Q. どのような国際協力が行われていますか?

日米共同の宇宙反物質探索実験(提供:BESS Collaboration)
これまでいろいろな日本の実験グループが国外の研究者と共同研究を行い、アメリカ、インド、ノルウェー、ロシアなどで気球実験を行ってきました。アメリカNASAとは、宇宙線の中に微量に存在する反陽子のエネルギー分布を測定する実験をカナダ北部で実施してきました。この観測は1993年から10年近く続けられ、私も実験グループのメンバーとして毎年夏になるとカナダへ行って実験に参加していました。この反陽子観測実験は、2004年、2007年には南極のマクマード基地で行われています。インドとは1996年から赤外線天文観測の共同実験が続けられています。こうした国外での実験では、日本の気球グループのメンバーも現地での実験に参加し、外国の気球グループと強いつながりを築いています。2005年からはブラジルの気球グループと共同での気球実験も始まりました。広大な国土を持つ海外では、超大型気球で1トン以上の重い観測器を打ち上げることが可能ですし、また陸上での回収もできますので、日本での実験とは違う魅力があります。また南半球での実験では、日本からは観測できない銀河中心などの天体の研究も可能です。将来のスーパープレッシャー気球による超長時間飛翔に向けて、オーストラリアとも共同実験をしたいと考えています。
そのほか、海外での実験としては、国立極地研究所と共同で南極昭和基地での気球実験も実施されてきました。昭和基地上空でのオゾン、大気微量成分の観測に加えて、長時間の飛翔ができる南極周回気球によって、磁場、電場、オーロラX線、電子線の観測などが行われました。
これからは、各国の限られた予算の中で最大の科学的成果をあげるために、それぞれの国の気球実験の特徴を活かした国際共同研究がますます積極的に進められていくと思います。また、気球の技術が進歩して長時間飛翔ができるようになれば、いろいろな国の上空を飛ぶことになります。航空や宇宙の場合はこうした状況に対処する国際条約がありますが、気球の場合はまだ各国での取り決めがありません。今後はそういったことも含めて、国際協調を進めていく必要があると考えています。

JAXAが研究中の惑星気球
Q. 大気球実験では、将来的にどのようなことを目指しているのでしょうか?
近々の目標は、世界最先端の超薄膜フィルムを使った気球による55km以上の高高度記録の達成と、スーパープレッシャー気球による超長時間飛翔の実現です。特にスーパープレッシャー気球の開発はアメリカでも行われていて、日米ともに実用化間近というところまで来ています。アメリカは日本と違う種類のフィルムを使っており、どちらが先に成功させるか、競い合いながら開発を進めているところです。スーパープレッシャー気球が実現すれば、100日間の飛行も可能ですので、人工衛星による実験に十分太刀打ちできるような観測ができるはずです。次世代の気球によってこうした高高度飛翔や長時間飛翔を実現し、新しい宇宙科学の成果を生み出すばかりでなく、もっと容易に飛翔機会を提供できるようにして、いろいろな分野のみなさんに「気球を使いたい」と考えていただけるようになりたいと思います。また、地球を離れて、火星や金星など大気のある惑星の探査を行う惑星気球も研究が続けられています。地球とは異なった環境で気球を浮かべるためには、新しい材料や膨らませ方の開発が必要ですし、どのように気球を運んで行くのかも考えなければなりません。
Q. 吉田先生は今後どのような気球実験に興味がありますか?
大学院学生の時から20年近く宇宙線の観測による宇宙初期の研究を続けてきましたので、もちろん今でも宇宙線や宇宙物理学の実験に興味があります。しかし2006年にJAXAで気球実験を運用する側に立場が変わって、興味深い実験がもっとたくさんあることを学びました。例えば、成層圏にどのような微生物がいるかを調べる実験があります。地球の生命の源は、地球外から降ってきたという説もあり、もしかしたら成層圏に新種の生命体を発見できるかもしれません。数年前に成層圏の大気を大量にフィルターでこして、回収したフィルター上の微生物を培養したところ、紫外線に強い数個のバクテリアが見つかったそうです。残念ながらすでに地球上にあるものの仲間だったそうですが、もし新種の微生物が見つかったら大発見だと思いませんか。
新しい飛翔体が生まれる時、宇宙科学もまた質的に新しい時代を迎えられると信じています。新たな宇宙科学を切り拓けるような新しい大気球を実現し、その大気球を用いた宇宙科学実験を進めていきたいと思います。
関連リンク:
科学観測用大気球
吉田哲也(よしだてつや)
JAXA宇宙科学研究本部 大気球研究系教授 大気球実験室室長 理学博士
1991年、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。大学院では素粒子物理実験を専攻し、大型粒子加速器を用いた実験に参加。また、初期宇宙を素粒子の立場から探求する粒子宇宙物理学の実験として、大型超伝導電磁石を気球に搭載した宇宙粒子線観測実験に取り組む。2006年4月にJAXA宇宙科学研究本部大気球観測センター教授に就任。2008年より現職。専門は気球工学と粒子宇宙物理学の研究。