、月の裏側に目を向け、地球の影響を受けない場所であれば予想外のおもしろい情報が得られるはずとして、「月でセラミックを焼いて大きな望遠鏡をつくり、月から天体を観測したい」とアイディアを披露します。

「落下する隕石で宇宙のことがわかるなら、宇宙に行けばもっと良くわかるはず」との問いかけに、武田氏は、月の起源の解明へ期待を語ります。月探査における意義とは何かについては、佐藤氏が、未来の地球の運命を念頭においた場合、地球温暖化の問題などと関連づけてもよいとの視点を示します。Woodward氏は、月が最終目的でなく、火星に行くためのテストベッド(実証実験)にしたいと述べ、これに小川氏が賛成。「しかし、まだそこに人間が到達しないのは実際にどういう活動をしたらいいか、モデルが見えていないから」とも付け加えました。

後半に入ると、日本としての月探査への取り組みについて論点が移ります。吉田氏は、日本人とロボットの関係を取り上げ、仲良くやっていくのではなく、分業することで互いの緊張感をキープするといったシステムが宇宙開発にも必要ではないかとの見解を示します。これに対しWoodward氏は、「今はまだ、だれが何をするか全くわからない状況である点を理解しなければならない」として、エンジニア的な観点だけではなくグローバルなセンスで分業について考える必要を語りました。

武田氏は、月科学と月資源の利用が、遠い未来のエネルギー問題解決に貢献できるとの見方をして、月の裏側からのサンプルリターンに大きな期待を寄せました。佐藤氏は、「陶芸の世界でなら、宇宙を通して日本は世界に勝てると思う」と意気込みを示します。「自分が死ぬ時まで、月が人間が行ったもっとも遠い場所のままで終わってほしくない」と話す小川氏は、「人間だけでなく他の生き物も連れていかなければ、本当の移住にはならない」と月での暮らしを思い描きます。

観山氏が、ガリレオが望遠鏡で月を観測し始めたのが1609年と紹介し、「400年たってやっと本格的な現地検査の時代が来た」と感慨を示したところで、高柳氏が「いろんなスタンスで固有の論理を見い出せる。まさに月は魅力的な世界」とまとめ、討議は終わりとなりました。

パネルディスカッションの様子

閉会の挨拶
									井上一(JAXA理事)

閉会にあたり挨拶したJAXAの井上理事は、地球にいちばん近い天体である月は、科学的に非常に興味深い天体であり、今後、有人基地の建設まで見据えて、太陽系の先まで手がけていくための基礎となる技術的な基盤づくりをしていきたいと語り、この日のシンポジウムは幕を閉じました。



[JAXAウェブサイト編集部]