ご覧いただいているページに掲載されている情報は、過去のものであり、最新のものとは異なる場合があります。
掲載年についてはインタビュー 一覧特集 一覧にてご確認いただけます。


人に優しい旅客機を目指して 
航空プログラムグループ 国産旅客機チーム  
JAXA複合材技術開発センター 主幹研究員   
永尾陽典
JAXAの航空プログラムグループでは、旅客機の性能や信頼性を向上させるためのさまざまな研究開発を行っています。中でも、先進的な複合材料を開発することは、航空機の軽量化と低コスト化につながるため、産業界からも期待されています。
すべての人に優しい旅客機を

Q.国産旅客機チームでは、どのようなことをしているのですか?


国産旅客機チームでは、“人に優しい旅客機”を目指した研究開発を行っています。そのために、旅客機の構造、材料、空力、騒音、操縦システムなどの航空機の様々な分野の研究開発を行っています。さらに研究開発によって得たデータベースの公開や、実験設備の提供など、積極的な技術協力を推進しています。


Q. “人に優しい旅客機”とは、具体的にどのような旅客機ですか?


乗客、空港周辺の住民、パイロット、整備士など旅客機に関わるすべての人に優しい旅客機です。つまり、乗客が安心して乗れ、離着陸時も静かで空港周辺の住民にとっても優しく、パイロットにとって操縦も簡単で、かつ整備もし易いという旅客機を目指しています。
そのために5つの研究開発が進められています。
1つ目は、高揚力装置に対する空力設計技術の向上です。つまり短い滑走路で素早く離着陸できる飛行機を目指しています。飛行機が飛ぶためには、フラップやスラットなど主翼の一部形状を変形させることによって、翼の上下面の気流の流れを変え、大きな揚力をおこします。JAXAではこの複雑な空気の流れをシミュレーションできる計算空気力学(CFD)技術を開発し、フラップやスラットなどの形状を最適化しています。高効率な揚力が得られれば、航空機を短時間、短距離で離発着させることができ、航空機の騒音を軽減することができます。
2つ目は、機外騒音低減化技術の開発です。機外の騒音は、主にエンジン音や、航空機の離着陸時に脚および高揚力装置などを作動させた時に発生します。これらの騒音は、空港周辺の方たちへの騒音公害だけでなく、空港使用時間の制限、空港使用料のペナルティーなど運用効率の低下を招きます。これまで培ってきた計算空気力学(CFD) 技術と計算空力音響学(CAA)技術を結びつけて、機体から出る騒音の発生メカニズムを解明し、騒音を低減化するための技術開発を行っています。


※フラップやスラットの形状は航空機の種類によって異なります


3つ目は、客室構造安全性向上技術の研究です。不時着などの事故が起きた場合に、飛行機の構造が壊れても、人が座っている所は壊れないとか、壊れても上手に壊れて人を傷つけないなど、衝撃吸収や座席の安全性を向上する技術を開発しています。不測の事態にも乗客を安全に保護することが目的です。
4つ目は、低コスト複合材の研究です。現在の航空機構造に用いられている炭素繊維複合材よりも低コストで、しかも航空機をより軽量化できる、新しい製造技術の開発を行っています。目標は、現行の複合材構造よりも20%コストを削減すること、アルミ構造に比べて20%の重量低減をすることです。航空機が軽くなれば燃費が向上しますので、経済的なメリットがあるだけでなく、省エネルギーにも貢献できます。
5つ目は、アビオニクス、IT技術を駆使した高性能操縦システムの開発を行っています。パイロットにとって使いやすく間違いを起こさないようなコックピットの表示法、低コストでなおかつ高性能な電気信号を使った操縦システムなどの開発が目的です。
私たちは、この5つを大きな柱として、“人に優しい旅客機”を目指した研究開発を行っています。


Q. 国産旅客機チームの中で、永尾さんはどのような仕事をしているのですか?


低コスト複合材の研究を行っています。複合材とは、2つ以上の異なる素材を一体的に組み合わせた材料のことで、単一素材からなる材料よりも軽くて強いという優れた点を持っています。
私たちが航空機用に開発している複合材は、従来のアルミ合金構造に比べて強度も高く、軽いものなので、航空機の軽量化、省燃費にもつながります。しかし、コストが高いことが問題となっていました。そのためこれまで旅客機構造で複合材が占める重量の割合は、せいぜい1割程度しかありませんでした。ところが、世界的に環境保全や省エネルギーの気運が高まり、ボーイング787やエアバスA380など最新の航空機で、主翼や胴体など機体の半分近くを複合材で占めるようになりました。そうなると、いかに安く製造コストを抑えるかが大きな課題になります。そこで私たちは、真空樹脂含浸製造法(VaRTM : Vacuum assisted Resin Transfer Molding)という新しい技術に着目し、低コスト複合材の設計や作り方を研究しています。
また、この新しい手法で製造した複合材を新しい旅客機に使用するためには、国土交通省航空局から型式認定を得る必要があります。そのためには安全基準を満たしているか航空局が試験します。ところが、この製造方法を用いた例は世界的にまだなく、認定するための基準がありません。そこで、航空局と協力してどのようにして認定するかという研究も進めています。
さらに、複合材で作られた構造物の内部の欠陥を検出する装置や、その手法を開発しています。これを、非破壊検査技術といいます。複合材の長所は軽いことですが、欠点は、内部の傷が外から見えないということです。金属の場合は、外から物が当たった場合に、へこんだり割れたりして見れば分かりますが、複合材の場合は、衝撃を受けた時に、外から見て全く破損していなくても、内部に大きな割れ目が入っていることがあります。中に損傷があると、強度が落ち、その後の大きな破壊の起点となるため、その欠陥を見出すことが重要です。また、現在開発中の低コスト複合材は、従来のものに比べて表面がやや粗いために、検査手法も特別なものが求められる可能性があります。今後さらに複合材が旅客機の構造に大幅に使われるようになると、機体の広範囲を効率的よく非破壊検査する必要もでてきますので、この開発はとても重要です。

  
1   2   3
Next