宇宙科学研究所は、LSIの高速化・低消費電力化が期待されている最先端の民生SOI(Silicon On Insulator)プロセスを用いて、ソフトエラー(放射線によるビット反転エラー)発生確率が極めて低い128Kbit-SRAM(Static Random Access Memory)の開発に世界で初めて成功した。本SRAMはSOI構造の採用と回路上の工夫によりソフトエラー発生のしきい値LET(荷電粒子が半導体に与えるエネルギー量で表す)が45MeV/(mg/cm2)以上(民生品の約20倍)と高い上、シングルイベントラッチアップ(放射線により過大電流が流れて永久損傷になる可能性があるエラー)という別の障害が全く起こらないという特性を持つ。このしきい値LET値から推定される静止軌道上でのソフトエラー発生確率は、約9000年に1回と極めて小さい。
宇宙用部品においては、宇宙放射線によるソフトエラーが深刻な問題であることが知られている。一方、微細化の進む民生部品においても、部品内部の不純物材料から発生する放射線問題に加えて、地上に降り注ぐ宇宙線中性子シャワーの問題が顕在化して、航空機だけでなくハイエンドサーバー等IT基盤技術におけるソフトエラーの問題が危惧されている。本開発は長年、自動車・建設機械・原子力機器等の耐環境性・高信頼性が要求されるエレクトロニクス製品を製造している三菱重工業名古屋誘導推進システム製作所のSOI技術をベースに、宇宙科学研究所の耐放射線化技術を付加することで成功した。その結果、高信頼性が要求される民生産業機器用メモリーのソフトエラー問題と共に、宇宙機(衛星)搭載用メモリーのソフトエラー問題を同時に解決した。今回開発に成功したSOI技術は、宇宙技術と民間技術の協調路線で生まれ、今後は、お互いの発展のために広く普及していくと考えられる。
現在、海外にも放射線に強いSOI素子はあるが、民生技術より数世代遅れた専用のファウンドリーでしか作れない。一方海外メーカーが作った最先端の民生用SOI素子は放射線に対する考慮が全くないので、放射線耐性が低いことが明らかになっている。さらに冷戦が終わり宇宙用の最先端部品を入手することは世界的に難しくなっている。この状況下で宇宙科学研究所の耐放射線化技術と日本の民生の最先端SOI技術の協調により宇宙用部品を安価に開発すれば、日本の戦略的部品となりうると考える。本SOI技術を発展させて、宇宙用の最先端SOI-MPUを作る計画も現在宇宙科学研究所において推進中である。
本成果を、放射線が半導体素子に及ぼす影響を討議する世界最大(530名参加)の国際会議(IEEE Nuclear and Space Radiation Effects Conference, フェニックス2002年)で発表したところ、米国のNASA, Sandia National Laboratories,フランスのCEA等の研究機関より高く評価され、デバイスの引き合いが来ている。現在、このうちSandia National LaboratoriesおよびCEAと共同研究を開始しており、バンクーバーでプロトン照射実験を、ロスアラモスで中性子照射実験を進めている。