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何としても地球に帰らせたかった「はやぶさ」 「はやぶさ」プロジェクトマネージャ 川口淳一郎

シナリオ通りのカプセル帰還

Q. 「はやぶさ」の大気圏突入から帰還までの難しさは何でしたか?

大気圏再突入時の「熱」が大きな壁でした。「カプセルによる大気圏再突入」は、「はやぶさ」の目標の1つであり、耐熱材料の開発と再突入カプセルのシステムを構築することは、技術的な大きな課題でした。この場合のシステムとは、カプセルの分離から回収まで全てのシーケンスを含みます。
「はやぶさ」の再突入カプセルは直径約40cm、厚さ平均3cmの鍋型で、カプセル本体と、カプセルを熱から守るヒートシールド、地上に着地するときの衝撃を緩和するためのパラシュートで構成されています。カプセルが大気圏に突入するときの速度は、秒速約12kmあり、大気との摩擦で、カプセルは1万度以上の高温にさらされます。すると、カプセルの表面温度は最高で摂氏3,000度にまで達します。それほどの高温からカプセルを守るのが、カプセルの外側を厚さ3cmで覆うヒートシールドです。ヒートシールドの主な素材には、航空機の構造材やスポーツ用品などに使われる「CFRP(炭素繊維強化プラスチック)」が用いられました。
カプセルは「はやぶさ」から分離されると、高度200kmで大気圏に突入。その後、高度約5kmでヒートシールドが分離され、パラシュートが開くと、ビーコン信号が発信されるという仕組みになっていました。その際、カプセルの重心や角度、パラシュートを開くタイミングなどがとても重要になってきます。また、カプセルを無事に帰還させるためには、大気圏再突入時の「空気抵抗」と「高温」に耐えなければなりませんが、その両方を同時に模擬できる環境は地上にはありません。再突入カプセルのシステムは、耐熱に関しては地上試験で確認していましたが、いわばぶっつけ本番で挑みました。それにもかかわらず、カプセルは計算通りに大気圏に再突入し、オーストラリアの砂漠に無事に着地したのです。
実は、帰還の時に、ある不安がありました。パラシュートが開く時に使う火薬が、劣化していないかが心配だったのです。地上から5 kmぐらいの高さになると、火薬が爆発してパラシュートが開く仕組みになっていましたが、7年という長旅をしている間に、火薬が劣化している可能性がありました。「はやぶさ」は当初、2007年に帰還する予定でしたが、燃料漏れなどで3年間計画が遅れていたため、予定よりも長く極真空、極低温の宇宙にいたのです。もしも火薬が劣化していたら、パラシュートが開かないまま、カプセルは地上に激突して粉々になるところでしたが、幸いにも火薬が作動してパラシュートは開きました。ビーコン信号を受信したときには本当にうれしかったです。パラシュートが開いたということですからね。しかも、カプセルは私たちが予測した範囲内の中心に落下し、すぐに回収することができました。「はやぶさ」の帰還は、描いていたシナリオの通りでした。ですから、「あまりにもよくできすぎた」と思いました。

カプセルに微粒子を発見

Q. 「はやぶさ」のカプセルに対面したときのお気持ちはいかがでしたか?

回収したカプセルの内部回収したカプセルの内部

カプセル内部には焼け焦げたような跡もなく、予想外に綺麗すぎるというのが率直な印象です。宇宙空間には酸素がありませんから、酸化する要素はなく、綺麗でも不思議ではありませんが、それにしても綺麗すぎて驚きました。一方、ヒートシールドの方は、前面は焼けていましたがボロボロではなく、表面全体がきれいに均等に焼け焦げているという感じでした。また背面の方は、貼り付けていたテープがだいぶ焼け残っていて、テープがこんなにも残るものかと思いました。このテープは、分離後のカプセルがどれほど高い温度になったか解析するときに、予測しやすくするために貼り付けていたものです。
さらに、「へその緒」が残っていることにも大変感動しました。これは、英語では「アンビリカルケーブル(Umbilical Cable)」と言われるもので、カプセルと探査機本体をつないでヒーターに電力を供給したり、信号を送受信するのに使います。そして、カプセルが「はやぶさ」から切り離される際、このケーブルは切断されるのです。大気圏再突入のときに、カプセルは1万度を超える高温に包まれますので、へその緒は熱で融けてしまって痕跡もないだろうと思っていました。ところが、へその緒はきれいなまま残っていたのです。それを見たときには、信じられない気持ちと、はやぶさの形見を見た思いでいっぱいでした。

Q. 帰還したカプセルの分析はどこまで進んでいますか?

カプセルの採取容器の内部カプセルの採取容器の内部

本来の「はやぶさ」のサンプル採取方法は、小惑星イトカワに金属の弾丸を打ち込んで、その衝撃で舞い上がったものを採取するということでしたが、実際には弾丸を打てませんでした。それでも、「はやぶさ」がイトカワに着陸した時の砂ぼこりなどを採取できた可能性があると期待していましたが、エックス線CT(コンピュータ断層撮影装置)などで調べた結果、1mm以上の大きな物質が入っていないことが分かりました。
さらに光学顕微鏡で調べた結果、「サンプルキャッチャ」と呼ばれる円筒容器などから、10マイクロメートル程度の微粒子がいくつか見つかりました。ただし、それらの微粒子は、地球から打ち上げた時にすでに入っていた可能性があります。現在は、カプセル内部の微粒子を、ともかくできる限り集めているという方針でいて、それと並行して、地球の微粒子でない可能性が高いものを選別してから分析しようとしているところです。その先の詳細な成分分析については、国内の大学や、アメリカやオーストラリアの研究者にも依頼する予定です。もしも、微粒子がイトカワの物質だと分かれば、月以外の天体に着陸してサンプルを持ち帰った世界初の例となります。

帰還の事実にこそ説得力がある

Q. 「はやぶさ」が残した功績を教えてください。

「はやぶさ」とカプセルの光跡(提供:飯島裕)「はやぶさ」とカプセルの光跡(提供:飯島裕)

やはり、往復の宇宙飛行を実現する技術を獲得したことが最も大きい功績だと思います。「はやぶさ」がめざしていた技術的な目標は、「イオンエンジンによる惑星間飛行」「自律的な航法と誘導」「小惑星のサンプル採取」「イオンエンジンを使用した地球スウィングバイ」「カプセルによる大気圏再突入」です。サンプル採取についてはまだ結果が分からないものの、この5つの技術をすべて獲得できたからこそ、往復の宇宙飛行が実現できたのだと思います。例えば、サンプル採取だけをしたいと思っても、その1つだけを実現するのは無理です。また、これらの技術は、将来のサンプルリターンや往復宇宙飛行、あるいは、もっと遠いほかの天体の資源利用などに欠かす事ができない技術ばかりです。それを獲得して、次の時代に橋渡しができるというのは、ものすごく大きな飛躍だと思います。
時には幸運にも支えられながら、最後まで諦めずに頑張ったプロジェクトチームの実力があったからこそ、「はやぶさ」を帰還させることができました。こうして「はやぶさ」が地球に帰ってきたという事実に、強い説得力があるのだと思います。

Q. 帰還にはこだわりましたか?

多くの方が訪れた「はやぶさ」カプセル展示イベント多くの方が訪れた「はやぶさ」カプセル展示イベント

当然です。「はやぶさ」の一番の目的は「地球に帰ってくる」ことにありましたので、何としても地球に戻したいと思っていました。2005年11月に小惑星イトカワに到達した時に、このミッションは十分成功したと言ってくださる方がいましたが、私は、まだ道半ばだと思っていました。とにかく、何が何でも「はやぶさ」を地球に帰さなければならないと考えていたのです。ですから、2005年12月に「はやぶさ」が音信不通になったときは、どんな手を使っても「はやぶさ」を行方不明から救いたいと思いました。
また、「はやぶさ」はたくさんの方に応援していただきましたが、皆さんの関心が高まったのは、帰還のめどが立った今年の3月頃からだったと思います。皆さんにとっても、「はやぶさ」が地球に戻ってくることに、特別な意味があったのではないでしょうか。

  
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