プレスリリース

航空宇宙技術研究所 このプレスリリースは航空宇宙技術研究所(NAL)が発行しました

ジェットエンジン用仮想試験技術を開発
―大規模数値シミュレーションによるジェットエンジンの開発プロセスの革新―


平成15年8月27日
航空宇宙技術研究所

 独立行政法人航空宇宙技術研究所(NAL)と石川島播磨重工業(株)は、NALのスーパーコンピュータによる数値シミュレーションを用いて、ジェットエンジンの開発に関する革新的な仮想試験技術を共同で開発しました。

 技術開発の第1段階として、ジェットエンジンの構成要素であるタービンの仮想試験をスーパーコンピュータ上で行うことができる技術を開発しました。4段低圧タービンの設計開発にこの技術を用いた「CF34-10ターボファンエンジン」試作機がこのほど完成し、実際のエンジン試験を実施したところ、数値シミュレーションの結果から予測していたとおりの性能が達成されていることが確認されました。
 CF34-10は「CF34-8C1ターボファンエンジン」に引き続き開発されているエンジンですが、CF34-8C1の低圧タービンの設計開発時は、製作から性能試験まで約1年かかるタービン模型によって空力設計の妥当性を確認したため、設計開発に長い期間がかかりました。CF34-10では仮想試験技術を適用することでCF34-8C1に比べて低圧タービンの開発期間を9ヶ月短縮(約4分の1に)することに成功しました。

 

 さらに、第2段階として、圧縮機の仮想試験技術の開発に取り組んでいます。NALが昨年導入した世界屈指の超高速スーパーコンピュータ(NS-III)を用いた大規模数値シミュレーションによって、先ごろ、7段の翼列からなるジェットエンジンの圧縮機全体の複雑な流れの流動解析を行うことに世界で初めて成功しました。また、約7000万メッシュという高解像度のシミュレーションが実用的に可能になったのは、NS-IIIの高速処理と大規模メモリによるものです。

 今回成功した大規模数値シミュレーション技術を拡張し、数値シミュレーションを用いて航空エンジンの開発試験をコンピュータ上で仮想的に行い大幅な開発期間の短縮と開発コストの低減を図るジェットエンジン設計システムの開発を進めていく予定です。

図1 CF34-10低圧タービンシミュレーション結果




図2 7段圧縮機のシミュレーション結果




CF34-10ターボファンエンジン

「CF34-10ターボファンエンジン」は90〜110席のリージョナル(地域間航空)ジェット旅客機向け推力9トンクラスのターボファンエンジンです。これは、日本航空機エンジン協会(JAEC)が経済産業省の開発助成を受けて米国のゼネラルエレクトリック(GE)社と国際共同開発を行っているエンジンで、同じくJAECがGE社と国際共同開発した推力6トンクラスのCF34-8C1エンジンに引き続き開発されています。JAECのメンバーである石川島播磨重工業(株)は、CF34-8C1の開発時から低圧タービンを担当しています。



圧縮機やタービンなどの回転翼列要素に関する仮想試験技術

 ジェットエンジン内には、圧縮機やタービンと呼ばれる回転する多数の羽根(翼)から成る構成要素があります。この圧縮機やタービンを開発する際には、必ず回転要素全体を模擬した模型による性能試験が行われます。模型の製作から試験まで約1年かかる性能試験によって空力設計の妥当性を確認していたため、設計開発に長い期間と多額の費用がかかっています。現在、数値シミュレーションを利用した仮想試験技術を確立することで、模型による性能試験を効率よく進め、エンジンの開発期間や開発コストの削減を計ろうと取り組んでいます。

 ジェットエンジンは、この回転する多数の翼列の間に空気を通して、一旦圧縮し、燃焼ガスとともに膨張させることによって推進力を得ています。圧縮機やタービンには、翼に囲まれた領域が何百とありますが、通常の技術計算用コンピュータでは演算速度やメモリの制約があるため、数値シミュレーションで解析できるのは、その中の一つか二つに限られていました。エンジン内には多数の翼があり、実際の流れは各々の羽根がお互いに影響を及ぼしあった結果決まるので、数個の翼の解析結果を積み重ねても回転翼列要素全体を正しく予測することは困難です。このため、回転翼列要素全体の数値シミュレーションが必要になります。

 多数の高速プロセッサで構成されるNALのスーパーコンピュータを活用し、翼で囲まれた各領域をひとつひとつのプロセッサに割り当ててすべての領域を同時並行的に計算することにより回転翼列要素全体の数値シミュレーションが可能になりました。
 1世代前のNALのスーパーコンピュータ(NS-II)を利用して、4段低圧タービン全体のシミュレーションが可能になり、タービンの設計開発では、スーパーコンピュータ上で仮想試験を行うことができる技術を開発しました。図1にCF34-10低圧タービンのシミュレーション結果を示します。
 さらに、昨年NALに導入した超高速スーパーコンピュータNS-III※1を用いて、7段の翼列から成る圧縮機の複雑な流れの全段流動解析を行うことに先ごろ世界で初めて成功しました。実用レベルでの約7000万メッシュ※2というシミュレーションの解像度は、従来例がなく、NS-IIIの高速処理と大規模メモリによって初めて可能となったものです。図2に7段圧縮機の全体の数値シミュレーション結果を示します。
 また、一定時間毎にデータを保存しておくことによって詳細な時系列データを得ることができ、模型による試験では分析困難な流動の時間変動を詳細に捉えることもできました。



※1
NS-IIIは、2002年10月に導入した航空宇宙技術研究所の新スーパーコンピュータシステムです。このシステムの中核をなすサーバ(128個のCPUを搭載した富士通製「PRIMEPOWER HPC2500」14台を超高速結合ネットワークで接続)は、1792個のCPUを有し、ピーク処理速度9.3Tflop/s、メモリ容量3.6TBの基本性能を保有します。
 本中核サーバは、先ごろ世界的に標準な性能ベンチマークテストとして確立しているLINPACKベンチマークテストを実施し、世界の第8位にあたる5.4 Tflop/s の実効性能を達成しました。この結果は、提唱者であるJack Dongara教授のLINPACKレポートに掲載されました。

Tflop/s(テラフロップス)は、毎秒1兆回の浮動小数点演算速度
TB(テラバイト)は1012バイトを指す。

※2
 メッシュとは
 計算機上での数値シミュレーションを行う際、計算機はとびとびの数値データしか扱えないため、空間に小さな網の目の格子を作り、その格子上での値を計算します。この格子を計算格子またはメッシュと呼びます。


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