Q.次世代超音速機を実現するために必要な技術は何ですか?
大貫:ソニックブームの低減、離着陸時の騒音の低減、機体を軽くするなり空気抵抗を減らすなりして機体の効率を上げ、燃費よく飛べるようにする技術です。
牧野:超音速で飛ぶと、機体から衝撃波が出ますが、その衝撃波は空気を圧縮し、地上に届いた時に非常に大きな音になります。これがソニックブームです。以前、アメリカ連邦航空局(FAA)が戦闘機によるソニックブームの試験を行った時に、実際にその音を聴かせてもらいましたが、花火のようなドドーンという音がしたのを覚えています。身体がビリビリくるという感じでした。
大貫:唯一の超音速旅客機として商業的に就航していたコンコルドは、燃費の悪さとソニックブームなどの騒音問題を抱え、みなさんに受け入れてもらえませんでした。コンコルドの課題を解決する技術を蓄積しようということで始まったのが、JAXAの超音速機技術の開発です。
ところで、戦闘機用の超音速の技術と旅客機用の超音速の技術が全く違うものだというのをご存知でしょうか。よく「音速を超える戦闘機がたくさんあるのに、どうして簡単に超音速旅客機を作れないの?」と質問されることがありますが、実は戦闘機が超音速で飛べるのは数分間だけなのです。つまり、相手から逃げるとか、目的地まで速く行くために、数分間だけエンジン出力を最大にして超音速で飛ぶのです。戦闘機は機動性を重視していますから、機体の重量や、空力的な効率はあまり重要なこととは考えられていません。一方、旅客機の場合は、超音速で数時間飛ばなければなりません。長時間スピードを保つためには、エンジンの効率を良くすることや、機体の軽量化、空力的な効率を考えることがとても重要です。このように、同じ超音速機の技術でも、戦闘機と民間航空機では全く別のところを目指しています。

コンピュータによる機体の形状定義

CFD解析による機体の性能評価
Q.牧野さんは具体的にどのような研究をしているのでしょうか?
牧野:超音速で飛んでいる時の機体の空力性能を上げることと、ソニックブームを軽減させることを両立させる、空気力学的な設計技術を研究しています。ソニックブームと機体の形状は深く関係していると考えられています。例えば、機体の先端を丸まった形にすると、ソニックブームの音が弱くなります。しかし、先端を丸めると空気抵抗が大きくなり、飛行効率が悪くなってしまいます。機体の形状を工夫することと、コンピュータを使って効率的に設計することにより、その両者を満たす良い解決法を見つけたいと思います。
Q.超音速機の研究において、JAXAが世界に誇れる技術は何でしょうか?
大貫:コンピュータを使ったシミュレーション技術です。コンピュータの中のバーチャルな世界で機体を作って飛ばし、シミュレーションをします。ソニックブームがどのように伝わっていくかの解析から、ソニックブームを低減する機体形状の設計まで、すべてコンピュータで行います。このような、コンピュータによる設計技術は世界トップレベルだと思います。
現在、超音速機の空力性能やソニックブームなどをコンピュータシミュレーションにより推算し、最適な機体形状を求める設計プログラムを開発しています。これを使うと、さまざまな設計要求に基づく複数の目的を考慮して、自動的に機体形状を最適化してくれます。例えば先ほど申し上げたように、ソニックブームを下げようとすると空気抵抗が大きくなって空力性能が悪くなる。逆に、空力性能を良くしようとするとソニックブームが大きくなるという、相反する性質がありますが、それを両立できるような形状をコンピュータが設計します。これを多目的最適設計と言います。この設計手法は、これまで私たちが開発・実証してきた設計手法である「逆問題設計」の一段先を行く技術です。逆問題設計というのは、通常のように、まず機体の形があって、この形にはどんな特性があるかを解析するのではなく、「どういう特性か」というのを最初に決めて、その特性を与えるような形を求める設計手法です。逆問題設計では、得られた形状が機体性能として本当に良いものかどうかを別に解析しなければなりませんが、多目的最適設計を用いれば「こういった性能(抵抗/ソニックブーム等)を向上させたい」と指定するだけで、最適化された最も良い形がズバリ出てくるようになるでしょう。

逆問題設計法によって設計された小型超音速実験機

静粛超音速研究機の縮小模型
牧野:具体的に言いますと、例えば、形状を決めて、コンピュータ上で飛行させると、機体の周りをどのように風が流れるかという解析結果が得られます。これが「順問題」です。一方、「こんな空気の流れにしたい」と入力すると、その流れを作り出す形状を出すのが「逆問題」です。しかし、私たちの目的は、「こんな流れ場がほしい」ではなくて、「性能が良くて、音の静かな航空機がほしい」ということなので、この逆問題だけでは最適化とは言えません。機体周りの流れ場が決まると、それによって引き起こされる機体への抵抗や、ソニックブームといった評価すべき特性がでてきますが、これらを最適にしてくれる形状を求めるのが「最適設計」というわけです。コンピュータによる設計技術を、ここまでステップアップしようというのが私たちの目標です。
ソニックブームと機体の空力性能には相反する要求が生じますが、空気力学と構造力学にも同じようなことが言えます。例えば、空気力学的に超音速機の主翼設計を考えた時、最適な形状はカミソリの刃のような薄い翼です。空気を乱すことなく、切り裂くように飛んでいくのが、空気力学的にはベストな設計です。ところが、それを構造力学的に考えると、「そんな薄い翼だと曲がってしまうから無理」となってしまいます。そこで、「だったらもう少し厚くしよう」「いやこれでもまだ薄い」といったようなやりとりを繰り返し行って、航空機の形状が決まるというのが、これまでの方法でした。これでは非常に効率が悪く時間もかかります。そこで、空力性能や構造の拘束条件といったことを一緒に1つのテーブルに載せて考える、「多分野統合最適設計」により航空機の形状を決めるコンピュータプログラムを開発することになりました。例えば、翼を少し厚くした場合、コンピュータが自動的に空力解析や構造解析を行って、構造や空力の特性がどう変わるのかというのをパッと出してくれます。そして、その結果を反映して、最適化された形状を出してくれるのも、コンピュータというわけです。これらがすべて自動化されることにより、設計効率も非常に上がります。この最適設計プログラムを、静粛超音速機実験機に適用し始めたところですから、これからその効果がどんどん出てくると思います。