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新型ロケットで実現する世界初のモバイル管制

イプシロンロケット プロジェクトマネージャ 森田泰弘JAXAでは、2013年度の打ち上げに向けて新型の固体燃料ロケット「イプシロンロケット」を開発しています。日本の固体燃料ロケットの技術は世界的にも高く評価され、2006年に退役したM–Vロケットは、「世界で最も性能が高い固体燃料ロケット」といわれていました。イプシロンロケットでは、ロケットの知能化という史上初の試みにより低コスト化を実現します。これまで蓄積してきた技術と新しい技術の融合により、宇宙輸送に新しい旋風を巻き起こす新型ロケットが誕生します。

パソコン1台でのロケット発射管制

Q. 次期固体ロケット「イプシロンロケット」とはどのようなロケットでしょうか?

イプシロンロケットの打ち上げ(イメージ)
イプシロンロケットの打ち上げ(イメージ)
従来の管制室(内之浦宇宙空間観測所)
従来の管制室(内之浦宇宙空間観測所)
「モバイル管制」の想像図
「モバイル管制」の想像図

イプシロンロケットは3段式の固体燃料ロケットで、1段目には既存のH-IIAロケットの補助ブースターを使い、2段目と3段目にはM–Vロケットの上段の改良型が使われます。日本の固体燃料ロケットの歴史は、1955年のペンシルロケットの水平発射実験から始まりましたが、2006年にM–Vロケットが退役するまでの半世紀の間に蓄積された技術が、イプシロンロケットには全て詰まっています。イプシロンロケットは、日本の固体燃料ロケット技術の集大成であり、これまで先輩方が蓄積してきた技術を活用させていただきますので、信頼性や性能は非常に高いと思います。
ただし、これまでよりさらにロケット技術を進展させるために、イプシロンロケットには新しい技術を加えます。ロケットに人工知能を持たせ、打ち上げのシステムを大きく簡素化するのです。これまでロケットの打ち上げというと、射場に何百人もの作業員が集まって数ヶ月かけて準備を行い、打ち上げの時には大勢の人が管制室で見守る、というイメージがあると思いますが、イプシロンロケットは、このようなロケット打ち上げの概念を大きく変えると思います。
本当にロケットを知能化できるのか?と思われるかもしれませんが、今や、自分で点検するセルフチェック機能は、機械の分野では当たり前です。例えば心電図などの医療機器は、それ自体が知能を持ち、お医者さんの代わりに測定値が異常かどうかを判断します。一方、ロケットの技術は先端ではありますが、考え方は保守的です。それを支える技術は、欠点が出尽くしたような何世代も前のものであり、点検作業も人が時間をかけてやれば良いという発想が長く続いてきました。ですから、機械を知能化するという最新の技術は、これまでのロケットに使われていません。イプシロンロケットのように、知能を持ち、自ら点検作業をするロケットは史上初であり、ここが従来のM–Vロケットと大きく違う点です。 Q. どのような新しい技術が開発されているのでしょうか?イプシロンロケットの最大の開発要素は知能化による自律点検で、それにより、パソコン1台(実際には冗長系のために2台)でロケットの発射管制を行うことができます。私たちはこれを「モバイル管制」と呼んでいます。
従来のM–Vロケットは、打ち上げ前の地上での点検作業に多くの装置が必要で、手間と人手がかかっていました。また、たくさんある部品を発射場でひとつひとつ手作業で組み立てていました。そのため、第1段ロケットを発射台に立ててから打ち上げまでに、2ヵ月近くもかかっていたのです。それに比べイプシロンロケットでは、ロケット自体が点検作業を行いますので、手間と人手が省けます。さらに、ロケットの部品を減らすため、出来上がりに近い形で発射場に持って行けるような仕組みにします。ロケットの組み立てを、プラモデルのように簡単にしてしまうのです。その結果、第1段ロケットを発射台に立てた後、1週間での打ち上げを可能にします。
また、推進剤を入れる容器、モーターケースを軽量化するための開発を行っています。M–Vロケットでは、モーターケースの材料に、軽くて丈夫な炭素繊維を採用し、同等規模のロケットの中で「世界一軽いロケット」と評価されました。イプシロンロケットではさらに軽量化を目指すとともに、その製造方法を変える予定です。これまで、炭素繊維でモーターケースを作る場合、樹脂をしみ込ませた繊維(プリプレグ)を型のまわりに何重にも巻いて、巻き終わったら、高圧で押し付けながら、高温で焼いて固めるという方法でした。この圧力をかける圧力釜が大がかりな設備でコストアップにつながっていましたが、イプシロンロケットでは、圧力をかけなくても、接着剤が浸透して固まるように改良しました。また、炭素繊維については、従来よりも強度が高いものに変更します。これによって、従来のモーターケースより軽くて丈夫になりました。さらに作り方も簡単で、値段も安くなるというわけです。

ロケットの知能化で低コストに

Q. コスト削減については、どれくらいの目標を立てていますか?

小型科学衛星1号機「SPRINT–A」小型科学衛星1号機「SPRINT–A」

イプシロンロケットの開発は、2段階で進める予定です。1段階目の目標は、2013年度に予定している惑星観測用の宇宙望遠鏡、小型科学衛星1号機「SPRINT–A」の打ち上げです。イプシロンロケットは、打ち上げ準備期間の縮小、モバイル管制、モーターケースの製造方法の改良など、さまざまな工夫により大幅なコスト削減を実現します。また、地球周回低軌道に衛星を投入する場合、イプシロンロケットの打ち上げ能力は1200kgで、M–Vロケットの1800kgに比べると約3分の2の能力です。大幅にコストを削減しても、能力的にはM–Vロケットの3分の2を維持していますので、コストパフォーマンスが上がっていると言えるでしょう。

Q. 打ち上げる衛星は小型衛星のみでしょうか?

当面は、総重量500kg以下の小型衛星を年に1度くらい打ち上げる予定ですが、先ほど申し上げた通り、イプシロンロケットは、地球低軌道を周回する衛星であれば1200kgのものまで打ち上げられます。1200kgといったら中型衛星になります。
また惑星探査機も、300kgくらいの小さいものでしたらイプシロンロケットで打ち上げることができます。小惑星探査機「はやぶさ」が500kgでしたから、工夫をすれば、探査機をもっと軽く、小さくすることも可能だと思います。実際に、イプシロンロケットで月・惑星探査機を打ち上げたいと言う研究者もいます。当面は小型科学衛星の打ち上げが中心となりますが、イプシロンロケットには多くの可能性があるのです。M–Vロケットの全長が30.8mだったのに対して、イプシロンロケットは全長24mと小さくなりましたが、潜在能力はM–Vロケットよりも大きいと思っています。

コンパクト化が宇宙開発の鍵となる

Q. イプシロンロケットの推進剤はこれまでM–Vロケットで使っていたものと同じですか?

M–Vロケットのモーターケース
M–Vロケットのモーターケース
M−Vロケット
M–Vロケット

同じです。イプシロンロケットの1号機の打ち上げは2013年度ですから間もなくです。燃料を変えるには時間と手間がかかるということもあり、当面は、M–Vロケットで実績のある推進剤を使います。そして、次のステップで、新しい固体燃料を作ろうと計画しています。
新しい燃料についてはさまざまな研究が行われていますが、私たちが考える推進剤は、その作り方を根本的に変えるものです。従来、固体ロケットの燃料の作り方は、ドロドロの推進剤をミキサーでかき混ぜて、モーターケースに流し込み、熱を加えて成形していきます。この推進剤は固まると元のドロドロの状態に戻せないため、モーターケースに入れる作業は時間をかけて行うことができません。そのため、推進剤の必要量を一度に用意し、数回くらいに分けて混ぜるにしてもとても大きなミキサーが必要です。また、推進剤をモーターケースに入れるときには気泡ひとつ残さないよう注意し、一発勝負の非常に緊張する作業です。
一方、私たちが研究している燃料はこれまでのものと全く逆の製法で、もともと固まっていた推進剤を溶かして使います。熱さえ加えれば何度でも溶けて、常温に戻すと再び固まるといった具合に、やり直しがきく推進剤で、板チョコのようなものです。温めれば何度でも柔らかくなりますので、多少の気泡は後で何とかなりますし、継ぎ足しも可能です。
それによって、ミキサーが小さくて済むという利点があります。小さいミキサーで推進剤を混ぜて固め、板チョコのような燃料を少しずつ休みなく作っていきます。そして、たくさん出来上がったところで、それをロケットにまとめて詰めて、温めれば、ドロッと溶けてロケットの中にきれいにおさまるというわけです。こうすれば、ミキサーは小さくとも稼働率は高くなり、効率が良くなります。このように、ものをどんどん小さくして効率を上げていくことを「コンパクト化」と呼んでいますが、それこそが、これからの宇宙開発の鍵になるのではないかと思います。
また、小さいミキサーはコスト面でも優れています。これまでの大きいミキサーは、作るのに何十億円もかかるだけでなく、メンテナンス費用が莫大、そして、エンジニアもたくさん必要ですから人件費がかかります。小さいミキサーになると、それらの費用が低減されますので、ロケットの打ち上げ費用を減らすことができるのです。このように、少ない予算でもできるような工夫が、これからの宇宙開発では大切になってくると思います。 Q. 作業を簡単にしすぎると雇用者が減りますので、宇宙産業メーカーは二の足を踏むのではないでしょうか? 確かに、難色を示すメーカーの方はいらっしゃいます。しかし、機械を小さく、人も少なくしていかなければ、これからの宇宙産業は生き残れないと私は思います。工場の製造設備を小さくすることによって、製品1個1個の利益が少なくなったとしても、生産数を増やせば、決して損にはならないと思うんです。そして、たくさん製品を作らないと儲からないというメーカーさんの要望と、衛星をたくさん打ち上げたいという私たち研究者の目的は、一致するのではないでしょうか。
ロケットの射場に大勢の人が集まって合宿生活を送り、数ヶ月かけて打ち上げに向けた整備作業を行うというのは、個人的にはキライではありません。それが楽しくてやっている部分もありました。しかし、この方法は、1960年代のアポロ計画の頃から全然発展していないんですよね。やはり、未来のロケットを考えたときに、飛行機のように頻繁に飛んで、帰ってくるというようなシステムにしなければならないと思うのです。そのためには、これまでと発想を変えて、数人で打ち上げられるようなシステムを作っていかないと、未来のロケットはいつまで経っても生まれないと思います。だからこそ、誰かがどこかで引き金を引かざるを得ないですし、それが私たちの仕事だと思っています。

  
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