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金星探査で惑星気象学の確立を 金星探査機PLANET-C プロジェクトマネージャ 中村正人
金星は地球にもっとも近い太陽系惑星で、大きさや質量などが地球に似ているため、地球の兄弟惑星と言われています。地球からは明け方と夕方のみ観測でき、日本では、明け方に見えるものを「明けの明星」、夕方に見えるものを「宵の明星」と呼び、古くから人々に親しまれてきました。しかし、これまでの観測により、金星の環境は地球と大きく異なっていることが分かりました。金星は二酸化炭素の大気で覆われ、その地表面の気圧は約90気圧、温度は400℃以上という灼熱の惑星だったのです。金星と地球はともに約46億年前に誕生しました。なぜこの2つの惑星が異なる道をたどったのでしょうか。JAXAでは、2010年に金星探査機PLANET-Cを打ち上げ、金星の大気の謎に迫ります。
日本オリジナルの金星探査
金星

金星
赤道直径 12103.6km
質量(地球=1)0.815
平均密度 5.24 g/cm3
表面重力(地球=1)0.91
公転周期 224.7日
自転周期 243.01日
金星の写真はアメリカの「パイオニア」による撮影。(提供:NASA/JPL)


旧ソ連の「ベネラ13号」が撮影した金星地表(提供:NASA/NSSDC)
旧ソ連の「ベネラ13号」が撮影した金星地表(提供:NASA/NSSDC)

アメリカの「マジェラン」による金星の地形図(提供:NASA/NSSDC)
アメリカの「マジェラン」による金星の地形図(提供:NASA/NSSDC)

Q. PLANET-Cの目的は何ですか?

PLANET-Cは日本で初めての金星探査機です。金星全体の大気の動きを調べ、金星の気象学を確立することが目的です。金星大気の流体力学に重点をおいた観測はこれまで世界的にも例がなく、日本が初めて行います。
金星の大気循環のしくみには、まだ解き明かされていない謎があります。金星は自転周期が243日で、ほとんど動いていません。ところが、周りの大気は秒速100mの速さで流れ、約4日間で金星を1周しています。大気が地面の60倍もの速さで回転しているのです。金星のこのような風は、「スーパーローテーション(超回転、日本の気象学用語では四日循環)」と呼ばれています。通常、真ん中の地面が止まっていれば、周りの大気は地面との摩擦によって止まってしまうと考えられますが、金星の場合は周りだけ動き続けています。この不思議な暴風のメカニズムを知るためにも、雲の細かな動きや風速分布を詳細に調べたいと思います。

Q.なぜ金星を探査しようと思ったのでしょうか?

これまでロシアやアメリカの金星探査機によってある程度のことは分かりましたが、まだまだ未知なことがたくさんあります。
1960年代から80年代にかけて、旧ソ連は金星にたくさんの探査機を送った時期がありました。ベネラ(ロシア語でヴィーナスという意味)シリーズと呼ばれる探査機は、金星の大気中にプローブ(観測機器)を投入し、降下する間に大気成分を調べたり、地表面の写真を撮りました。金星はとても熱いのでプローブは1時間ほどしかもちませんでしたが、その時の観測によって、大気の成分や温度構造、気圧など大まかなことが分かりました。また、1989年に打ち上げられたアメリカの金星探査機「マジェラン」は、レーダーを使って金星地表の精密な地図を作りました。しかし、それ以降10年以上もの間、金星への探査が滞っていたのです。
そこで私たちは、未だ解明されていない金星の大気を全体的に調べる探査を計画しました。外国の二番煎じではなく、日本オリジナルのことをして世界的に貢献できる成果を出したいと思いました。衛星をはじめ、観測機器など、すべて日本独自の技術で作っています。
さらに、日本の惑星探査としては 「のぞみ(PLANET-B)」で火星を狙いましたから、もう一つの地球型惑星である金星が次のターゲットとしては大事だろうとも考えました。これは比較惑星学の考え方からは大切なことで、条件の異なるデータを異なる場所から集めてくることが大事なのです。なぜ一つの惑星に集中しないのですか?という質問をよく受けますが、私たちが集中しているのは、今の場合“惑星の気象学”という学問分野であって、一つの惑星ではありません。ちょうど火山の研究のためには富士山を研究するだけでは駄目で、浅間山も桜島も調べなければならないのに似ていますね。

金星のさまざまな姿を見る
PLANET-Cは異なる波長の光で金星のさまざまな姿を見る。上から雷(可視光線)、雲の温度分布(中間赤外線)、雲頂の化学物質(紫外線)、地表面(近赤外線)、下層大気(近赤外線)。
PLANET-Cは異なる波長の光で金星のさまざまな姿を見る。上から雷(可視光線)、雲の温度分布(中間赤外線)、雲頂の化学物質(紫外線)、地表面(近赤外線)、下層大気(近赤外線)。(提供:池下章裕)

金星をとりまく暴風、スーパーローテーション
金星をとりまく暴風、スーパーローテーション

Q.どのようにして金星の大気を調べるのでしょうか?

金星には高度45〜70kmのところに厚い硫酸の雲があり、惑星全体を覆っています。そのため、金星の雲の内側を見ることができません。地球から見て金星がきらきら光り輝いて見えるのは、その雲が太陽光を反射しているためです。また、金星の大気の主成分である二酸化炭素が温室効果を起こし、地表面温度は非常に高温です。その地表面からは熱が赤外線として放射されますが、通常、赤外線は二酸化炭素の大気や雲に吸収されて、雲の上に漏れ出てくることはありません。しかし、15年ほど前に、ある特定の周波数帯域の赤外線だけは、金星の大気を通り抜けることが発見されました。赤外線とは、波長が0.7μmより長い(μm:マイクロメートル=1000分の1mm)の光ですが、例えば、波長が1.0、1.7、2.3μmの赤外線は、二酸化炭素に邪魔されないで雲の上に出てくることが分かりました。地表から出てきたその光をもとにして、金星の雲の影を見ることができますので、その影の動きを調べれば金星大気の動きが分かります。さらに、赤外線や紫外線など異なる波長で観測することによって見える現象も違ってきますので、金星のさまざまな姿を見ることができます。PLANET-Cは、いろいろな波長の光を使って違う高さの大気現象を同時に撮影し、金星大気の動きを三次元的に調べます。さらに、金星大気の持つ運動量、つまり、ある大気の塊から次の大気の塊までどのように力が伝わっているかを広範囲に観測します。
また、金星の雲にはむらがあります。むらがあるということは、金星の大気が一様ではないということを示しています。雲の濃いところと薄いところでは、気流方向や温度が違うかもしれないし、大気成分が違うかもしれません。このように違った大気の塊が、お互いにぶつかって力を及ぼし合うことによって、金星内部からの角運動量を持ち上げ、それが大気を加速しているのではという、金星のスーパーローテーションに関する有名な仮説があります。角運動量とは、駒が回っている時の勢いのように、物体の回転運動によって生じる運動量です。PLANET-Cで微妙な雲の動きを追いかけ、そのデータを積み重ねることによって、初めて、大気の中をどのように力が伝わっているのか、力の波がどのように大気中を伝わっているのかが分かると思います。
   
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