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CGの新技術が可能にした映画で見せる「はやぶさ」の生き様2012年2月11日に映画『はやぶさ 遥かなる帰還』(東映製作)が公開されます。この映画では、新しいCGの技術で「はやぶさ」を“生きているように”動かすことに挑戦し、俳優の渡辺謙さんと「はやぶさ」がダブル主演しているかのようです。映画の原作となった「小惑星探査機 はやぶさの大冒険」の著者である山根一眞さんと、CGを担当した野口光一さんが対談し、映画製作の裏側に迫ります。対談 ノンフィクション作家 山根一眞 映画『はやぶさ 遥かなる帰還』VFXスーパーバイザー 野口光一

生きているかのように動く「はやぶさ」



山根:『はやぶさ 遥かなる帰還』はすばらしい映画に仕上がりましたね。私は2003年5月の打ち上げから2010年6月の地球帰還まで「はやぶさ」プロジェクトを取材し続けてきましたので、その長い年月を、2時間16分というわずかな上映時間の中でどこまで再現できるのかちょっと不安だったんです。でも初号試写を見て、席から立ち上がれないほど感動しました。

野口:私が初めて編集ラッシュ(荒く編集した状態)を見たのは昨年の8月頃で、その時点では音楽もCGもなく、役者の台詞だけでした。でもすごく面白かったんです。私はこれまで約30本の作品に携わってきましたが、台詞だけでもこんなに面白いものができるんだと思ったのは初めてでした。瀧本智行監督からはCGのシーンを20分くらい作ってほしいと言われていましたが、編集ラッシュを見終わった後、「CGはいらないんじゃないですか?」と言ってしまったほどです(笑)。

山根:でもこの映画ではCGがとても効果的です。「はやぶさ」に搭載されているカメラのレンズを「はやぶさ」の眼として表現しているので、あたかも「はやぶさ」が意志を持っているかのように感じるんです。この表現は実に見事! 監督からはどんな注文があったんですか?

野口:最初に監督からは「渡辺謙さんと『はやぶさ』はダブル主演です。『はやぶさ』を生きているかのように見せて、『はやぶさ』にも渡辺謙さんと一緒に演技させてください」と言われました。「はやぶさ」は物ですから、本来は意志を持ちません。でも監督は、「カメラを眼にすれば、物であっても意志があるかのように見えるんじゃないか」と言いました。「はやぶさ」を“生きているように”見せるのが監督から与えられたテーマです。

山根:それで、搭載カメラのレンズ=「眼」を「はやぶさ」の意志の象徴にしたのかぁ。

野口:はい。でも「眼」を生きているように見せるのには苦労しました。例えば、人間の眼に近づけるために、レンズに映り込む光の点を入れました。それと、CGではズームする時にレンズを回していますが、実際の「はやぶさ」のレンズは回りません。そのような事実とは違う演出を加えて工夫をしているんです。

山根:でもそれによって「はやぶさ」がまるで生きているように描けた。具体的にはどのようなCG技術を駆使したんですか?

ミニチュア模型を使った撮影のようす
ミニチュア模型を使った撮影のようす
CG制作のために作られた「はやぶさ」の実寸大模型
CG制作のために作られた「はやぶさ」の実寸大模型

野口:今回の映画では、2009年に公開された「アバター」で注目された「リアルタイム・プレビズ」という新しい技術を、邦画として初めて導入しています。これは、ミニチュアの「はやぶさ」の模型を手持ちで動かしながら撮影監督の阪本善尚さんがダミーのカメラを操作し、その時の模型の動きとカメラワークをCGへ反映させるという技術です。これにより、「はやぶさ」の生きているような動きが可能になったんです。さらに、「はやぶさ」の機体の光の反射具合やハイライトを忠実に再現するため、実寸大の模型を作りました。その「はやぶさ」の模型をスタジオに吊して、宇宙ではどのような動きをするかを模擬し、照明を当てながらいろいろな角度で撮影してCGの元になるデータを取得したのです。

山根:宇宙にいる「はやぶさ」がどのように動くかは想像でしかなかったけれど、野口さんたちは、それをスタジオで疑似体験したということですね。

野口:どこまで再現できたかは分かりませんが、「はやぶさ」がタッチダウンした小惑星イトカワの地表の一部、9m四方の模型も作りました。そこに「はやぶさ」の小さい模型を置いて、シミュレーションしたんです。イトカワのCGの2割はスタジオで撮影した素材を使っています。全部CGで作るよりもその方がよりリアリティーがありますからね。やはり、実際の物があって作るのとゼロから作るのとでは、CGの完成度が違うと思います。

山根:原寸大や2分の1の「はやぶさ」の精密模型を作ったが、映画でその模型そのものが登場するシーンはごくわずか。精密模型を撮影した映像をもとにCG化したと聞いていましたが、そういうことだったんですね。模型を撮影することは、リアリティーを出すこと以外にも利点があったのでは?

野口:みんなで議論できたのが利点です。模型に照明を当てて、この色がいいとか、宇宙だとこうなるんじゃないかと議論しながら、方向性を決めることができたんです。みんなで話し合って共通のゴールを決めて、それに向かって作っていくという感じですね。

CGで本物を忠実に再現

山根:「はやぶさ」の映画を作ると聞いたとき、CGでどこまで表現できるのだろうと興味津々だったんですが、宇宙空間を描くときに心がけたことは?

野口:瀧本監督と撮影監督の阪本さんからは、「暗い宇宙にしてほしい」とずっと言われていました。今回は黒い宇宙がいいんだと。でも真っ暗な宇宙はあまり絵にならないし、よく見えないと分かりにくいので、宇宙を取り扱ったこれまでの映画では暗い宇宙はあまり描かれていないと思うんです。

山根:宇宙は空気や浮遊する塵もないため、太陽の光が当たっても光の拡散がない。そうすると、暗いところは本当に暗く、明るいところはものすごく明るいはずなんだけれども、これまでの宇宙映画のCGでは、どこにも明るく光が当たっていてよく見えていますよね。

野口:「はやぶさ」が旅をした宇宙空間での光源は太陽しかありません。例えば、太陽電池パネルは常に太陽に向いているのでずっと明るいんですが、探査機の底面や側面など太陽の光が当たらないところは常に暗い。地球やイトカワに近ければ惑星からの太陽光の照り返しがあって多少は探査機が見えると思いますが、そうじゃない場合は光が当たらない部分はずっと暗いわけです。そこで、深宇宙をとにかく暗く描こうということでやってみました。

山根:映画の冒頭はいきなりM-Vロケットの打ち上げシーンですが、あれはすごい迫力でした。実際の発射台の映像にCGのロケットを描き加えたと聞きました。あのリアリティーはどう出したんですか?

野口:地上でロケット先端のフェアリングが閉じるシーンのM-Vロケットは模型ですが、それ以外は全部CGです。実際に鹿児島県・内之浦宇宙空間観測所のロケット発射場に行き、制作スタッフが発射台の近くで白や銀色のボールを持って立ち、それをカメラで撮ってCG用のデータを集めました。白いボールだと、その場所に何色の光が来ているかが分かりますし、銀色のボールだと何が映り込むのかが分かります。そのデータに撮影で使ったカメラのレンズの焦点距離や、発射台までの距離などの情報を加え、より本物のロケットに近づけています。そして、「はやぶさ」の機体のCGを作るときと同じように、何度もJAXAを訪ねて先生たちに話を聞かせてもらいました。

山根:「はやぶさ」の打ち上げは2003年ですが、その当時の発射場もきちんと再現されていましたね。

野口:例えば、打ち上げ当時は後ろの建屋の奥に電波塔が立っていたとか、発射台の下のコンクリートがもっときれいだったとか、現在と違うところがいくつかあったので、できるだけ当時に近づけるようにしました。撮影した発射台も、ある程度CG技術で化粧直しをしたんですよ。

山根:ロケットが打ち上がっていくとき煙を引いていくじゃないですか。あれは、当時、「はやぶさ」の打ち上げを見たときの記憶を彷彿とさせましたよ。

野口:あの煙はM-Vロケットの打ち上げの映像を見て参考にしたほか、2010年9月に見に行ったH-IIAロケットの打ち上げの写真を加工して使っています。でも打ち上げシーンは演出上、事実と違うところがあるんです。映画では、点火前の噴射口から煙が出ていますが、実際のM-Vロケットの打ち上げでは、何も出ていません。固体燃料を使うM-Vロケットと、液体燃料を使うH-IIAロケットではそこが違うんですよね。でも噴射口から何も出ていないと雰囲気が出ないので、煙を多めに出しました。それと、ロケットは発射台の上の方向に飛ぶんですが、映画は横長の画面だから、うまく絵に入れるために、ロケットを横に飛ばしているんです。

山根:それで、現実以上の迫力だったんだ(笑)。

  
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