プレスリリース

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超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)を使用した遠隔病理診断実験
〜衛星による病理診断の実利用化に向けた新しい試み〜

平成22年7月2日

岩手医科大学
宇宙航空研究開発機構

超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)を使用した遠隔病理診断実験〜衛星による病理診断の実利用化に向けた新しい試み〜  岩手医科大学と宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、国際医療福祉大学三田病院、琉球大学の協力を得て、盛岡、東京、沖縄の3地点を超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS)で結び、遠隔病理診断の実利用化に向けた実証実験を実施しました。
 最新の遠隔病理診断機器には高速通信回線が必要であり、既存の通信衛星では通信速度が足りず使用することができません。本実験では、「きずな」の高速回線を使用して多地点の異なる分野の専門医によるカンファレンスを行いながら病理診断ができることを実証しました。この結果から、将来「きずな」のような高速通信衛星を用いることで、地上の高速回線が整備されていない地域においても最先端の医療が受けられるようになることが期待されます。
 なお本実験は、利用研究・実証を通じた衛星及びデータの利用促進と新たな利用創出を目指すJAXAの取り組みと、「文部科学省宇宙利用促進調整委託費『通信衛星を利用した遠隔病理診断(テレパソロジー)の試み』」による岩手医科大学の取り組みとを連携させ、実施しました。

1.背景・目的
 病理診断とは患者の体から摘出した病変組織や細胞を顕微鏡で観察して診断することです。日本では病理医の数が少なく、特に地方には少ないことが問題となっています。病理医がいない場合には、手術により一旦細胞を摘出して病理医へ郵送し、診断結果が返ってきた後、症例によっては病変部全体を摘出するためにもう一度手術を行うなど、患者の負担が大きくなってしまいます。
 この問題を解決するために、通信回線を利用した手術中遠隔病理診断が行われるようになってきていますが、遠隔病理診断は大容量の画像を送るための高速通信が必要であり、光回線などの地上の高速回線が整備されていないデジタルデバイド地域では最先端の遠隔病理診断を受けることが難しいなど、医療格差が生じています。また、これは国内だけの問題ではなく、海外においても診断病理医の少ない地域でも深刻な問題です。
 このため、「きずな」を使った遠隔病理診断実験を行い、「きずな」のような高速通信衛星の遠隔病理診断における有効性の検討を行いました。

2.実験概要
(1)実験日:平成22年6月28日(月)〜6月30日(水)
(2)実施場所:岩手医科大学、国際医療福祉大学三田病院、琉球大学
(3)実験構成と内容:
岩手医科大学、国際医療福祉大学三田病院、琉球大学の3地点に「きずな」用小型アンテナを設置し、「きずな」により図1に示すように3地点を結び、バーチャルスライドシステム(※1)と音声会議も加えた専門医による遠隔病理診断を実施しました。

※1:バーチャルスライドシステムとは
細胞組織の顕微鏡画像を電子化してサーバに保存し、ネットワーク経由で顕微鏡画像の閲覧ができる装置。多地点で表示画像の同期を行うことができ、どの地点からも画像の移動・拡大・縮小などの操作が可能。


3. 実験成果
 病理医の中にもさまざまな専門分野があるため、正確な診断のためにはより専門性の高い病理医を交えたカンファランスをすることが必要です。今回、バーチャルスライドシステムのサーバは岩手医科大学におきましたが、操作権をそれぞれ3地点で交代しながら残りの2点を専門医に見たててカンファランス形式で病理診断を行いました。遠隔病理診断における検討の内容は、手術方針の迅速な決定や変更に資する手術中の迅速診断や組織診断、細胞診のほか、血液疾患、抗体を用いた免疫染色、ホルモン療法への感受性検査などであり、バーチャルスライドシステムのサーバ(岩手医科大学)にアクセスし、顕微鏡画像を閲覧、操作しながら音声機能も加えてカンファレンスを行った結果、細胞組織や血液疾患の病理診断が充分に可能であることが実証されました。 
 今回の結果から「きずな」のような高速通信衛星を利用した遠隔病理診断は、画質や操作性など機能に問題はなく、その有効性が検証されました。

4.今後の発展
 「きずな」の高速通信技術を使えば、離島・山間部などのデジタルデバイド地域における医療レベルの格差解消、全国どこでもがんの標準的な専門医療が受けられることを目指す「がん治療の均てん化」の推進に役立つことが期待されます。また、「きずな」の通信エリアは日本だけでなくアジア太平洋地域全体もカバーしているため、病理医が不足しているアジア諸国との医療支援、医療教育など国際貢献も可能となるほか、海外の医療専門家との交流を通じた我が国の医療レベルの一層の向上も期待されます。

■本件に関するお問い合わせ
  (遠隔病理診断に関するお問い合わせ)
  学校法人 岩手医科大学
  〒020-8505 岩手県盛岡市内丸19-1
  Tel. 019-651-5111 Fax. 019-651-9246



【図1 実験概要】



遠隔病理診断実験の様子
(C)JAXA

バーチャルスライドシステムのサーバ(岩手医科大学)側に国際医療福祉大学三田病院、琉球大学がアクセスし、3地点でカンファレンスを行っているところ。

左:国際医療福祉大学三田病院
食道癌手術の迅速診断。切除部位の断端に癌が残っているかどうかを判定しているところ。
右:琉球大学
肺の擦過細胞診(さっかさいぼうしん)(※2)。癌・非癌の判定をしているところ。
※2:細胞を気管支鏡で気管支をのぞきながら病巣部位を直接ブラシで擦ります。そのブラシを直接スライドグラスにこすりつけてすぐにアルコールにつけて固定して標本を作ります。