山根:宇宙空間に至ったロケットがフェアリングを開き「はやぶさ」を分離するシーンも感動的でした。でも、地球をスイングバイするところは、説明がないので一般の人には分からなかったんじゃないかな? 映画なので解説図を加えるわけにはいかなかったのでしょうが。
野口:やっぱりそうですか。裏話ですが、実は、広報担当の丸川靖信役の藤竜也さんが、地上で説明画像を使って地球スイングバイを説明するシーンがあったんです。でも編集でカットになりました。スイングバイのところは「はやぶさ」が飛んでいる3カットだけであまりにも短いので、「これじゃあ、分からないだろうな」ということで結局そこはカットになったんです。
山根:そのシーンは入れてほしかったなぁ。実際に「はやぶさ」が地球スイングバイをしたのは2004年でしたが、メディアの人もほとんど地球スイングバイとは何なのか分からなかったんじゃないかな。「軌道変更に成功したらしい」とか「加速に成功したらしい」というくらいの受けとめ方だったのでは。
野口:でも説明を入れたところで、「はやぶさ」に詳しい人なら分かるだろうけど、一般の人にはなかなか理解ができないと思うんですよ。私だって未だにスイングバイの仕組みがよく分かっていないし。
山根:細かい説明を入れていたら、とてもじゃないけど、約2時間という短時間には収まりませんね。
野口:この映画は全般的に説明カットがないと思いますが、それは「説明なしで見せよう」ということにしたからなんです。
山根:歴史物の映画にしてもそうですが、各々のシーンの詳しい説明がなくても、全体を通して分かればいいという作品もありますよね。大胆に説明を切り捨てたにもかかわらず、感動的な物語に仕上がっているのが、この映画のすごいところです。
「絶対にあきらめない」日本人のドラマが繰り広げられる。
アングルが限られる管制室の内部は、俯瞰気味の映像や移動撮影によって動的に見せる工夫がされた。
野口:この映画は「ドラマを中心にしたい」という思いがありましたから。
山根:現実の「はやぶさ」は、舞台の中心が「はやぶさ」を運用する管制室でした。つまり、映画にする場合は管制室での撮影が中心となり、シーンの変化がないこと は明らかだったのです。にもかかわらず、台詞のやり取りだけで、山あり谷ありの映画によく仕上げたなあと感心しています。しかも、できるだけ事実に忠実な再現を目指していますし。
野口:JAXA・相模原キャンパスや内之浦のロケット発射場、カプセルが着陸したオーストラリアのウーメラ砂漠など、実際の場所で撮影をしているというのも、リアルさを出しているところだとは思います。でも私はこの映画に携わるまで、「はやぶさ」にあんなすごいドラマがあったとは知らず、映画を作りながらいろいろ勉強していったんです。この映画は山根先生が取材された本が原作なので、事実なのは分かっていましたが、これって実際にあったことなのかなあと思うこともありました。
山根:全部、事実です。ただ、一部映画ならではの演出もありましたね。たとえばイオンエンジン担当のJAXA教授とNECの技術者が対立するところ。役のモデルとなっているのはJAXAの國中均先生とNECの堀内康男さんですが、実際には映画のようなあれほど激しいやり取りをしたことはなかったはず(笑)。別のシーンでは、NECの技術者がプロジェクトマネージャーを「大嫌い」と言っていますが、もちろんあれも事実とは異なります。でも脚本家の西岡琢也さんによれば、映画は、人と人が対立する「見せ場」がないと成り立たないため、あえてああいうシーンを設定したそうです。あくまでも映画ということで、國中先生も堀内さんも納得されているようですし。
野口:面白く見せるという意味では、CGでもいくつか演出をしています。例えば、さっきのロケットの打ち上げのシーンもそうですが、ほかにもJAXAでイオンエンジンの中和器のビームを撮影させてもらったときに、実際にはビームは目で見えなかったけれど、そのまま再現すると映画を見ている人には伝わりにくいので、見えるようにブワーっと出したり。詳しい人が見たら、突っ込みどころがいろいろあると思いますが、一般の人にも分かりやすい映画にしたかったのでご理解いただけたらと思います。
山根:とはいうものの、「はやぶさ」に詳しい人にだけ分かる、「にくいなあ」と思うシーンが結構ありますね。映画の最初が、「はやぶさ」内部のイオンエンジンの電気回路にあるダイオードから始まっているのは、実ににくい演出ですよね。イオンエンジンのクロス運転のことは一般の人にはよく分からないかもしれないけれど、「はやぶさ」の地球帰還では重要な措置でした。最初のシーンが、その伏線になっているのは何ともニクイ。でも実際のダイオードは、あんなふうには電子基板についていなかったはずですけど(笑)。
野口:映画を作っていて疑問に思ったんですが、行方不明になった「はやぶさ」からの電波を探すときに、臼田宇宙空間観測所の人がモニターを見て探していましたよね。あれ、コンピュータで自動検出するようにはできなかったのですか?
山根:そのことは、「小惑星探査機 はやぶさの大冒険」を出版した後に臼田を訪ねて聞いていて、それを東映の製作チームの一部の方には伝えています。自動検出ができない理由はこうです。
「はやぶさ」に搭載した送信機の送信周波数は水晶発振器によるものですが、温度変化があると水晶発振器の周波数はズレてしまう。行方不明になってからの「はやぶさ」は内部の温度がかなりの低温になっているため、送信周波数が不安定であることは明らかでした。ラジオで例えれば、受信側がどこにダイアルを合わせれば「はやぶさ」の電波をキャッチできるかが分からなかった。そこで、ある周波数の幅を1000刻みにして、それぞれにダイアルを合わせて、モニターで「はやぶさ」からの電波の「山」が出ていないかを数分間見ることを続けたそうです。
そもそも「はやぶさ」の電波は3億kmも離れたところから届く超微弱な信号です。しかも、送信出力はタクシー無線程度。宇宙にはいろいろなノイズがあるので、その中でほんの少しだけ出てくる電波を探さなければならず、コンピュータまかせでは難しいのだそうです。
野口:だからアナログの方法で、目で見て探さなければならなかったのですね。モニター画面をビデオで録っていたのはなぜですか?
山根:「はやぶさ」からの信号は、モニターにはほんのわずかな「山」として表示されるので見逃すことも考えられますし、トイレに行くためにモニターから離れることもある。そこで、画面の波形をビデオに録り続け、後で早送りをして確認していたそうです。臼田のチームは40日間以上「はやぶさ」からの電波を探し続けたわけだけど、この作業を1時間も続けると頭痛がしてくるほどで、臼田の人は「当時の日々は地獄だった」とおっしゃっていました。映画では、長嶋一茂さんがその地獄の作業を演じていますが、彼が「はやぶさ」の信号を見つけた瞬間の表現が見事で、涙が出ちゃいました。
CG制作風景
イトカワの模型を手にする野口氏とCG制作チームのメンバー
野口:しかも、1年間探して見つかる可能性は70%だったんですよね。私たちの場合、仕事の納期が決まっていてゴールが見えますが、見つかるかどうか分からない電波を探すというのは、根気のいる仕事だったと思います。
山根:この映画の製作に携わったみなさんも、大変な思いをして仕上げているのではないですか?
野口:私たちCGチームは、納品期日を2週間後に迎えた頃から、スタッフ全員ほぼ毎日泊まり込みで作業をしていました。CG作成のための計算時間を短縮するために、合計200台のコンピュータをフル稼働して作業をしましたが、最後の方は本当に時間がなくて・・・。映画の中で「『はやぶさ』が待っています」という名台詞があるんですが、誰かスタッフが帰ろうとすると「『はやぶさ』が待っているから、計算して帰りなよ」と言って、引き留めたりして(笑)。映画を見ながら励まされて、とにかくやるしかないと思ったんです。
山根:まるで「はやぶさ」のプロジェクトチームですね。
野口:実際の「はやぶさ」チームの人たちも泊りがけで作業したと取材でうかがいました。このような「はやぶさ」の真実の話が、CGを作るときにシンクロして、とてもいい経験になったと思います。私たちは技術屋で、技術的に新しいことに取り組まないと映画はできないけれど、その技術だけでは映画を完成させることはできません。製作スタッフのチームワークも必要なんです。
山根:そういう意味では、本物の「はやぶさ」チームと似ているところがありますね。