独立行政法人航空宇宙技術研究所(NAL)角田宇宙推進技術研究所は、マッハ4(音速の4倍)の飛行状態でのスクラムジェットエンジン1)の正味推力2)(機体の推進に有効な推力)をこれまでの3倍以上に向上することに成功しました。
NALではマッハ4以上の高速度域で作動するスクラムジェットエンジンの研究を進めています。今までに地上エンジン試験設備を用いたマッハ4、6、8の飛行状態での正味推力の発生に成功しています。とくに、平成14年4月のマッハ8飛行状態での成功は、世界初の成果でした。
いずれの条件においても推力性能には改善の余地が依然残されていましたが、今回の試験で、マッハ4でのエンジンの大幅な性能改善が達成できました。これにより、スペースプレーンのエンジン設計に向けた技術的な見通しを得ることができました。
今回の試験には、平成8年にマッハ4での正味推力の発生を確認している高さ0.25m、幅0.2m、全長2mの実機の約1/5の小型スクラムジェットエンジンに次のような設計改良をして使用しました。(図1参照)
これらの改良の結果、昨年10月から11月に実施した試験では、エンジンへの最大燃料流量を従来の3倍に増やすことができ、理論上最高性能を得るために必要な燃料流量まで安定に燃焼させることができました。その結果、エンジンが発生する正味推力を従来の630N(約64kgf)から最大2200N(約224kgf)と3.5倍に大幅に増加させることができました(図2)。
今回は、マッハ4での試験でしたが、改良したエンジンは、もっと高いマッハ数でも作動できるように設計してあり、今後より高いマッハ数での試験も実施する予定です。
NALでは現在、今回の試験の成果を反映させたエンジンの設計を進めており、平成15年度に完成させる予定です。このエンジンは複合サイクルエンジン5)の第1世代とも位置付けられ、静止状態からマッハ8までの、広い飛行マッハ数範囲での正味推力の発生を目指した試験を同年度中に開始します。
スクラムジェットとは超音速燃焼ラムジェット(Supersonic Combustion RAMJET : 縮めてスクラムジェット)のことで、およそマッハ4以上の高速で飛ぶ飛行機やスペースプレーンに使用するエンジンとして研究が進められています。
飛行機が高速で飛ぶと、空気は高温となりターボジェットのように回転式の圧縮機は使用できなくなります。逆に圧縮機を用いなくても空気はエンジンの中に流入し、通路を狭くすることで流れが堰き止められ、自分の勢いで圧縮されます。このように空気の勢いを利用して圧縮する形式のジェットエンジンをラムジェットと呼びます。ラムジェットでは、空気の通路を狭くするため、エンジン内部の流れの速度はマッハ1以下(亜音速)になります。しかし、機体の速度がどんどん上がっていくと、吸い込んだ空気の温度や圧力が過大になり、性能が悪くなります。これを避けるために、マッハ4以上の飛行では空気をあまり圧縮せず、エンジンの中で音速よりも速い速度(超音速)のまま燃焼させることが提案されています。こうしたラムジェットをスクラムジェットと呼びます。
機体が飛行することによりエンジンも空気抵抗を受けます。特にスクラムジェットの場合には、空気の勢いを利用して圧縮を行うので、大きな空気抵抗(エンジン抗力)を受けることになります。エンジンは燃焼により推力を発生しますが、この燃焼推力からエンジン抗力を差し引いたものがエンジンの正味推力となります。
高圧電源により数千度の高温ガスを噴射する点火・保炎器です。大きなバッテリ、変圧器が必要となり、実機使用には不利になります。
直径2cm、長さが10cmの小さなロケットエンジンを燃焼器入口に配置し、点火、保炎の役割を行わせるものです。
通常のジェットエンジンが圧縮機(コンプレッサー)によって空気を圧縮するのに対して、スクラムジェットは空気自体の勢いを利用して空気を圧縮する形式のエンジンのため、このエンジンは飛行速度が一定以上になるまでは使用できません。また、飛行中に吸い込む空気中の酸素を酸化剤として利用するため、空気が希薄な宇宙空間でも使用できません。従って、スクラムジェットを宇宙輸送に利用するためには、このエンジンを使用できる速度以下では、通常のジェットエンジンやロケットエンジン、また真空用のロケットエンジンを組み合わせたエンジンが必須となります。この究極のエンジンを「複合サイクルエンジン」と呼びます。