航空宇宙技術研究所と東京工業大学大学院生命理工学研究科との共同研究において、サッカーボール状分子フラーレンを利用して物体表面の温度を測定する技術を確立しました。
フラーレンは60個の炭素原子から構成されているサッカーボール状の分子で、紫外線や可視光を照射すると赤色に発光します。そして、発光量と物体表面温度が比例する性質があります。このフラーレンを物体に塗り、物体表面温度を離れた場所から測定する技術を、日本で初めて開発しました。
今回の温度測定の成功により、フラーレンを利用した感温塗料を風洞実験等で用いられる航空機やロケット等の模型表面に塗布すれば、光を当てるだけで模型表面の複雑な温度分布を面情報として測定することも可能になります。従来用いられていた温度計による測定では、物体表面の点情報しか得られなかったことを考えると画期的な手法で、航空宇宙の基礎技術の発展に貢献できると考えています。
本研究は知的基盤整備事業MOSAICプロジェクト(機能性分子による熱流体センシング技術の研究開発)における研究として行われました。
航空宇宙技術研究所(NAL)は、東京工業大学大学院生命理工学研究科との共同研究によって、サッカーボール状分子フラーレンを利用して物体表面の温度を測定する技術を開発しました。
近年、飛躍的に進歩した科学分野に機能性材料科学があります。機能性材料科学の分野は、化合物の持つ構造分析のみならず、これまで実現できないような機能を発揮することができる化合物を創世する分野で、これまでに様々な機能を有する化合物が数多く作られてきました。
このような化合物のうち、フラーレンは非常に特徴のある構造を持つ化合物です。フラーレンは、炭素原子60個から構成され、図1に示すサッカーボールのような形状を持つ化合物です。フラーレンは炭素原子のみで構成されていますので、ダイヤモンドやすすの仲間であるといえます。しかし、それぞれが違った結晶の状態を有するため、ダイヤモンド、すす、フラーレンの物性は全く異なります。
フラーレンの特性の中に、紫外線や可視光を照射すると赤色の発光を示す性質があります。この発光は、温度が上昇すると暗くなり、温度が低下すると明るくなります。この性質に着目し、フラーレンを利用して物体表面の温度測定を試みました。
具体的な方法は、図2に示すようにフラーレンを塗布したサンプル基板に、キセノンランプによって光を照射し、サンプルからの反射光を測定します。そして、サンプル基板の温度を変化させながら反射光の強さの変化を測定するというものです。測定結果を温度-10℃時のフラーレンの発光量を基準1.0とした発光量と温度の関係を図3に示します。縦軸の値が低いほど発光量が少ないことをあらわしています。このように温度の変化に伴い発光量が直線的に減少する事を利用することにより、フラーレンを塗布した物体の表面温度を測定する事ができます。また、測定結果から発光量の強さと温度の関係を色調変化であらわしますと図4に示すとおりとなります。
今回の温度測定技術を確立したことにより、フラーレンを利用した感温塗料を、風洞実験等で用いられる航空機やロケット等の模型表面に塗布し、光に当てることにより模型表面の複雑な温度分布を面情報として測定することが可能となりました。従来用いられていた温度計による各点での温度の測定では、物体表面の点の情報しか得られなかったことと比較すると生産性の向上などに結びつきます。
これまでに、NALと東京工業大学大学院生命理工学研究科との共同研究によってフラーレンを利用して物体表面の圧力変化を測定する技術を開発しております。今回開発した温度測定法により、圧力変化の測定をあわせた2つの測定法を同時に行う技術の可能性に道を開いたと考えております。
なお、本研究は知的基盤整備事業MOSAICプロジェクト(機能性分子による熱流体センシング技術の研究開発)における研究として行われました。詳細は2000年ヨーロッパ分析化学誌ヨーロピアンジャーナル オブ アナリティカル ケミストリー(European Journal ofAnalytical Chemistry)に掲載される予定です。