ご覧いただいているページに掲載されている情報は、過去のものであり、最新のものとは異なる場合があります。
掲載年についてはインタビュー 一覧特集 一覧にてご確認いただけます。


宇宙実験で広がる未来への可能性〜「きぼう」日本実験棟での実験の成果〜 健康管理と病気の予防に役立つ宇宙医学 JAXA有人宇宙環境利用ミッション本部 宇宙医学生物学研究室 研究領域リーダ・主幹研究員 宇宙医学実験担当 大島博

骨の研究や遠隔医療システムの検証

Q. 宇宙医学研究とはどのようなことを目的とした研究なのでしょうか?

国際宇宙ステーション(提供:NASA)
国際宇宙ステーション(提供:NASA)

ビスフォスフォネートを手に持つ若田宇宙飛行士(提供:NASA/JAXA)
ビスフォスフォネートを手に持つ若田宇宙飛行士(提供:NASA/JAXA)

筋力トレーニングを行う若田宇宙飛行士(提供:NASA/JAXA) 筋力トレーニングを行う若田宇宙飛行士(提供:NASA/JAXA)
宇宙長期滞在から帰還2時間後の若田宇宙飛行士と大島医師
宇宙長期滞在から帰還2時間後の若田宇宙飛行士と大島医師

宇宙飛行は、人類の新たな夢への挑戦です。皆さんのまわりにも、機会があれば宇宙飛行に挑戦したいと考えている人がいると思います。国際宇宙ステーション(ISS)の中は、地上と同じ気圧、温度、酸素濃度が保たれ、Tシャツやショートパンツで生活できます。しかし、宇宙滞在では、微小重力、閉鎖空間(ジャンボジェット機内程度)、宇宙放射線をあびやすい、24時間リズムの乱れ(ISSは90分毎に地球を周回するため)など、地上と異なる環境で生活することになり、骨量減少や体内リズムが乱れるなど人体への影響が生じるリスクがあります。宇宙医学研究では、宇宙飛行の医学的なリスクを最小限に抑え、宇宙飛行士のパフォーマンスを最大限発揮させるための「究極の予防医学」に挑戦しています。 Q. これまでどのような宇宙医学実験を「きぼう」で行ってきましたか? その概要とこれまでの成果を教えてください まずは「薬を用いた骨量減少予防研究」を紹介します。1Gの重力の地上では、運動によって骨に荷重刺激が加わり、骨にカルシウムが蓄積されます。一方、微小重力の宇宙では、骨への荷重負荷がかからないため、骨からカルシウムが放出され、骨粗鬆症患者の約10倍の速さで骨量が減少します。NASAのデータによれば、大腿骨頚部(足の付け根の骨)の骨強度は1ヵ月に平均2.5%減少、6ヵ月間の宇宙滞在で平均15%減少するとの報告があり、帰還後に転倒すると、骨折するリスクが高まります。それを予防するため、ISSでは毎日2時間の運動が行われてきましたが、従来の運動では骨量減少を防ぐことはできませんでした。そこで、我々は徳島大学の松本俊夫教授たちと協議して、骨粗鬆症の治療薬を用いて骨量減少を予防する対策法を考案しました。そして、90日間のベッドレスト研究で、その治療薬に骨量減少の予防効果があることと、副作用はほとんどないことを確かめました。
これらの成果をふまえて、JAXA(日本側の代表研究者は松本俊夫教授)とNASAは共同研究により、宇宙飛行の骨量減少を予防するための宇宙医学実験を開始することになりました。具体的には、骨粗鬆症の治療に使用されているビスフォスフォネート剤を毎週服用、あるいは飛行前に静脈内注射し、宇宙飛行による骨量減少の予防効果があるかどうかを検証する研究です。私は、産業医科大学の中村利孝教授、名古屋市立大学の郡健二郎教授とともに、この研究の日本側共同研究者として参加しています。
そして、この実験の最初の被験者になってくれたのが、2009年に約4ヵ月半の宇宙長期滞在を行った若田宇宙飛行士です。若田宇宙飛行士は、骨粗鬆症の治療薬(ビスフォスフォネート)を、宇宙で毎週1回服用しました。若田宇宙飛行士はその結果について、すでにプレス関係者に、「骨量は飛行前と比べてほとんど減らなかった」と語り、報道されています。
宇宙医学の研究では、研究者からは飛行士個人のデータを一般に開示してはいけないという規則があります。また1例の良い結果のみで総括的判断を誤ることがないよう注意が必要です。数例のデータを解析し、誰のデータか識別できない配慮を加えた後に、研究成果を公表する予定です。このようにまだまだ検証途中ではありますが、若田宇宙飛行士や野口宇宙飛行士、外国の宇宙飛行士が本研究に被験者として協力してくれたおかげで、カルシウムやビタミンDなどの適切な栄養摂取、効果的な運動プログラム、および必要最小限の薬剤により、宇宙飛行の骨量減少リスクは軽減できる可能性が出てきたようです。
ところで、若田宇宙飛行士が長期宇宙滞在から帰還した日、私はリハビリテーション担当医として、 NASAケネディ宇宙センター内の医学関連施設で待機していました。そして帰還から2時間後、元気に自分で歩いて医学関連施設に到着した若田宇宙飛行士と会うことができました。健康管理担当医師が医学検査を実施した後、若田宇宙飛行士は、帰還4時間後には、スペースシャトルの短期宇宙滞在のクルーと一緒に記者会見に参加しました。この間、若田宇宙飛行士への歩行介助は全く必要ありませんでした。長期宇宙滞在から帰還直後の記者会見に自力で歩いて参加した宇宙飛行士は、NASAでもこれまで数人しかいないそうです。若田宇宙飛行士は、健康管理担当医師の管理のもとに飛行中の健康管理に気を配り、また、我々が計画した軌道上運動プログラムを着実に実践してくれましたので、帰還直後の記者会見に、しっかりとした足取りで自力で歩いて参加できたと思われます。

Q. 骨の研究以外では、どのような実験が行われていますか?

心電計(提供:フクダ電子株式会社)
心電計(提供:フクダ電子株式会社)

遠隔医療の検証実験にて、地上でデータ取得状況を見守る
遠隔医療の検証実験にて、地上でデータ取得状況を見守る

小型心電計とハイビジョンカメラを用いて、軌道上の「きぼう」日本実験棟と筑波宇宙センター間の遠隔医療の検証実験を行いました。日本製の軽量で手のひらサイズの心電計を「きぼう」に搭載し、軌道上の宇宙飛行士の心電波形を24時間連続記録し、そのデータを筑波宇宙センターに送信しました。
私たちの体は、交感神経と副交感神経の2種類の自律神経でコントロールされ、昼間は活動するので交感神経、夜は休むので副交感神経がそれぞれ優位に働くという、24時間の日内リズムで体内バランスを保っています。24時間の心電波形データを見れば、不整脈や自律神経機能を評価することができます。もし、不整脈や虚血性変化などによる異常波形や体内リズムの乱れがあれば、狭心症や体調不良を発症する前に、「このように体内リズムが乱れているので、少し体を休めた方がいいよ」といったアドバイスができるようになります。
また、皮膚の遠隔診断も行いました。心電図の電極を貼った場所を、宇宙飛行士が小型のハイビジョンカメラで自ら撮影し、地上の医師がその映像を見て、適切な位置に装着できているか確認しました。そして電極を取り外した後、皮膚にかぶれなどの異常がないかどうかを遠隔診断しました。もし皮膚がかぶれていたら、早期に適切な軟膏処置を勧めます。心電図とカメラを使ったこの検証実験により、「きぼう」と筑波宇宙センター間の遠隔医療を構築することが確認できました。今後さらに実践的検証を重ねて、有人宇宙技術の蓄積に努めたいと思います。
この他のJAXAの研究として、飛行士の宇宙放射線被曝線量モニターや、皮膚や鼻の粘膜に付着する真菌研究を行っています。真菌とはカビのことで、水虫の原因となる白癬菌もその1つです。地上では重力の影響で水虫菌は足に多く発見されますが、無重力の宇宙では真菌が浮遊し、人体に影響を与える可能性も否定できません。
ところで、スペースシャトルが今年引退すると、宇宙から研究試料を地上に持ち帰ることが困難になります。そこでJAXAは、宇宙飛行士の毛髪を利用した研究を開始しました。飛行前・中・後に宇宙飛行士の毛髪を採取し、毛幹に蓄積されるカルシウムなどのミネラルや、毛根細胞の遺伝子やタンパク質の発現などを調べます。毛髪はストレスなど外部環境に敏感に反応しますので、ストレス反応を解析し、健康管理に役立つか検証を行う予定です。

  
1   2
Next