独立行政法人航空宇宙技術研究所(NAL)では、マッハ8で飛行する状態を模擬したスクラムジェットエンジン(*1)の燃焼試験をこれまで続けてきましたが、本年3月末の試験において正味推力(*2)発生に初めて成功しました(写真参照)。このマッハ8飛行条件での正味推力の実証例はこれまで報告がなく、世界初の成果です。
NALではマッハ4以上の高速度域で作動するスクラムジェットエンジンの研究を1980年代から進めており、1994年には同研究所角田宇宙推進技術研究所に我が国初のマッハ8までの飛行条件を模擬できるラムジェットエンジン試験設備を完成し、スクラムジェットエンジンの研究開発を進めて来ました。この試験設備はマッハ4、マッハ6、マッハ8の飛行条件を模擬することができ、今までにマッハ4、マッハ6の飛行条件では正味推力の発生を確認しています。
今回の試験に用いたエンジンは、実機用エンジンの約1/5の大きさで、高さ25cm×幅20cm×長さ2.2mの簡易水冷型で、NALが設計したマッハ8用エンジンとしては2作目です。同エンジンの初試験は一昨年3〜4月、改良型の試験を昨年3〜4月に行いました。いずれの試験においてもエンジンが発生する推進力は空気抵抗を上回ることができず、正味推力の発生にまでは至りませんでした。その後、昨年度の試験データを基に後述するような改造を行ない、今回の試験に臨みました。
スクラムジェットエンジンは、図1のように左右の側板、天板、カウルから構成され、左右の側板を内側に絞ることで、空気の通路を狭くして空気流を圧縮,減速しています。しかし、飛行マッハ数8の高速状態では、エンジン内部の空気流速が秒速2000m以上となり、その中で安定に火炎を保持し、かつその燃焼効率を高めることは困難でした。そこで、こうした高速状態でも安定した燃焼を得るために、従来のエンジンでは図2のようにエンジン内部にストラットを取り付けていました。これにより空気と燃料が混合し燃焼性能は改善されましたが、ストラットの空気抵抗のためエンジンの推力性能は必ずしも上がりませんでした。
これまでおこなってきたエンジン試験結果と基礎研究結果から、正味推力の発生のためには、エンジンの空気抵抗低減が最重要課題と考え、今回、昨年7月から図3のようなランプ圧縮型エンジンの設計を進めてきました。空気抵抗の増加の原因となっていたストラットを取り除き、それに変えて、それまで平坦であった天板に傾斜(ランプ)をもたせることで空気を圧縮し、ストラットと同様の機能を持たせました。
これにより、本年3月末から実施しているエンジン試験では、ストラット付きエンジンで800Nあったエンジンの空気抵抗を、300N以下に低減することに成功しました。この値は、この種のエンジンで必ず発生する摩擦抵抗のみとなった場合に近い値です。また懸念された燃焼性能の低下もなく、安定した燃焼が確認されました。図4のグラフで示すとおり現在までの最高性能は燃焼による推力増加分として約500Nが得られています。従って現在のエンジン形態において約200Nの正味推力を発生したことになります。このエンジンの理論性能は約700Nと見込まれており、今回の試験で燃焼により得られた約500Nの推力は、理論性能の約70%を達成したことになります。
将来の再使用型宇宙輸送システムとして検討されているスペースプレーンでは、機体の底面を利用した外部ノズルを取り付けることにより、さらにスクラムジェットエンジンの推力を増すことができます。また、今後のエンジン改良によって一層の推力増加が期待できます。NALでは、今後エンジン本体の正味推力性能をさらに改善するとともに、数値計算等により外部ノズル性能の予測精度を高める研究を進めます。今回の試験結果をもとにエンジンを改修し、改修エンジンの燃焼試験を15年1月から行う計画です。
この成果は、スクラムジェットに基づく複合サイクルエンジン(*3)の研究開発に活用することによって、スペースプレーンの実現に更に1歩近づくことになります。
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![]() カウルをはずして上を見た空気の流れ |
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![]() 側板をはずして横から見た空気の流れ |
![]() 手前側板とカウルをはずした図 |
![]() カウルをはずして上から見た空気の流れ |
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![]() 側板をはずして横から見た空気の流れ |
![]() 手前側板とカウルをはずした図 |
![]() カウルをはずして上から見た空気の流れ |
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