プレスリリース

このプレスリリースは宇宙開発事業団(NASDA)が発行しました

プリント

冬の天候から夏の天候をつなぐ北極域雪氷圏
-北極の冬の気候と日本の夏の気候の関係を解明-

平成15年8月6日

海洋科学技術センター
宇宙開発事業団

概要

 海洋科学技術センター(理事長 平野拓也)と宇宙開発事業団(理事長 山之内秀一郎)の共同プロジェクトである地球フロンティア研究システム(システム長 松野太郎)の国際北極圏研究センター(プログラムディレクター代理 田中教幸)の立花義裕研究員と山崎孝治研究員らのグループは、冬の北大西洋と北極域の気圧配置の関係から夏の大気の循環を予測する可能性を明らかにした。
 今まで、日本の夏の気候の傾向は、エルニーニョ現象など、南からの影響がよく知られているが、今回の研究で、北極および高緯度の冬の気候も日本の夏の気候に影響を与える大きな要素の一つであることがわかった。また、夏の気候から冬の気候を予測する研究は知られているが、今回の研究で、冬の高緯度の気候も、夏の気候に影響を与えることが証明された。


図1

今年の冬のパターンに相当。「負」のパターンの冬は、ユーラシア大陸の温度は低温になる。 今年の春のパターンに相当。春には、ユーラシア大陸の積雪や、北極(バレンツ海)などの海氷が多くなる。
雪の量の変化は、春に雪が溶けても土壌水分量に影響を与え蒸発・降水・温度変化の熱量・輸送過程を通して大気の過熱に影響を与えると考えられる。
オホーツク海、東ヨーロッパ、イギリス、アメリカ大陸上など低気圧が強まる場所は、図1中央で示した積雪変動や海氷変動が大きな場所にほぼ一致する。オホーツク海に低気圧が見られることは、通常は高気圧が発生するオホーツク海が、低気圧になることを示す。

*冬季NAO/AO(北大西洋振動/北極振動)が「正」の場合は、上記の冬から夏への流れがすべて反転し、積雪や海氷が減少し、オホーツク海高気圧は発達する。

 この冬の北大西洋と北極域の気圧配置の関係と夏の大気の循環との関係は、8月上旬に米国地球物理学連合(American Geophysical Union )発行の地球物理研究レター(Geophysical Research Letter)に掲載される。

背景

 冬季北大西洋に存在するアイスランド低気圧(用語1)とアゾレス高気圧(用語2)がともに強まったり弱まったりする現象(大気のシーソー現象)を北大西洋振動(NAO)と呼びヨーロッパの冬の天候を支配する現象として古くから知られている。また、北極域と中緯度域の大気圧のシーソー現象は、北極振動(AO)と呼ばれる。北極域の気圧が低くなるときをNAO/AOが正といい、気圧が高くなるときをNAO/AOが負という。冬のNAO/AOに関連して、中高緯度の夏の大気循環を論じた研究は今までになかった。
 一方、夏に日本の北に発生するオホーツク海高気圧は日本に冷夏や米不足など冷害をもたらす高気圧として古くから知られており、オホーツク海高気圧の強弱が日本の夏の気候と大きく関連していることも知られている。

発見及び考察

 毎年の冬と夏の大気の関連性を調査したところ、NAO/AOが正である冬に続く夏の北半球北緯60度付近は高気圧になることが判明し、特にオホーツク海高気圧は強まることが示された。最近の傾向として、NAO/AOは正のトレンドがあり、地球温暖化との関係が示唆されている。NAO/AOが正だとオホーツク海高気圧は発達する傾向にあるので、地球温暖化により、日本の夏は必ずしも暑くならない可能性がある。今年の冬はこれとは逆にNAO/AOは負であった。

相関係数

二つの量の関係の強さの指標。1に近いほどお互いの関係が強く、0に近いほどお互い関係がないことをあらわす。
たとえばオホーツク海は、0.6程度であり、これは冬季の大気NAO/AOと夏季のオホーツク海の高気圧にはかなり良い関係があることを表している。

参考1 冬の北大西洋振動・北極振動(NAO/AO)が負の年の初夏の対流圏中層(高度5千メートル付近)の大気の流れのパターン

参考2の積雪の多い地域や海氷の多い地域に対応して、その上空の大気は低気圧循環になる。特にオホーツク海上空の低気圧性循環がもっとも大きい。地上のオホーツク海高気圧は弱まることになる。大ざっぱに見ると、概ね北極側が高気圧、低緯度側(北緯60度付近)が低気圧傾向になることも示している。


 これにより、今年の夏のオホーツク海高気圧は強くならない傾向にある。また、大気圧は短期の記憶しか持たないことを考えると、北極及びその周辺地域の冬の気候と日本の夏の気候をつなぐものとして、長期の記憶を持つ大陸規模の積雪量、海氷、海面水温との関係があげられる。今年の冬は、積雪量、海氷共に多く、海面水温も低かった。


参考2 冬の北大西洋振動・北極振動(NAO/AO)が負パターンの年の春の積雪、海氷の分布図。

参考2ーa:2月、3月、4月の積雪、海氷、海水温の量、変化を表した図。寒色系統の色は、平年よりも積雪や海氷が多く、海水温が低温(つまり寒い)であることに対応する。ヨーロッパの積雪は多く、ヨーロッパの北側の海氷が多い。
参考2ーb:5月、6月、7月の積雪、海氷、海水温から、”平均より寒い”様子を表した図。オホーツク海の北の東シベリア積雪やアメリカ大陸の積雪は多く、ヨーロッパの北側の海氷が多い。

問合せ先

用語説明

1:アイスランド低気圧:

太平洋のアリューシャン低気圧に対応する北大西洋北部の半永久的な低気圧。北米大陸やメキシコ湾で発生する低気圧は北米大陸東岸を北東に進み、発達して、アイスランド島を中心とした海域で最終段階を終える。

2:アゾレス高気圧:

北大西洋東部のアゾレス諸島の南西に中心がある海上の大高気圧をアゾレス高気圧と呼ぶ。極と赤道との温度差により、上昇して上空で極に向かって流れる空気が亜熱帯上空で集積して、その一部が沈降し、亜熱帯地方に帯状の高気圧を作る。この半球的な大規模な流れに由来する亜熱帯高気圧の一部。アゾレス高気圧は年間を通じて明瞭に形成され、冬はその中心が少し南下する。この高気圧の南半分で吹く北東の風が大西洋の貿易風で、この気圧と風の系は広くメキシコ湾にまでのびている。

北極域及び中緯度域の気圧と日本の夏の関係:

北極域の気圧中緯度域の気圧NAO/A0オホーツク海高気圧日本の夏
低い 高い 強い 冷夏
高い 低い 弱い 猛暑