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向井千秋宇宙飛行士 写真 「有人宇宙飛行研究の最前線――生命科学のアプローチ」
			向井千秋 JAXA宇宙飛行士
向井千秋宇宙飛行士 写真 向井氏は、人間、小動物、植物など地球上で育まれた生命体が宇宙に飛び出したときにどんな影響を受けるのかを中心に、宇宙環境を利用したさまざまな生命科学の研究に携わってきました。今年の9月までNASAジョンソン宇宙センターに勤務していましたが、現在はフランスにある国際宇宙大学の客員教授として後継者の指導にあたっています。
火星の有人探査について

宇宙空間に長期間滞在すると、この火星人のようになってしまうのでしょうか……宇宙はたいへんおもしろいところです。宇宙環境は、生命体に大変影響を与えます。何の準備もなく火星まで出て行くと、そのうち火星人のようになってしまうかもしれません。なぜならば、火星に行くにはかなりの時間がかかるからです。計算によると、2014年1月に地球から火星に出発して、火星に到達するまで161日あまり。そして、地球に帰還するために都合がいい位置関係になる2016年1月までの573日間を火星で過ごし、その後154日間かけて地球に戻らなくてはならない。およそトータル2年半という非常に長いものになるのです。
半年くらい宇宙飛行をすると、元気な男性で6〜7%の骨密度が減ってしまいます。それが直線的に加速されるとすると、30カ月でおよそ20〜25%の骨密度を失ってしまうので、火星人のような、軟体生物みたいなものになってしまう可能性も出てきます。骨ひとつ取ってみても、長期にわたって宇宙を飛ぶということは、非常に難しいことなのです。

月を有人火星探査のためのテストの場として、いろんなことをやっていくとしても、国際宇宙ステーションで、ライフサイエンス、医学、生命体を地球から外に送るための検証、起こってくるメカニズムなどをさらに解明しなければなりません。
国際宇宙ステーションは、高度約400kmの地球周回軌道に入っています。つまり、ここでは無重力――重力のない、物の落ちない世界が作り出されているのです。この状態は、周回軌道か、天体の重力が釣り合っているラグランジュポイントでないと作ることはできません。ですから、国際宇宙ステーションは、周回軌道にある実験室として大きな意味があるのです。
既存の重力レベルがほぼゼロ、つまりマイクログラビティという国際宇宙ステーションの環境を利用してさまざまな実験が行われています。ここでは、遠心力とうまく組み合わせて、どんな重力でも作ることができるので、地球では恒常的に作り出すことができない微小重力の環境で何が起こっているかを調べるのに最適な施設なのです。

目からウロコが落ちる
私の1回目の飛行は2週間でした。帰還の時となり、地球に近づくと、どんどん重力が増してくるので、身体もそれにつれて重くなってきました。2週間も重力のない空間にいたので0.3Gでも1Gくらいに感じます。ヘルメットは重くなるし、誰かが肩の上に乗って押さえつけてくるような感じで、地球が近くなってきたことを実感しました。
重力が増すごとに、今まで浮いていたものが沈み始める。壁にマジックテープで付けられてふわふわ浮いていた紙が、自分の重さで垂れてくる。持っていたボールペンを手から離してみると、だんだん落ち方が早くなってくる。物が落ちることをとてもおもしろく感じながら帰還してきました。着陸時には、安堵感と同時にちょっと寂しさも感じたほどです。
よく宇宙で何がおもしろかったかと聞かれるのですが、私の場合、それは宇宙での経験ではなく、地球に帰ってきたときのことです。
私は地球が見たくて宇宙に行ったのですが、宇宙から見た地球の美しさや、重力のない世界のおもしろさは、ある程度期待していたことだったので、その差が少なかったのです。それに対して、宇宙で2週間過ごして地球に帰ってきたときは、この世界がものすごく異様だということがわかったのです。物を落とすと落ちる。今まで物が落ちない世界にいると、落ちることが不思議でならなかった。物が置いてある。重さがない世界では、物を置いておくことはできなかったのです。

左の籠の中に何があるかわかりますか? フィルターを外さなければ見えない本質がある。しかし、人間はこのフィルターを超越する想像力をもっている左の籠の中に何があるかわかりますか?(左図参照)
左の籠には青いフィルターをかけてあります。この中のものは、青い色で書いてあるから何があるのかわからないのです。この青いフィルターを取り除くと、右の絵のように青い鳥が見えます。
この青いフィルターが重力だとすると、私たちはこの世界とそこで起きている現象を、重力というフィルターを通して見ていることになります。ですから、そこで何が起こっているかを見極めることは難しいのです。
しかし、アインシュタインやニュートンは、わざわざ宇宙に行って青い眼鏡を取らなくても、地球上の現象で起こっているもとに何があるか、そういったものがわかっていた人たちなのです。人間の想像力の素晴らしさを感じます。
火星を目指す
いまや、火星飛行は夢物語ではなく、NASAを含めたさまざまな研究機関で現実的なものになってきており、何がリスクファクターになるかを検討しているところです。
もちろん、火星に行くには肉体的にも精神的にも大きなチャレンジが必要となってくるし、いろいろなテクノロジーが必要となりますが、難しいものを目標にすれば、それだけそこから派生するテクノロジーも多くなります。そういう意味でも火星というのは目指すだけの価値があるのです。
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