亘慎一(わたりしんいち)
独立行政法人情報通信研究機構(NICT)電磁波計測研究所 宇宙環境インフォマティスクス研究室 研究マネージャー、博士(理学)
1984年、電波研究所(現NICT)入所。1994〜1995年、米国海洋大気庁(NOAA)宇宙環境センター(現宇宙天気予報センター)客員研究員。2011年4月より現職。専門は、太陽活動に伴う太陽風擾乱や地磁気誘導電流など宇宙天気予報に関わる研究。
太陽観測衛星「ひので」がとらえた大きな太陽フレア(提供:NAOJ/JAXA)
1989年3月の磁気嵐に伴う誘導電流の影響で焼損した、米国ニュージャージー州の送電用変圧器(提供:PSE&G)
2003年10月に北海道で観測された低緯度オーロラ(提供:りくべつ宇宙地球科学館)
宇宙は真空と思われがちですが、実際には微量な電気を帯びた粒子(荷電粒子)が存在します。その粒子による宇宙環境の変動を「宇宙天気」と呼び、それを予測するのが宇宙天気予報です。宇宙天気は、太陽や太陽風の観測結果から予測されます。
例えば、太陽の表面で太陽フレアという爆発現象が発生すると、X線の放射、高エネルギー粒子の放出、プラズマの塊を放出するコロナ質量放出(CME: Coronal mass ejection)を起こします。地球は大気と磁場で守られているため、それらの荷電粒子から私たち人間が直接影響を受けることはありませんが、軌道上にある人工衛星に搭載された機器が故障したり、宇宙飛行士が被曝するといった影響が出ます。またCMEによる磁気嵐(地磁気の大きな変動)は、地上の電力送電システムに誘導電流を発生させて障害を起こす場合もあります。それらの障害を軽減するためにも、宇宙天気の予報が必要とされています。 Q. 太陽活動による影響について、その具体例を教えていただけますか? 例えば2003年10月末に太陽活動が非常に活発になった際、JAXAのデータ中継技術衛星「こだま」に搭載されたセンサにノイズが入ってしまい、地球の方向を見失った結果、衛星の姿勢制御に不具合が起きました。この時は太陽活動が静かになるまで数日待って復旧作業を行いました。また、磁気嵐の影響で衛星の軌道が乱れたこともあります。X線天文衛星「あすか」は、2000年7月に発生した大きな磁気嵐の影響で姿勢を崩し、その後、回復せず、翌年、大気圏に突入して運用を終えることになりました。
地上の電力送電システムについては、例えば1989年3月の磁気嵐に伴う誘導電流よって、米国ニュージャージー州やカナダにある発電所の機器に障害が発生しました。電力送電システムは冗長系をもって作られているため、1つの機器が破損したからといってすぐに停電が起こるわけではありませんが、カナダの場合はいくつかの悪い条件が重なり、約9時間におよぶ大規模な停電が発生しました。また2003年10月の磁気嵐は、スウェーデンで大規模な停電を起こしました。
そのほかにも、太陽からのX線が、地上から60〜90km上空の電離圏の領域に影響を与え、旅客機や遠洋漁業の漁船が使う短波電波による通信が不通になることがあります。さらに、磁気嵐に伴う電離圏の乱れはGPSなどの衛星を使った測位に誤差を生じさせます。
このように、太陽活動によってさまざまな障害が発生します。でも宇宙の天気は地上の天気と違って目に見えないため、なかなか実感できません。けれど1つだけ、宇宙天気を実感できる現象があります。それは、オーロラです。オーロラは太陽活動による磁気嵐によって起きる現象で、日本でも北海道などで観測されることがあります。
宇宙天気予報センターで行われる予報会議のようす(提供:NICT)
宇宙天気予報を公開しているNICT宇宙天気情報センターのウェブサイト(提供:NICT)
NICTの宇宙天気予報センターで、毎日午後2時30分に予報会議を開いて、24時間後までの太陽フレアの発生状況、地磁気や高エネルギー粒子の状況について予測し、午後4時頃にウェブサイトで発表するとともに、登録者宛に電子メールでも情報を配信しています。また、何か地球に影響を及ぼしそうな現象が起きた場合には、ウェブサイトなどで臨時情報を発表しています。さらに一般の方にも宇宙天気を理解していただくため、YouTubeのNICT Channelで「週刊宇宙天気ニュース」という動画を配信しています。
宇宙天気予報では、太陽フレアの発生や地磁気の活動、CMEに伴って放出される高エネルギーのプロトン(陽子)粒子が地球に飛来する状況(プロトン現象)などを提供しています。「フレアは活発、地磁気活動は静穏、プロトン現象は静穏」といった具合に発表するとともに、無線通信や衛星運用などに与える影響に関する情報も提供しています。
関連リンク: NICT宇宙天気情報センター Q. 宇宙天気予報の主な利用者はどのような方たちでしょうか? 通信衛星や放送衛星など人工衛星を運用している会社や機関、漁業無線やアマチュア無線など短波電波を使って通信を行っている人たちが利用しています。また最近では、航空管制システムや測量などにGPSなどの衛星を使った測位装置が用いられるようになり、航空関係者にも利用され始めています。将来的に衛星測位は、トラクターなど無人の農作業機械にも使われる可能性があると聞いています。磁気嵐に伴う電離圏の乱れは衛星を使った測位に誤差を生じさせますので、航空分野だけでなく、農業分野の人たちも宇宙天気予報を利用するようになるかもしれません。 Q. 宇宙天気予報の利用者は、予報をどのように活用しているのでしょうか? 太陽フレアによるX線の放射は1時間から2時間でおさまりますが、高エネルギー粒子の増加は数日から1週間、磁気嵐は2日から3日間継続します。先ほど、データ中継技術衛星「こだま」は、太陽活動が落ち着くまで数日間待ってから復旧作業を行ったとお話しましたが、民間の通信衛星や放送衛星は、利用者のことを考えるとサービスを数日間も止めるのは難しいことだと思います。ですから民間の方たちは、宇宙天気予報を見て現在の状況を把握して、万が一の場合に備えた体制を作り、注意しながら衛星の運用を行うことが大事です。
例えば、太陽活動によって衛星の搭載機器に不具合が生じた場合には冗長系(予備)の機器に切り替えたり、バックアップの別の衛星に切り替えるといった対策をとります。高エネルギー粒子などが地球周辺に到達する前に、いつそのような状況になっても大丈夫なように体制を整えておけば、迅速な対応がとれ、障害によるサービスの中断を最小限に抑えることができるのです。