―― 他にも捨てるべきというものがありますか。 立花 すでに国是として前から捨てているものに、軍事宇宙技術があります。しかし、このたびの情報収集衛星の打ち上げによって、軍事技術も、攻撃的なものでなければいいというデ・ファクトの基準ができたことになります。情報収集衛星というのは基本的に汎用の地表観測衛星ですから、ここまでは宇宙の平和利用の国是を破ったことにはならないと思います。しかし、攻撃的宇宙技術と防衛的宇宙技術の間には、微妙なグレーゾーンがいろいろあるわけですから、これも議論を今から積み上げておいたほうがよいと思います。 もう一つ大事な論点は、日本の航空技術をどうするかという問題です。 日本の航空技術は、戦前世界のトップ水準にありながら、敗戦後の占領政策(日本の航空技術はつぶして再起不能にする)によって無惨なまでに解体(航空機研究は禁止)されました。その後占領終結とともに、航空機研究は再開されましたが、昔の水準に戻ることはありませんでした。世界に冠たるものだった日本の航空機産業は、戦後自動車会社や重工業会社になってしまい、飛行機を細々作っているところもありますが、世界的な航空機メーカーとしては復活しませんでした。日本の航空宇宙技術はさまざまな歪みを内蔵していますが、その多くが、この時期の断絶に端を発しています。大学の航空宇宙工学の講座が弱いのもそのためだし、航空宇宙産業が産業として弱体なのもそのためです。JAXAができても、JAXAだけでは、日本の航空宇宙に明るい未来がありません。航空宇宙をもりたてるためには、それに大学と産業が加わって、コミュニティとして全体が一体となって共存共栄していく体制が必要です。 一つの領域を盛りたてていくために何より必要なのは、マンパワーです。特に、宇宙航空のような未来領域に必要なのは、金で雇えばすむマンパワーでなく、若い世代の意欲を積極的に吸収し活用していくことで生まれてくる、高度にインテリジェントでエナジェティックなマンパワーです。その維持育成と、ターンオーバーに不可欠なのが大学です。半分大学同様の組織であったために、ろくに金もないのにそういう良質のマンパワーを広く安く集め、世界的な業績をあげつづけたのが宇宙研でした。宇宙のそういうメリットをJAXAがどれだけ受けついでいけるか。より広くはJAXAと大学の関係をどうするかも大きな問題です。 アメリカのあの巨大な航空宇宙技術の厚みがどこから出てくるのかを検討してみると、大学の人材供給力の厚み、その基盤をなしている大学の研究者層の厚みがあります。そして、大学に投じられる国家資金の厚みがあります。その国家資金の中の、軍関係資金(ダーパなど)の厚みの問題があります。 航空宇宙技術のような高度先端巨大技術は、巨額の国家資金の投入なしには、発展できないどころか、技術水準の現状維持すら困難です。 巨額の国家資金の投入に必要なのは、何より大義名分です。戦前日本の航空技術が世界のトップレベルでありつづけられたのは、いまのアメリカと同様に国防という大義名分のもと、軍という最大の国家資源総動員組織のチャンネルを通じて、あらゆるリソース(資金、人材、資材、情報、周辺関連技術)を惜しみなく投入することができたからです。 戦後の日本から国防の大義名分がなくなり、その大義名分によって動員された国家資金の投入がなくなったことが、日本の航空宇宙の地盤沈下の最大の理由です。 |
|