雪などの悪天候の影響をほとんど受けない「Class395」(提供:日立製作所)
現在「Class395」が走るのは、高速鉄道線ハイスピード1(HS1)と在来線です。「Class395」の契約納期は2009年12月でしたが、その半年前より列車の営業運転を先行して行いました。契約よりも半年も早く営業運転を開始したことは、納期遅延が恒常化している英国鉄道業界では高く評価されました。また、「Class395」は故障も少なく、昨年ロンドンで大雪が降ったときも、他の列車がほとんど止まる中、この列車だけは運行できました。このような実績は、確実に次の大きなビジネスへとつながっています。
例えば、英国運輸省は、ロンドン〜エジンバラなど幹線の老朽化した高速鉄道車両を新しい車両に置き換える都市間高速鉄道置き換え計画(IEP: Intercity Express Programme)を進めていますが、その優先交渉権を当社が獲得し、年内には最終契約を結ぶ予定です。IEPにおいては約500両の車両を納入する予定で、英国の北部ダーラム州に車両の生産工場を建設し、研究開発センターも設置する計画があります。現地調達できる部品を増やすことで、地元からの雇用を確保するだけでなく、価格競争力を維持することもできるのです。日立は、英国に鉄道の生産拠点をつくることで、欧州本土を含めた市場拡大に本格的に取り組みたいと考えています。 Q. 宇宙産業の海外展開には官民連携が必須だと言われていますが、鉄道はいかがでしょうか? 先ほどお話したIEPは、2009年の2月に当社が優先交渉権を獲得し、2010年3月までに正式契約を結ぶ予定でしたが、財政難に苦しむ英国で政権交代があり、大幅に歳出削減をするという方針が打ち出されました。そのため一時はIEPの交渉が中断し、事業が白紙撤回される可能性もありました。このときに日本政府からご支援をいただき、その結果、交渉再開につながったと考えます。インフラ輸出の場合、政官財で日本チームを作って闘わないと勝てないと思います。
日本の鉄道技術の品質を落とさずに、現地に合うシステムを作るということが課題です。また、部品を現地調達できるような体制づくりも課題となります。日本の品質を維持するために、日本からすべての部品を輸出していたのでは、為替変動で価格に影響を受けるだけでなく、現地の雇用にも全く役立たないからです。
例えば、今、ベトナムやタイ、インド、インドネシアなどアジアの大都市が新興市場として注目されています。それらの都市は道路が渋滞し、自動車中心の都市機能がまひしてきていますので、鉄道などの公共交通機関が必要だと言われているのです。けれども、新興国の限られた予算の中で、日本品質を実現することは簡単なことではありません。そのため、ODA(政府開発援助)など政府からの支援が必要となります。
また、日本の場合もそうですが、鉄道事業は運賃で成り立っています。山手線の初乗り運賃は130円ですが、それと同じだけインドで払えるかといったら難しいです。インドの物価から考えると初乗り運賃は10円くらいだと思います。そして赤字分は、欧州などで行われているように、国や自治体が税金で補てんをするのです。
一方、日本の鉄道事業者の場合は、鉄道だけでなく、不動産やデパート、駅構内に飲食店や物販店をつくる駅ナカの開発を行って、投資した金額を回収しています。例えば不動産事業では、線路を引いて土地の付加価値を上げて、分譲住宅を販売するというビジネスモデルができています。しかし、ほかの国の鉄道事業者は副業を行っていません。純粋に鉄道だけで利益をあげるのは難しいため、税金が使われているのです。
このように、鉄道は社会インフラで、税金を使って行う事業という位置づけだからこそ、地元にどう貢献するかが求められ、現地でどれだけ雇用を確保できるかが重要なのです。そのために、私たちはメーカーとしてできる範囲で、ある程度のリスクを抱えて工場や研究開発センターを作り、相手国の要求に応えていきたいと思っています。
株式会社日立製作所 技監
1972年、株式会社日立製作所に入社。1992年、営業本部交通部長。1997年、営業企画本部企画部長。2000年、電力・電機グループ電機システム統括営業本部交通営業本部長。2003年、電機グループ 交通システム事業部長。2005年、執行役常務、電機グループ長&CEO 兼 交通システム事業部長。2007年、執行役常務、電機グループ長&CEO 兼 交通事業強化本部副本部長。2009年、執行役常務、社会・産業インフラシステム社社長 兼 IEP推進本部長。2011年より現職。