ご覧いただいているページに掲載されている情報は、過去のものであり、最新のものとは異なる場合があります。
掲載年についてはインタビュー 一覧特集 一覧にてご確認いただけます。


見えはじめた火星の本当の姿
Q.ここ2〜3年間に、博士がかかわったNASAの火星探査計画にはどのようなものがありますか?またどのような成果がありましたか?

マーズ・リコネイサンス・オービターが発見した、過去に液体が流れたと見られる痕跡。メリディアニ平原のクレーターの一部。(提供:NASA/JPL-Caltech/University of Arizona)

マーズ・リコネイサンス・オービターが発見した、過去に液体が流れたと見られる痕跡。メリディアニ平原のクレーターの一部。(提供:NASA/JPL-Caltech/University of Arizona)

「マーズ・エクスプロレーション・ローバー」の2機のローバー、「オポチュニティ」と「スピリット」は火星着陸から5年以上が経ちましたが、今も活動中です。この2機のローバーは、火星で90日稼働できるように設計されましたが、現在すでに1700日が経っています。3ヶ月の予定が5年です。どちらも、人間でいえば中年期なので、若いときのようにはいかないところもあり、「スピリット」は右前のタイヤが回らず、後方に走行してしまいます。「オポチュニティ」のほうも右前のタイヤが回らないのですが、まだ前方後方とも走行可能です。それから、スピリットのRAT (Rock Abrasion Tool)という岩石研磨装置は、カットする部分が消耗してしまいました。このように、ところどころ不具合はありますが、まだちゃんと動いていますし、新しい場所へ行って新しい発見をしてくれています。今後もまだ活躍できると期待しています。
近年では、2006年に火星軌道に到達した「マーズ・リコネイサンス・オービター」が一番の躍進だったと思います。現在も火星を周回中で、私たちが見たことないような、2つのタイプの画像を撮っています。まず1つ目の観測機器は、可視光から近赤外線領域のスペクトルを観察します。これまでいくつか堆積物が火星で発見されていますが、粘土鉱物と風化物が発見されたことにより、古代の火星は暖かく水が存在していたことが推測されます。また赤道付近では、これまでローバーによる観測でも確認されていた硫酸塩に富む岩石が見つかっています。この岩石は古い地殻で見つかることが多く、これは初期の火星環境が今とはずいぶん違っていたことを示唆しています。これはかなり興味深いですね。そして、2つ目の観測機器は、地表を高精細に撮影する「ハイライズ(HiRISE)」というカメラです。ハイライズは、地上の0.3mのものを見分ける優れた高解像度で火星表面を撮影でき、これまでの着陸機やローバーの移動跡も見ることができますし、岩石分布など非常に興味深いデータを取得しています。ハイライズのおかげで、着陸候補地の詳細な撮影もできるようになりました。本当の火星の姿がようやく見え始めたところで、大変嬉しいです。

(図1)マーズ・パスファインダーの着陸地、アレス渓谷(提供:NASA/JPL-Caltech)

(図1)マーズ・パスファインダーの着陸地、アレス渓谷(提供:NASA/JPL-Caltech)

zoom

(図2)スピリットの着陸地、グセフ・クレーター(提供:NASA/JPL-Caltech)

(図2)スピリットの着陸地、グセフ・クレーター(提供:NASA/JPL-Caltech)

zoom

(図3)オポチュニティの着陸地、メリディアニ平原(提供:NASA/JPL-Caltech)

(図3)オポチュニティの着陸地、メリディアニ平原(提供:NASA/JPL-Caltech)

zoom

Q.これまで火星で撮影された画像で、博士が最も好きなものはどれでしょうか?

私が一番好きな画像を選ぶとしたら、3機の探査機が着陸後に最初に撮影した画像です。なぜなら、私はそれぞれの探査機を打ち上げる3年前から火星の軌道を周回する衛星から得られたデータを使って着陸地点の火星の表面を予想します。そして最初に火星から届いたデータが、私の予想が正しかったかどうか教えてくれるからです。
1番好きなのは、私が初めて着陸地を選定した「マーズ・パスファインダー」の最初の画像です(図1)。 岩石の組成を調べたかったため、パスファインダーの着陸地には、岩石がたくさんあるところを選びました。多少の岩石があっても探査機のエアバッグは大丈夫だろうと考えていましたし、着陸機の視界範囲内でローバーにたくさんの岩石を見てほしかったのです。この着陸地点は、大洪水が原因の堆積物からなる平地であると予測していました。画像を見ると、後ろに大きな岩がゴロゴロしていますね。これらが大洪水によって形成されたことは、ほぼ間違いないと思います。
2度目の着陸地を選定したのは「スピリット」でした。「スピリット」の着地点を選ぶためにすべてのデータを検証した結果、「バイキング」や「パスファインダー」の着陸地と色は似ているけれども、もっと滑らかで平坦で、岩石の数は少ない場所を予測して選びました。「スピリット」の最初の画層を見ると、滑らかで平坦な地表であることが分かります(図2)。大きな岩石はほとんどなく、予測が当たったので、とても嬉しかったです。
そして「スピリット」の3週間後に、「オポチュニティ」が火星に着陸しました。私たちは、3年間の研究の間に、次のような予測を立てました。これまでのどの火星探査機の着陸地点とも異なり、地表は赤くなく、岩石もまったくないところで、低めの白っぽい露頭(岩石や地層などが地表に露出している部分)があり、ほとんど砂ばかりという場所です。「オポチュニティ」の画像には、非常に滑らかで平らな地表が映っています。その地表には岩石は存在せず、色は暗く、地表から岩石が露頭していました(図3)。

Q.今年の初めに、火星の北半球から大量のメタンが噴出しているのが発見されたと発表がありました。これについてはどう思われますか?

これは非常に興味深いことです。メタンは水素と炭素からなるガスですが、火星ではメタンは不安定で、火星大気にメタンを加えると急速に分解してしまいます。ということは、火星大気でメタンが観察されたとすると、それはちょうど発生したばかりのメタンです。つまり、現在、火星からメタンが噴き出していることになります。
地球上において、メタン発生の原因となるものが2つあります。1つは、動物です。実は、地球で一番メタンを発生させているのは牛なんです。もちろん、火星に牛が居るなんて誰も思っていませんので、メタンを発生する単細胞生物の存在を示唆します。火星に生物有機体が生息しているかもしれないのです。おそらく水がある地表下に単細胞生物が存在していて、それが反応してメタンガスを作り出しているかもしれません。または、生命体はまったく生息していなくて、ある特殊な岩石が何らかの反応を起こし、メタンを作っているのかもしれません。地球上でも、ある岩石を水に反応させるとメタンを作ることができます。
とにかく、何かが今メタンを発生させているのは事実です。火星がまだ生きている惑星と言われる理由は、この現象のためです。生命体か岩石か?この2つの仮説のどちらが正しいかを知りたいですね。もし生命体が原因でないとしたら、この反応がどこで起きているのかを調べれば、液体の水が存在する場所が分かります。これも非常に面白いことになります。もしかすると、2つが合わさった結果ということもあり得ます。この問題の解明には、新しい火星探査計画が必要です。メタンガスを発生させている原因をぜひ突き止めたいです。

火星探査機マーズ・リコネイサンス・オービター(提供:NASA/JPL-Caltech)

火星探査機マーズ・リコネイサンス・オービター(提供:NASA/JPL-Caltech)

Q.1997年に火星に到着し、博士が主任科学者を務めた「パスファインダー」ミッションと比べて、アメリカの火星探査はどのように進化していますか?

劇的に進歩しています。もともと「マーズ・パスファインダー」は科学ミッションではなく、低コストで効率の良さを求めるNASAの「ディスカバリー計画」の一環でした。アメリカでは、1970年代の「バイキング」以来、火星探査が行われていなかったのです。今も火星表面で活躍している「マーズ・エクスプロレーション・ローバー」の2機のローバーは、極めて高性能な科学機器で、本格的な火星探査を行っています。「マーズ・パスフィンダー」では想像できなかったような調査を実行でき、「オポチュニティ」はすでに約13km、「スピリット」は約8km走行して観測を行いました。火星のかなりの範囲を移動しながら岩石を調査し、古代の火星についてさまざまなことを学んでいます。これは以前の火星計画とはまったく違う、私たちが願っていた以上のレベルです。そして「マーズ・リコネイサンス・オービター」のおかげで、ローバーによる火星地表の観察と、軌道から見る火星の全体図を関連づけることができるようになりました。このように火星探査の技術が進歩すると、非常にワクワクしてきます。

Back
1   2   3
Next