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成層圏を越え、中間圏での科学観測を目指して
Q. 大気球の開発ではどのような先端技術が研究されているのでしょうか?

2.8マイクロメートルの気球用フィルム
2.8マイクロメートルの気球用フィルム

2002年に世界高度記録53kmを達成
2002年に世界高度記録53kmを達成

スーパープレッシャー気球の地上試験
スーパープレッシャー気球の地上試験

気球を開発する研究者にとって「より大きくて重いものを」「より高く」「より長時間」飛ばすことは永遠のテーマです。
同じ重さのものをより高く上げるためには、より体積の大きな気球が必要です。しかし、単純に気球を大きくすると気球自体の重量が重くなり、小型の実験装置を高高度に運ぶには効率的でありません。そのため、気球を作るフィルムを薄くして軽量化を図った高高度気球の開発が行われてきました。私たちはメーカーと協力して、気球に使うものとしては世界で最も薄い、2.8マイクロメートル(1000分の2.8ミリ)のポリエチレンフィルムの製作に成功しました。2.8マイクロメートルがどれくらいの厚さかというと、スーパーのレジ袋の約6分の1の薄さです。これよりも2割ぐらい厚い、3.4マイクロメートルのフィルムでつくった気球で、2002年に高度53kmの無人気球の世界高度記録を達成しました。これは成層圏を越えて、中間圏に達する高度です。この気球は、すでに中間圏までのオゾン観測などに使われています。現在私たちは、2.8マイクロメートルのフィルムを使って高度55kmを飛翔する気球の開発を進め、実験を続けています。
日本で運用されている気球の飛翔時間は、数時間から1日程度ですが、これは実験の目的や飛翔運用によって決まっています。現在使われている「ゼロプレッシャー気球」の飛翔時間の限界は、夜間の高度補償によって制限されています。ゼロプレッシャー気球では気球内のヘリウムガスと外の大気の圧力が等しくなるように、気球底部からヘリウムガスを排気します。すると昼夜の温度差によってガスが膨らんだり縮んだりするために、だんだんと高度を失ってきます。高度を一定に保つためにバラスト(重り)を捨てるのですが、搭載できるバラストの量に限界がありますので、おのずと飛翔時間に限界が生まれます。一方、夜がない北極や南極の白夜の時期に放球すると、もっと長時間飛翔させることができ、実際にJAXAやNASAで実施されてきた南極周回気球では、40日間以上飛翔させることができました。
では、昼夜のある状況でも気球が長時間飛び続けるためにはどうしたらよいかと言うと、昼夜の温度変化に関係なく、気球の体積が変わらないようにすればよいのです。そこで、私たちは「スーパープレッシャー気球」の技術開発を進めています。スーパープレッシャー気球は、気球を密閉して、夜間にガスが冷えてもしぼまないように中にわずかな圧力をかけることで、一定の浮力で安定した高度を保つことができます。もちろんこれまでのゼロプレッシャー気球と異なり、気球のフィルムは気球内部の圧力にも耐えなければならないため、その力にも十分耐えられる薄いフィルムや新しい気球構造の開発が必要です。
また、より大型の気球を製作する技術の開発も行ってきました。日本で最初に作られた気球に比べて、現在最大の気球の体積は500倍以上の大きさとなっています。その過程でさまざまな技術が向上し、気球の性能や信頼性が大きく進歩してきました。放球の時、気球には一定の上昇速度を得るのに必要な量のヘリウムガスだけを入れますので、気球の頭部だけに大きな力が働いています。この力に耐えられるような厚いフィルムで気球全体を作ってしまうと、とても重い気球になってしまうため、頭部に薄いフィルムを必要なだけ重ねて強度を保っています。薄いポリエチレンフィルムの熱溶着の技術も進化し、必要な枚数のフィルムを確実につなぎ合わせることができるようになりました。こうした日本の最先端技術を結集させ、成層圏を越えた中間圏での科学観測や数十日以上の長時間実験をぜひ実現させたいと思います。

Q. 日本における大気球の開発はどのような歴史をたどり、どのような気球実験を行ってきたのでしょうか?

三陸大気球観測所
三陸大気球観測所
日本では、1960年前後から、いくつかの大学が宇宙線や大気の研究を行うために気球観測を始めたのが最初です。1965年には、東京大学宇宙航空研究所(現JAXA宇宙科学研究本部)に気球工学部門が設置され、気球を一元的に開発して運用しようということになりました。当初は茨城県大洋村や福島県原町からの放球が実施されましたが、気球専用の基地が必要だということで、1971年に岩手県三陸町(現在の大船渡市)に三陸大気球観測所が作られました。三陸大気球観測所では、多くの気球実験が実施されました。
気球実験の特長を活かした科学観測のひとつに、成層圏大気の直接観測があります。1985年ごろから約2年おきに、高度20km〜30kmの成層圏の大気を液体ヘリウムで凍らせて持ち帰り、その成分を地上で分析する気球実験が実施されてきました。その結果、この20年間で、二酸化炭素などの温室効果ガスの量が年々増えたことが分かっています。また成層圏から中間圏下部までのオゾンの濃度を測って、どう変化していくかを調べる実験や、高層の雷の観測なども行ってきました。これらの「その場観測」は、気球ならではの実験と言えると思います。また、空気が薄い成層圏上部では、X線やガンマ線、赤外線による天体観測や、宇宙線などの観測も行われています。気球実験で始められた先駆的な研究や気球で培った技術は、後の科学衛星での最先端の研究となり、衛星観測装置の技術に反映されてきました。
さらに、このような科学観測に加えて、気球では宇宙工学実験も数多く行われてきました。国際宇宙ステーションや科学衛星で使う観測器の環境試験や、大気突入機の技術試験、ソーラーセイル用の薄膜の展開試験、無重力実験などです。気球による無重力実験では、高度40kmから実験システムを自由落下させ、30秒以上の良質な無重力環境(微小重力環境)をつくる実験を成功させています。2007年までに三陸大気球観測所からは413機の大気球が放球されてきました。これらの気球実験で経験を積んだ科学者が、今度は衛星などを使って宇宙科学を推進し、また気球実験で開発されたさまざまな技術が科学衛星などに活かされてきました。技術も人も成長させるという意味で、三陸大気球観測所で実施されてきた大気球実験は、日本の宇宙科学分野で礎のひとつとなってきたのだと思います。
一方、近年実験グループからは、「1回の観測でできるだけたくさんのデータを取りたい」「珍しい現象をもっと観測したい」という思いから、大きくて、重い観測器を搭載したいという要望が増えてきました。そうなると、より大きい気球が必要になってくるわけですが、三陸大気球観測所の全長160m、幅30mの放球場では、放球できる気球の大きさに限界がありました。また、気球が海上に行くまでの経路には民家や国道、鉄道があり、大型で重い気球を運用するには安全確保もより重要な課題となります。さらに、地球環境の変動の影響でしょうか、安定した偏西風が北上してしまい、日本での長時間の気球飛翔に不可欠な、安定したジェット気流が得られにくくなったことも問題となってきました。このようなことから大気球実験の将来を見据えた新たな実験実施場所の検討が進められ、北海道広尾郡大樹町の多目的航空公園が候補に挙がりました。
とても広い大樹町多目的航空公園は海に面しており、また周辺の人口密度も低く大型の気球をより安全に放球できます。また三陸より北に位置する大樹町ではより安定したジェット気流も期待できます。こうした地理的条件に加えて、これまで大樹町では、JAXAの大型飛行船や無人機の実験が行われており、宇宙航空実験に対する地元のご理解がありました。これらのことから、2007年に三陸大気球観測所を閉所し、大気球実験実施のために航空公園内に大気球指令管制棟を建設しました。2008年5月から大樹町での大気球実験を開始し、8月には大樹町での初めての大気球の放球、管制、回収に成功して大気球実験システムが正常に機能することを実証できました。また5月には大樹町とJAXAの間で連携協力協定が結ばれて、航空公園の中のJAXAが実験を行うエリアは「大樹航空宇宙実験場」と呼ばれることになりました。大気球実験の実施においては、回収のために大樹町の漁協の方たちに船を出してもらうなど、地元の方たちのご理解とご協力をいただいています。来年度からは、本格的な大気球実験が大樹航空宇宙実験場で始まります。三陸大気球観測所同様に、大樹町でもこれから多くの大気球実験によって科学的成果を出せるものと期待しています。

Q. そのほか、大樹航空宇宙実験場での大気球実験の特徴はどのようなところですか?

ヘリウムガスを注入中の気球
ヘリウムガスを注入中の気球

薄いフィルムでできた気球は、ヘリウムガスを入れるなどの地上での放球作業中に強い風をうけるとダメージが生じる可能性があります。三陸大気球観測所は山間にあったため、突風の心配が常にありました。屋内でガスを入れられれば突風の心配もなく、また外の天気が好転するまで屋内で待機することもできます。屋内で天候に左右されることなく放球準備を進められることは、長年の夢でした。大樹町では、成層圏プラットフォームという無人の飛行船の実験が行われたことがあり、その飛行船のために作られた巨大な格納庫を大気球実験にも利用できることとなりました。大樹町での大気球実験実施のために、スライダー放球装置と呼ばれる設備を整備し、まず格納庫内で気球にヘリウムガスを注入し、その後にレールを使って気球を屋外へ引き出して放球できるようにしました。このような放球方法や放球設備は、世界に類を見ない日本独自のものです。
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