宇宙航空研究開発機構
宇宙航空研究開発機構(JAXA) と欧州宇宙機関(ESA)は、平成17年12月9日(日本標準時、以下同じ)、JAXAの光衛星間通信実験衛星「きらり(OICETS)」とESAの先端型データ中継技術衛星「アルテミス(ARTEMIS)」との間で、レーザー光による双方向の光衛星間通信実験に成功しました。双方向での光衛星間通信は史上初となります。
今回の実験の成功によって、軌道上におけるレーザー光の捕捉追尾技術を中心とした要素技術の習得、及び将来のデータ中継衛星に必須となるデータ伝送速度・通信容量の向上と通信機器の小型・軽量化の実用化に向けたデータ取得が可能となりました。またESAとの国際協力による実験の実施は、将来における国際相互運用に関する技術の修得という点でも大きな成果となりました。
光衛星間通信は、約4万キロメートルも離れ、それぞれ別の軌道を秒速数キロメートルの速度で動いている衛星同士がレーザー光を送受信する通信で、このような衛星同士のレーザー光による通信をたとえると、東京駅から富士山の頂上の針の穴を狙うくらいの高度な技術です。また、レーザー光を使うことによって、電波のように干渉を起こさないので、安定した通信ができることや、衛星に搭載される機器が小型軽量化できること、なおかつ伝送速度が向上するため、大容量のデータをスムーズにやりとりできるなどのメリットがあります。
「きらり」の光衛星間通信技術は、低高度地球周回衛星とデータ中継衛星(静止衛星)との間の通信として、地球観測衛星からのグローバルなデータの取得など、将来様々な宇宙活動を支える重要な技術として期待されており、今後も要素技術の実証や宇宙環境下での性能確認などの実験を行う予定です。
今回の実験に当たり、「アルテミス」を運用しているESAのご協力に感謝いたします。
【参 考】
きらり(OICETS) 紹介ビデオ[ストリーミング形式 (Windows Media:1Mbps)]
別添1 光衛星間通信実験衛星「きらり」(OICETS)について
別添2 先端型データ中継技術衛星「アルテミス」について
別添3 「きらり」の実験成功により今後期待される衛星間通信技術の発展
光衛星間通信実験衛星 (OICETS: Optical Inter-orbit Communications Engineering Test Satellite) (OICETS) はESA(欧州宇宙機関)の先端型データ中継技術衛星「アルテミス」との間で、実証実験を行うことを目的として、2005年8月24日にドニエプルロケットによりバイコヌール宇宙基地から打ち上げられ、「きらり」と命名されました。
きらりは通信回線の確立のため相手衛星からの入力レーザー光を所定の精度で捉える「捕捉」、通信回線の維持のための1マイクロラジアン以内の精度で入力レーザー光を受信する「追尾」及びレーザー光をその到達時点での相手衛星の位置に向け正確に送信する「指向」等の技術開発を目指しています。また微小振動測定装置を用いて、衛星に搭載されている各種駆動機器の振動が光衛星間通信実験に及ぼす影響を評価します。
主要諸元 | |
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形状 (Configuration) |
約0.78m x 1.1 x 1.5m (Approx. 0.78m x 1.1m x 1.5m) |
質量 (Mass) |
約570kg (Approx. 570kg) |
姿勢制御系 (Attitude Control) |
三軸姿勢制御方式 (Three-Axis Stabilized) |
電源系 (Power) |
水素吸蔵型ニッケル水素電池 (Nickel-Metal Hydride Battery) 発生電力 1220W以上 (Generated Power more than 1220W) |
ミッション期間 (Mission Duration) |
約1年間 (Approx. 1year) |
実験運用軌道高度 (Experiment Orbit Altitude) |
円軌道 610km (Circular Orbit 610km) |
「きらり」が試みる光衛星間通信の距離は約4万キロメートルも離れている上、それぞれが別の軌道を秒速数キロメートルの速度で動いています。そのような人工衛星同士のレーザー光による通信をたとえると、東京駅から富士山の頂上の針の穴を狙うくらい高度な技術と言えます。本格的な宇宙時代に向けた基盤技術を育てるために、「きらり」は光の正確なコントロール技術を実証します。
「きらり」に搭載されているミッション機器、光衛星間通信機器 (LUCE)は衛星の反地球面に搭載した光学部と衛星内部に搭載した電子回路部に分けられます。光学部は2軸ジンバル、高利得光アンテナ、内部光学部から構成され、内部光学部には高出力半導体レーザー、高感度信号検出器等の光学素子が搭載されています。
光衛星間通信に用いられるレーザー光のビーム広がり角は、数マイクロラジアン (約1万分の1度)程度で、1キロメートルで数ミリメートル広がるだけです。このようなレーザー光を用いた通信機器の開発、性能評価のため様々な開発試験が行われました。LUCEの開発では、アルテミスに搭載された光衛星間通信機器の試験に使用された装置と同じ設計に基づいたシステム光学特性試験装置を整備し、LUCEのファーフィールドパターン、波面精度、偏波等の特性を測定し、両者のインタフェースを確認しました。また、LUCE開発モデルをモロッコ沖のテネリフェ島(スペイン・カナリア諸島)にあるESA光地球局に持ち込み、静止軌道上にある「アルテミス」との間で38,000km以上の距離を隔てての双方向通信に成功しました。
1. |
「アルテミス」は通信光よりもビーム幅の広いビーコンを照射しながら、「きらり」が存在すると予測される領域をスキャンします。「きらり」は「アルテミス」が存在すると予測される方向を向き、このビーコンを待ち受けます。 |
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2. | 「きらり」は「アルテミス」からのビーコンを検出後、直ちに「アルテミス」に向け通信光を照射します。 |
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3. | 「アルテミス」は「きらり」からの通信光の検出後、ビーコンのスキャンを停止します。その後、「きらり」に向け通信光の照射を開始し、ビーコンの照射を停止します。「きらり」は「アルテミス」からの通信光を受信します。 |
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4. | 光衛星間通信の開始のために、各衛星は互いに通信光を継続的に照射しながら、相手衛星への指向精度を向上させます。 |
欧州宇宙機関(ESA)の先端型データ中継技術衛星「アルテミス」(ARTEMIS)は、高度な衛星間通信実験、陸域移動体通信実験等を目的とします。
2001年7月12日にアリアン5で打ち上げられましたが、ロケットの上段の失敗により静止軌道への投入に失敗しました。衛星のドリフト補正制御用電気推進によって静止軌道への遷移を試み1年半のオペレーションの末、2003年1月31日静止軌道への遷移を完了し、地球観測衛星Envisatとの通信実験を、同年3月19日に成功しました。
「アルテミス」は、2001年11月20日に、ESAのデータ中継技術衛星「SPOT4」からの光通信実験によるデータ受信を成功しております。
「アルテミス」軌道上想像図 打上げ時重量 3.1トン アンテナ展開時形状 25m×8m×4.8m 軌道 静止(東経21.5度) 設計寿命 10年 ミッション - 光衛星通信 - データ中継(S/Kaバンド) - 陸域移動体通信(Lバンド) |
「きらり」が行った光衛星間通信実験により確立された技術は、衛星を用いた高速・大容量通信技術の発展に大きく寄与していくことが予想されます。
例えば、「きらり」のように光を用いた衛星間通信を行った場合、通信速度を電波(Ka帯)を使用したものの10倍に設定した場合でも、使用するアンテナの大きさは13分の1ですむこととなり、更に消費電力も半分で済むようになる等、従来の電波を利用した衛星間通信システムと比較して大幅な通信の大容量化、小型化及び軽量化が可能となります。
また、深宇宙探査を目的とした探査機は、より小型・軽量化することが求められますが、「きらり」の技術は探査機の小型・軽量化とともに、深宇宙に飛び出した探査機からのより詳細なデータ取得が可能となります。
その他、光衛星間通信は電波と比較して指向性が非常に高いことから、第三者から傍受され難いというメリットもあります。
今後、「きらり」の光衛星間通信技術が、さまざまな宇宙機に搭載されていくことが期待されます。
電波(Ka帯)を使用した場合 | 光を使用した場合 | |
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データレート |
240Mbps | 2.4Gbps |
アンテナ径 |
1.3mφ | 0.1mφ |
質量 |
約160kg | 約60kg |
消費電力 |
約220W | 約110W |