黒スケーリーフット(通称:クロスケ)(提供:JAMSTEC)
スケーリーフットはインド洋の深水2,500mの深海底に生息する、硫化鉄のウロコをまとった巻貝です。コンピュータゲームの中でしか見かけないような空想上の生物みたいな珍種で、2001年にインド洋で発見された時には世界的に大きな話題となりました。スケーリーフットは深海底で生きていた貝なので、そこら辺の海水と一緒に入れたらバクテリアの影響で皮膚炎になってすぐに死にます。スケーリーフットの飼育法はまだ研究中で、地上ではまだ3週間しか生きられないので、日本まで飛行機で送りました。生きているスケーリーフットを皆に見てもらって、僕たちがそれを初めて見た時の感動を伝えたかったんです。
伝わっているといいなと願います。それにそのための努力はやっていきたいと思います。深海生物の写真や標本を見ると、こいつがどんな姿で海底にいるのだろうと想像しますよね。でもその想像は、リアルを知ってこそ、さらに膨らませることができる。そういう意味でも、生きたリアルな姿を見せたいと思ったんです。だけど現実には、自分が想像したことと本物には違いがあるわけで、それを知った時に何を感じるかがすごく重要です。僕らがなぜ人の行かない深海に行くかというと、自分の想像が全然当てはまらないということを毎回感じるからです。
まだ見ぬ深海の、暗黒の熱水活動には、人類がまだ出会ったことがない生物がひっそりと生きているに違いありません。僕はその生物を最初に発見したい。それに向かって走り続けて、途中でバタッと倒れて死ぬことが僕の夢です。
2009年のインド洋航海にて。海底で白いスケーリーフットの集団を発見した高井さんは「勝った!」と思った。白くて茶色いのがスケーリーフット。(提供:Ken Takai/JAMSTEC)
自分にです。途中くじけそうになったり負けそうになるのを乗り越えながら、最後の最後に勝ったという感じですかね。僕はこれまで30回近く深海に潜ったと言いましたが、希望を出した人が誰でも潜れるというわけではありません。自分の想像力や妄想を頼りに提案書を書いて、上層部をうまくその気にさせて認めてもらうという、詐欺師のような才能が僕にあったから30回も行かせてもらえたんです。もちろん業績を出して詐欺師ではないという証明をしてきたから、それだけの回数潜らせてもらったわけですけど・・・。いつも「何も見つからなかったらやばい」というプレッシャーがあって、不安や苦しみと闘いながら、自分が想像したことを信じるんだ!と己を奮い立たせてやっています。だから、何か発見したとき「勝った!!!」という気持ちが湧いてくるんです。
「楽しいという好奇心で研究をしている」という気持ちを大事にしてほしいです。要するに、サイエンティスト自らが自己規制をかけてほしくない、ということです。
例えば、僕は「しんかい12000」を作る予算をつけてほしいと学術会議でお願いしていますが、学術会議でそれを評価するのは科学者です。なのに、「○百億の予算に見合った定量的な成果があるのか?」と質問してくるわけです。そんなチンケな事を科学者が言ったらダメだと思うんですよ。「どれだけの成果があるか分からないけど、世界観を変えるようなスケールの大きなプライスレスな研究成果があげられる自信があるならやってみろ。ただし失敗したら責任はとってもらうよ」と言ってほしいんです。探査の先にどんな利益が隠れているか分からない。だけど、もしいろんな意味での大きなリスクとゲイン(gain)の可能性があるのなら、どうなるか分からないというリスクに怖じ気づくのか、あるかも知れないゲインに対して投資をするのか。これについては、もはや科学者の決断ではなく、国家の決断だと思うのです。そして国家はそれをロジックだけでなく、私たちの国はこうありたいんだというビジョンや心構えで決めるべきだと思います。
僕は、多くの子どもが将来JAMSTECや海洋に関わる研究機関や企業や組織で働きたいと思ってくれたり、そのために頑張って勉強したり、いろんな人たちと交流したり、直接的でなくても間接的に「海」や「生物」や「環境」に対して興味や関心を持ってくれることは、○百億円では量れない価値があると確信しています。そして、それが国家予算の使い方だと信じています。これだけの予算をつけてくれたら私たちの暮らしがこれだけ良くなります、なんてことは科学者は説明しなくていいんです。それを強要するから、科学者の楽しいという気持ちがどんどん弱くなって、サイエンスにも夢がなくなっていくわけです。僕は周りにバカと言われようが、夢でお金をくださいと言い続けますよ。研究者というのは、夢を売って何ぼですから。
平朝彦JAMSTEC理事長と高井さん(提供:JAMSTEC)
どんな若い人でも、間違っていると思ったら意見を言えば良いし、それが科学の大前提だと僕は思います。JAMSTECの良いところは、若手であっても理事長に「あんたが言っていることは間違っている」と言えるところです。理事長との飲み会で、若手も理事長に意見していますからね。あまり大きい組織だとそういうことはできないと思いますが、JAMSTECはそれができるギリギリの規模です。科学的事実の前で人は平等であり、地位や名声、年齢に関わりなく正しいことを言ったヤツが一番偉いという、絶対的ルールがJAMSTECにはあるから、僕達はすごくフェアな気持ちで働く事ができます。
ただ、組織を動かそうと思ったら、論文を数多く出すとか、賞に応募して箔をつけるといった、それなりの実力の裏付け(実積)が必要な事は当然です。上を黙らせるには、それだけの実力をつけなければならない。例えば、ある人がすごい論文を書く能力があって実力があると認められたら、その人の意見はやはりないがしろにはできませんよね。あいつはああ見えても実はすごいんだというモノは、ちゃんと作り上げていかなければなりません。
JAXAというかJAXAで働く人達みなさんに期待することは、JAXAで働く事に誇りを感じてほしいということと、JAXAの研究や開発に覚悟を持ってやってほしいということです。何か偉そうな事を言ってすみません(笑)。僕は何も考えていない能天気な人間に見えるかもしれませんが、実は、自分の意見を言うときに、覚悟を持って発言しています。これで JAMSTECをクビになっても構わないと、常にそう思いながら発言しています。覚悟を持って、これが正しいと信じて発言すれば、悪気がないことは相手に伝わるだろうし、その覚悟も絶対に伝わっているはずなので。だからみんながその覚悟を持って仕事をすれば、もっと素晴らしい組織になると思います。
JAXAは JAMSTECよりかなり大きな組織ですが、そのせいか個人があまり目立たないような気がします。もしも組織がそれを目立たないようにしているとしたら、おかしいと思うんですね。例えば僕は、「しんかい12000」で何かあったら自分が責任をとりますと言っています。もちろん本当は責任をとるのはもっと上の人間なので、何かあったら理事長が責任をとればいいと思っています(笑)。そのような個人の覚悟や想いをもっと外に見せられるような自由で風通しのいい明るい組織になれば、JAXAももっと魅力的な研究機関になると思います。これも偉そうな事でホントすみません(笑)。
ただ、JAXAも清く明るく楽しい研究所になって、「楽しくて何がダメなんですか」と堂々と言ってほしいなと(笑)。だって、サイエンスってめちゃくちゃ楽しいものなんだから!
関連リンク: JAMSTEC(海洋研究開発機構)