環境省地球環境局研究調査室
独立行政法人国立環境研究所
宇宙開発事業団
今般、昨年12月に打ち上げられた環境観測技術衛星「みどりII」(ADEOS-II)に搭載された環境省のオゾン層観測センサ(改良型大気周縁赤外分光計II型、通称ILAS-II)からのデータが初めて取得され、解析結果がまとまりましたので公表いたします。
今回公表するデータは、1月23日に機能確認のために測定されたデータを国立環境研究所において処理したものであり、北極グリーンランド付近上空及び南極昭和基地付近上空の高度約15kmから約50kmの範囲における、オゾンをはじめとする大気微量物質濃度の高度分布を表すものです。これらにより、ILAS-IIが予定通りの機能を発揮し、各種大気微量物質濃度の高度分布を正確に把握できることが確認できました。
ILAS-IIは、オゾン層の破壊に関わる多種類の物質の高度分布を同時に観測するセンサであり、オゾン層破壊に関わるメカニズムの一層の解明が期待されます。
今後ILAS-IIで取得されるデータは、内外の第一線の研究者に提供するとともに、今年夏以降の検証実験によりデータの信頼性を確認した後、国立環境研究所より、広く一般に公開される予定です。
ILAS-II(下参考資料)は、成層圏のオゾンおよびその破壊反応に関連する大気微量物質を観測するため、平成8年に打ち上げられた「みどり」搭載の改良型大気周縁赤外分光計(ILAS)の後継機として、環境省が平成7年度から35億円をかけて開発を行ってきたものである。
本センサは、平成14年12月14日、宇宙開発事業団の環境観測技術衛星「みどりII(ADEOS-II)」に搭載され、種子島宇宙センターより打ち上げられた。
ILAS-IIの特徴は以下の通り。なお、ILAS-IIの観測原理については下参考資料「ILAS-IIの観測原理」を参照。
今回公表するデータ(下参考資料「ILAS-IIの初期観測データ」)は、日本時間の1月23日午前1時52分に、北緯65.2度、西経30.2度のグリーンランド付近上空、及び同日3時01分に、南緯64.1度、東経50.3度の南極昭和基地付近上空(下参考資料「ILAS-IIの観測位置」)において機能確認のために測定されたものを、宇宙開発事業団地球観測センターで受信し、国立環境研究所において速報的に処理・可視化したものである。この結果、高度10 km〜50 km(北半球側は高度15 km〜50 km)における、オゾンを始めとする微量気体成分の鉛直分布を、1 kmの高度分解能で取得することに成功し、ILAS-IIは予定していた機能を発揮していることが判った。
ILASでは、平成8年(1996年)11月から平成9年(1997年)6月にかけて、南北両半球でのオゾン層及びオゾン破壊に関連した微量気体成分の観測を行ってきた(下参考資料「ILASの観測」)。その結果、平成9年(1997年)春期での北極高緯度域でのオゾン破壊量の定量的把握や、北極上空での極成層圏雲(PSC)の分布及びその組成の推定、オゾン破壊に影響する硝酸の除去量の定量化などの科学的成果を上げることが出来た。
ILAS-IIでは、引き続き南北両半球極域でのオゾン層破壊の様子の継続的監視を行っていく予定である。また、ILASでは8ヶ月という短期間の運用であったため観測できなかった、南極オゾンホールの成長から消滅までの連続監視を行い、PSCなどが関わるオゾン破壊メカニズムのより詳細な理解に貢献できるものと期待される(下参考資料「オゾンホールのメカニズム」)。
また、硝酸塩素(ClONO2)などの観測により、成層圏における塩素量を測定することで、モントリオール議定書によるフロン等の規制効果の検証も行う予定である。さらに、オゾン及びオゾン破壊に関連する化学的要素と気象要素を組み入れたオゾン層変動モデル(化学気候モデル)への新たな知見を提示することにより、モデルの高度化に寄与し、オゾン層変動の将来予測の高精度化に貢献していく予定である。
(注)検証実験:同一の測定対象空気塊に対して衛星観測(ILAS-II)と時間的・空間的に同期させた独立の測定(気球観測など)を遂行し、衛星データとの比較検討を行い、衛星搭載機器の動作、データ処理システムの妥当性を評価するための観測実験。
人工衛星みどりII(ADEOS-II)は、地球を1日約14周回する。それに伴い、衛星から日の出、日の入りがそれぞれ14回ずつ起こる。ILAS-IIは、この日の出、日の入り時に地球大気をかすめてやってくる太陽光(赤外線、可視光線)を分光観測する。このような観測方法を、太陽掩蔽(えんぺい)法と呼ぶ。
ILAS-IIが日本時間の1月23日午前1時52分にグリーンランド付近上空、及び同3時01分に南極昭和基地付近上空において測定した、オゾン濃度の高度分布(赤線)。1997年の同時期(1月)にILASが観測したデータの平均値と変動幅(標準偏差の3倍)を、参照値(緑線)として示してある。また右図には、ILAS-II観測の3日前に、南極昭和基地で第43次日本南極地域観測隊によって行われたオゾンゾンデ観測結果(青線)も併せて示している。これらのデータは、15 km以上でよい一致を示していることがわかる。
ILAS-IIが観測を行った位置(赤丸) 、及び昭和基地の位置(青丸)を示す。
(上):北半球側、 (下):南半球側
この図の中には、国立環境研究所・地球環境研究センターのSTRASシステム#で計算された、高度19 km(温位475K)付近での北極域の極渦$の位置(図中の赤い線で囲まれた領域)もあわせて示されている。南極上空はこの時期は夏にあたるため、北半球に見られたような極渦は存在しない。このような計算結果を利用することで、ILAS-IIの観測が極渦の内側で行われたのか、外側で行われたのかといった予測がつく。極渦の中ではオゾン破壊に特有の大気物理化学現象が生じる場合があるため、このような情報を併せてILAS-II観測データを解析することが、オゾン層監視の上で非常に重要である。
#STRAS (Stratosphere-Troposphere Research Assisting System):モニタリングデータの解析や集中観測の計画のための気象データを用いた解析システムのこと。米国環境予測センター(NCEP: National Centers for Environmental Prediction)のデータを利用している。
$極渦(きょくうず): 極域の成層圏で晩秋から春にかけて発生する強い西風(極夜ジェット)に囲まれた巨大な低気圧性の渦。 オゾン層破壊の場となることが知られており、北半球においては日本上空など中緯度地帯までその影響を及ぼすことがある。
ILASが1997年5月9日の1日間に北半球上空で14回観測を行った位置(赤丸)を示す。この図の中には、STRASシステムで計算された、北極域域高度19 kmの極渦の位置(図中の赤い線で囲まれた領域)もあわせて示されている。ILASは、極渦の内側と外側の両方で観測を行っていたことがわかる。この日は、極渦の一部が、日本上空付近まで伸びてきていることが判る。そのような場合には、北極上空のオゾンの低い気塊の影響が、日本上空にも影響を与える可能性がある。
ILASが1997年5月9日に北半球高緯度域で観測した、オゾンの高度・経度断面図を示す。実際にILASが観測したのは、図の上に★印が付けてある経度でのオゾンの鉛直分布である。左図で極渦の中に相当する東経45〜90度付近(図中の青線、左図の青矢印)では、高度20〜25km付近のオゾンが減少していることがわかる。ILAS-IIでは、オゾンをはじめ、オゾン破壊に関連した微量気体成分の同様の観測を、南北両半球高緯度において今年4月以降連続的に行っていく予定である。
現在までの研究で、南極や北極上空で春先にオゾンが破壊されるのは、以下のようなメカニズムが働いているためと考えられている。
まず、人為起源のフロンガスが、放出数年後には高度10 km以上の成層圏に達する。成層圏に達したフロンガスは、強力な太陽紫外線を浴びて分解し、その中に含まれていた塩素(Cl)を放出する。通常、化学的に活性な塩素は、硝酸塩素(ClONO2)や塩化水素(HCl)などの、安定な物質(リザ-バ)の中に取り込まれている。しかし、-80度以下にもなる南極や北極の冬には、極域成層圏雲(PSC)と呼ばれる、特殊な雲が成層圏に現れる。この雲の表面で、安定なリザ-バ物質から、塩素分子(Cl2)が遊離する。塩素分子は春に太陽光が極域に戻った時に、活性な塩素原子(Cl)や一酸化塩素(ClO)となり、触媒反応によって急激にオゾンを破壊する。これが、「オゾンホール」の原因である。
No. | 組 織 ・ 機 関 名 | 国 名 | 研 究 課 題 |
---|---|---|---|
1 | ウォータールー大学 | カナダ | 成層圏エアロゾルおよび雲リトリーバルに対する実験室スペクトルの利用 |
2 | キュンポク国立大学 | 韓国 | 他衛星データを用いたILAS-IIの検証 |
3 | アルフレッド・ヴェゲナー極域海洋研究所 | ドイツ | 南極Neumayer 基地での気球観測、および北極Koldewey 基地での補完的地上観測によるILAS-II オゾンデータの検証研究 |
4 | 気象気候研究所 (IMK) | ドイツ | MIPAS-B を用いた成層圏におけるオゾンおよび気候関連の微量成分の観測 |
5 | 気象気候研究所 (IMK) | ドイツ | キルナにおけるO3 、HNO3 、NO2 およびClONO2 の地上観測によるILAS-IIデータの検証 |
6 | 地球化学力学研究所 | ドイツ | 気球および航空機を用いたILAS-IIデータによる下部成層圏の水蒸気分布の検証 |
7 | フランクフルト大学・気象研究所 | ドイツ | 気球観測によるILAS-II観測データ(N2O とCH4 )の検証 |
8 | 国立環境研究所 | 日本 | ILAS/ILAS-II 、地上観測、および気球観測によるオゾンとその関連物質の時空間的挙動に関する研究 |
9 | 気象研究所 | 日本 | ILAS-II データの解析における吸収線パラメータの高精度な決定に関する実験研究 |
10 | 通信総合研究所 | 日本 | CRL‐GI/UAF の共同プログラム「アラスカ・プロジェクト」による、ADEOS-II/ILAS-IIに同期したアラスカでの地上観測 |
11 | 名古屋大学太陽地球環境研究所 | 日本 | 成層圏におけるオゾン層破壊過程に関する塩素化学的解析 |
12 | 奈良女子大学 | 日本 | ILAS-IIエアロゾルデータの検証解析・気候学的研究及びバックグランド・エアロゾルと極成層圏雲の化学組成に関する研究 |
13 | 京都大学宙空電波科学研究センター | 日本 | ILAS-IIからの長寿命微量成分のデータを利用した成層圏の子午面循環の推定 |
14 | 国立極地研究所・北極圏環境研究センター | 日本 | ILAS/ILAS-IIデータに基づく、極域における小規模な大気擾乱と、その擾乱の輸送、混合、化学過程への影響に関する研究 |
15 | 東京大学先端科学技術研究センター | 日本 | ILAS-IIデータの検証と極域成層圏化学の研究 |
16 | 国立水圏大気研究所 (NIWA) | ニュージーランド | 地上測定データ、およびHIRDLS による衛星観測データとの比較によるILAS-II データの検証 |
17 | 国立水圏大気研究所 (NIWA) | ニュージーランド | ILAS-IIデータを用いた、極域・中緯度域におけるオゾン層破壊過程の解析:渦力学、HNO3 の除去、成層圏エアロゾルの特性、オゾンの減少率 |
18 | フランス国立科学研究センター・エアロノミー研究所(CNRS/SA) | フランス | 成層圏化学モデリング |
19 | フランス国立科学研究センター・応用分子科学研究所(LPMA/CNRS) | フランス | 気球搭載太陽掩蔽法フーリエ変換型赤外分光計(LPMA :Limb Profile Monitor of the Atmosphere )を用いたILAS-IIプロファイルの検証 |
20 | NASAラングレー研究センター | 米国 | CO2 混合比リトリーバルアルゴリズムの開発 |
21 | NASAラングレー研究センター | 米国 | エアロゾルおよび極成層圏雲測定のためのILAS-IIとSAGE II/IIIの観測データの比較 |
22 | カリフォルニア工科大学・ジェット推進研究所 (JPL) | 米国 | 気球搭載干渉計(JPL MkIV )によるADEOS-IIデータの検証 |
23 | カリフォルニア大学 (UCLA) | 米国 | ILAS-II観測によるエアロゾルの組成と濃度の決定 |
24 | 国立大気研究センター (NCAR) | 米国 | ILAS/ILAS-IIエアロゾルスペクトル |
25 | コロラド大学 | 米国 | POAM IIIを用いたILAS-IIの検証および極域プロセスの解明 |
26 | ジョージア工科大学 | 米国 | 高緯度域における長期的なオゾン層破壊の評価、並びにオゾン層回復の証拠を探ることを目的とした、SAGE II/III 、UARS およびPOAM による観測値に基づくILAS-IIのオゾン観測値の解析 |
27 | ハーバード・スミソニアン天文台 | 米国 | FIRS‐2 分光計を用いた高緯度気球観測によるILAS-IIデータの検証 |
28 | ハーバード・スミソニアン天文台 | 米国 | 気圧‐気温リトリーバルと極成層圏雲の検出アルゴリズムの開発 |
29 | 大気環境研究所 | 米国 | 極域成層圏の光化学・微物理モデリングの改善を目的とした、他の観測データを併用したILAS/ILAS-IIデータの利用 |
30 | デンバー大学 | 米国 | 地上からの高分解能太陽スペクトル観測により決定される大気成分プロファイルを用いたILAS-IIデータの校正/検証 |
31 | 国立大気研究センター (NCAR) | 米国 | ILAS-II水蒸気データの解析と検証 |
(合計:7ヵ国、27機関)