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宇宙への敷居を下げるために

Q. 固体燃料ロケットは、液体燃料ロケットと比べて誘導制御が難しいと言われていますが、その点はどのようにお考えですか?

イプシロンロケットの断面図
イプシロンロケットの断面図

液体燃料ロケットは、構造的に、打ち上げた後もエンジンを切って推力を制御することができますが、固体燃料ロケットの場合、一旦火をつけると途中で切ることができません。ですから誘導制御が難しいと言われていますが、これは、誘導制御の精度が悪いという意味ではありません。
人工衛星の軌道を制御するためには、ある瞬間にどこにいて、どんな速さで飛んでいるかの情報が必要です。位置は縦・横・高さの3次元で決まり、その3次元の情報にそれぞれスピードがついていますので、速度も3次元の情報です。位置が3要素、速度も3要素で、全部で6つの要素があって初めて人工衛星の軌道が決まります。この6つの要素の内容を説明すると長くなりますので、とにかく6つあるということだけを覚えておいてください。
固体燃料ロケットの場合はエンジンが切れませんので、この6つを全て、衛星側の要求通りに合わせることはできません。ではどうするかというと、衛星あるいは惑星探査機ごとに、どのような要素をしっかり押さえておけばいいのかが決まっているので、それだけに照準を定めます。例えば、太陽観測衛星「ひので」の場合は、太陽同期軌道といって、地球を南北に回る軌道に打ち上げていますが、その時に重要だったのは、軌道の傾きの角度と、遠地点という地球から一番遠いところの高度の関係です。その2つのパラメータの相関関係だけをしっかり合わせるようにすれば、衛星を希望通りの軌道に投入することができるのです。
しかし、この方法は、衛星の開発者はロケットの性能を、また、ロケットの開発者は衛星の性能をよく知らないとできません。JAXAの宇宙科学研究所の場合は、同じ建物にロケットの人と衛星の人がいますので、「ちょっと来て」と言って相談をすれば問題は解決しますが、イプシロンロケットは、ロケットのことを知らない大学の先生にも使ってもらいたいと思っています。そこで、イプシロンロケットの3段目に、M–Vロケットの姿勢を制御するのに使っていた小型の液体燃料エンジンを搭載します。これによって、液体燃料ロケット並みの精度で軌道投入ができます。このようにして宇宙へのアクセスがより簡単になると、もっと多くの方がロケットを使えるようになるでしょう。イプシロンロケットでは、宇宙への敷居をどんどん下げたいと思います。

Q. ロケットの信頼性を高めるために特に留意している点は何でしょうか?

H–IIAロケット
H–IIAロケット

イプシロンロケットでは、M–VロケットやH–IIAロケットで確立された技術を使い、さらに、その技術を改良していますので、ある意味で、信頼性は保証されたところからスタートしています。そして、ロケットを知能化することによって、ロケットの信頼性はどんどん上がっていると思います。
ロケットを知能化すると言っても、高度な電子頭脳をロケットに搭載するだけではなく、私たちの頭に入っているノウハウをロケットに移植します。例えば、固体燃料ロケットでは、軌道を制御するために、燃焼ガスの出口であるノズルを動かし、万が一、軌道がずれてしまった場合は、ノズルの向きを変えて調整します。ノズルに電流が流れるとノズルが動くわけですが、その電流の波形を見れば、正常に動いているかどうかが分かります。この波形は私たちの身体の心電図に相当し、まさに、ロケットの心臓を点検するようなものです。その波形を見たとき、何に基づいて正常か異常かの判断をしてきたかという人間のノウハウを、全部ロケットに入れ込むのです。
簡単に言うと、ひとつひとつの部品の故障が、ロケット全体にどのような影響を及ぼすかを全て洗い出し、その相互関係をロケットに移植します。ですから、その過程で、どんな部品を丈夫に作っておけば良いかが分かり、ロケットの信頼性がますます向上するというわけです。

世界一のロケット技術を目指して

Q. イプシロンロケットの現在の開発状況を教えてください。

2台のパソコンを使ったデモの様子。機体状態モニタ画面(左)と点検実行画面(右)
2台のパソコンを使ったデモの様子。機体状態モニタ画面(左)と点検実行画面(右)
圧力釜を必要としない製法で試作したモーターケース
圧力釜を必要としない製法で試作したモーターケース イプシロンロケットの縮小模型を手にする森田教授 イプシロンロケットの縮小模型を手にする森田教授

2013年度の初号機の打ち上げに向けて、設計作業の最終的な詰めを行っています。一方、ハードウェア的には、自律点検やモバイル管制ができるかどうかを、実物に近いひな形を作ってひとつひとつ確認しています。これを「要素試験」と呼んでいますが、2台のパソコンでロケットの管制と自律点検ができるような仕組みが、実際のハードウェアで証明されました。現在はワークステーションになっていますが、いずれは、ノートパソコン1台でできるようにしたいと思っています。
また、圧力釜を必要としない製法によるロケットのモーターケースについては、炭素繊維の材料を使って小さなモーターケースを試作し、試験を行っています。これまでよりも軽く、丈夫にできるということが確認できましたので、来年度以降は、いよいよ実物大のモーターケースを作って試験を行う予定です。 Q. 開発の課題は何だと思われますか? 自律点検やモバイル管制が新しい開発要素なので、おそらく皆さんもそこを心配しているでしょうし、自分たちも一番しっかりやらなければならないポイントだと思っています。ロケットの知能化というのは、当然ながら、これまでの実績があるからできることです。しかし、これまでの実績というのは、みんなの頭の中に入っているわけで、文章になっているマニュアルではありません。頭の中に入っていることで、みんな勝負してきたんですよね。その頭に入っていることを、いかに体系的に整理し、データーベース化するかが重要です。つまり、これまでの土台を厳密に整理して、系統立てて、知識を活用可能にするという作業が、開発の鍵になると思います。
ただ、その大きな山を越えたというと言い過ぎかもしれませんが、ひな形を作って実際にモバイル管制できることが証明できました。ですから基本的には、しっかりモノを作って、2013年度の打ち上げに間に合わせるという段階にきていると思います。 Q. イプシロンロケットに対する周囲の反応はいかがですか? 最初の頃は、学会等でイプシロンロケットのことを発表しても、「モバイル管制なんてできるわけがない」という意見がほとんどでした。しかし、昨年は、アメリカの航空宇宙専門誌「アビエーション・ウィーク&スペース・テクノロジー」が、イプシロンロケットを紹介してくれました。また、今年になって、2台のコンピュータでロケット管制を行う試験の写真が公開されると、これまでは、「夢のような冗談を言っている」と言って相手にしてくれなかったような人が、「本当に実現しちゃうかもしれない」と、多少は見る目が変わってきたように思います。
そして、周囲からの心配はともかく、一緒にロケットを開発している仲間たちの自信が何より大事だと思いますが、開発が始まってからのこの3年間で、みんなの気持ちがひとつになってきたことを実感します。3年前は、開発している人の中にも、「本当にパソコン1台か2台で大丈夫なの?」と思っていた人がいましたが、最近は、「確かにそれで大丈夫だ」とみんなが自信を持ってやっています。開発者全員の、「イプシロンロケットを実現するんだ」という決意はとても固いと思います。世界で初めてのモバイル管制を実現すれば、その分野では断トツで世界一の技術ですから、ある意味で、今はチャンスだとも思っています。

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