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人類初のチャンスに大きな喜び

Q. 「はやぶさ」の7年間の旅を振り返り、特に印象に残っていることは何でしょうか?

小惑星イトカワ
小惑星イトカワ

月並みですけども、小惑星イトカワへ到着、イトカワへの離着陸、行方不明からの救出、イオンエンジンの応急処置による運転継続、そして、地球に帰還できたことが特に印象に残っています。
イトカワの表面がはっきり見えるようになったのは、まさしく到着した日でした。前日までは、ピーナッツのような形をしているということは分かっても、岩でゴツゴツしているという詳細な地形までは分からなかったのです。それまでは、小惑星はレゴリス(砂)に覆われ、その中にクレーターが点在しているものだと思い込んでいましたので、予想外のイトカワの姿に大変驚きました。そして、「この天体を人類が初めて見る」というチャンスを、自分たちの手でつかんだことに大きな喜びを感じました。
また、イオンエンジンの運転を継続できたことにつながりますが、どんな危機が訪れようとも、いろいろな人が自発的に次々とアイデアを出してくれました。プロジェクトの関係者が、それぞれに意欲を持ってやってくれましたので、皆さんの意気込みをすごく発揮できたプロジェクトだったと思います。それもとても印象的でした。これはきっと、みんなが「はやぶさ」のミッションに魅力を感じてくれたからだと思います。

Q. 「はやぶさ」には機器のトラブルなど多くの試練がありましたが、プロジェクトマネージャとして心がけたことはありますか?

管制室で「はやぶさ」の帰還を見届ける川口教授ら管制室で「はやぶさ」の帰還を見届ける川口教授ら

私はプロジェクトマネージャという肩書きながら、マネジメントらしきことをした覚えがほとんどありません。先ほどお話したように、プロジェクトチーム自身に意気込みがありましたので、私が何もしなくても、みんなが積極的に動いてくれたのです。どんな危機が訪れても、各々が、自分でやれるだけのことを精一杯やっているという感じでした。ただ、強いて言えば、誰もが意見を出しやすい雰囲気を作るようにしました。実績や立場に関係なく、良い意見をどんどん取り入れるよう心がけました。例えば、これまで試みたことのない方法が提案された場合、リスクが大きいから駄目だと言って却下するのではなく、最善の策だと思えば採用したのです。

継続が知識と技術の伝承につながる

Q. 先生にとって「はやぶさ」はどのような存在でしたか?

小惑星探査機「はやぶさ」小惑星探査機「はやぶさ」

「はやぶさ」は子供のような存在でした。探査機は、基本的にはプログラムが組み込まれた機械です。しかし、一度入れたプログラムを打ち上げた状態のままずっと使うのではなく、頻繁に書き換えたり、書き加えたりします。ここでいうプログラムというのは、「こういう場合はこういうふうにしなさい」というルールを書き込んだものですから、プログラムを変えるということは、その都度、探査機に新しいルールを教えるということです。これは、子供をしつけ、育て上げるのと本当に同じ感覚なのです。
小惑星イトカワは、地球から3億キロ以上離れた場所にありましたので、地球から電波で探査機に命令を送っても、往復で30分もかかります。ですから、「はやぶさ」には自律航行の機能を持たせました。「はやぶさ」は、打ち上げ直後は、地上での運用で100%制御されていましたが、ルールを書き込んでいくにしたがって、いろいろなことを学習し、自律的に航行できるようになります。自分の居る場所や、行くべき方向を自分で判断して動くようになるのです。プログラムを書き換える度に新しいことを習得し、地上の手を離れていく「はやぶさ」は、まるで、子供が成長していくようでした。育て上げた子供が、教えたことをけなげに一生懸命やってくれている、というような感覚でしたね。

Q. 「はやぶさ」で得たことを今後どのように発展させていきたいですか?

「はやぶさ」が最後に撮影した地球。撮影後
「はやぶさ」は大気圏に再突入して燃え尽きた「はやぶさ」が最後に撮影した地球。撮影後「はやぶさ」は大気圏に再突入して燃え尽きた

まずは、本格的なサンプルリターン探査を続けなければならないと思います。幸運で帰還できましたが、それを実力に変えることは、世界に先行して技術を真に定着させる大事なプロセスです。また、もちろん、他の天体の試料を地球に持ち帰ってこそ、本当のゴールだと思っていますので、提案中の「はやぶさ2」でぜひ実現したいです。これは、「はやぶさ」で飛行した実績があるからこそできることだと思います。
また、「はやぶさ」の本体は、カプセルと一緒に大気圏に再突入して燃え尽きましたが、今度はそれを生き残らせたいと思っています。「はやぶさ2」の探査機本体を大気圏に再突入させないで、できれば、太陽と地球のラグランジュ点に係留したいと考えています。ラグランジュ点とは、太陽と地球との間の引力が均衡しているポイントです。いつか、この場所に「深宇宙港」という太陽系を巡る航路の出発点、すなわち母港を建設したいと思っていますので、それに向けた飛行実証をしたいと思っています。将来的には、この宇宙港を拠点に、「はやぶさ」のような探査機を何度も再利用したいという構想です。これを聞いて、皆さんはなんて無謀なミッションだと思われるかもしれませんが、まさに「はやぶさ」こそが、このようなチャレンジングなミッションだったのです。20年、30年先の人たちが「はやぶさ2」を拾って帰ってきてくれること、そういう時代が来ることを願っています。
「はやぶさ」のように、誰もがやったことのないミッションにはリスクがつきものです。しかし、たとえリスクがあっても、新しい技術を開発して、その技術を利用した宇宙探査を継続していくことが、とても大切だと思います。また、これは科学技術全般にいえることですが、新しいプロジェクトを行う場合、構想から始まって、実際に成果を得るまでには10年とか20年近くかかります。「はやぶさ」も、1980年代に構想が持ち上がったミッションでした。成果が出るまでに時間がかかるという理由で、目先のことだけを考えた政策のみに投じ、10年、20年ごとに1つのプロジェクトしかやらないということでは駄目です。たとえ、成果を出すまでに時間がかかったとしても、それを続けることで、いずれは毎年成果が出るようになるのです。やはり、プロジェクトを継続することが、知識や技術の伝承につながると思います。それが、国民に自信と希望をあたえ、将来にあかるい展望をもたらす原動力になると思っています。

宇宙ミッションが次の世代を育てる

Q. 今後の日本の惑星探査にどのようなことを期待されますか?

小惑星探査機「はやぶさ2」(提供:池下章裕)小惑星探査機「はやぶさ2」(提供:池下章裕)

惑星探査というのは、科学的な目的だけでなく、「他の天体がどうなっているのだろう?」という、理科的な興味を生じさせる大きな材料でもあります。理科というのは興味から出発するものですから、若い人に興味を持つきっかけを植え付ける必要があります。そういう意味で、惑星探査はまさに「不思議なこと」の塊ですから、理科的な興味を広げるのに役立つと思います。また、惑星ごとにそれぞれ特徴があり、異なる惑星を見ると、新しいことが分かってきます。新しい知見を得るということは、学びがあり、教育に結びつきます。そして、文化を育み、向上させるという点でも貢献すると思います。このように、惑星探査は、科学技術の発展や新しい知見を得るだけでなく、人々の好奇心を高め、次の世代を育てるためにも効果的だと思います。

Q. 若い世代にアドバイスするとしたら、どんな言葉をかけますか?

何かに興味を持ち、そして何よりも新しいことにチャレンジする気持ちを持ってほしいと思います。世の中には不思議だと思うことがたくさん転がっていますが、それは見る人によって違います。疑問に思ったことの多くは、すでに回答が出ているかもしれませんが、興味というのはそれでも構いません。その人にとってオリジナルな疑問を持つということが大事なのです。
また、展望を持つことが大切です。例えば「はやぶさ」は、他の天体に行ってサンプルを採って戻ってくるという、ある種、「こんなことができたらいいな」と誰もが夢にみるようなことですよね。やはり、新しい発見を得るためには、夢のような途方もないことを思いつかないと駄目だと思います。そういう意味で、教科書の内容を1つ1つ学習していくだけでは、おそらく教科書に書いてあることを越えることができないと思うんですね。皆さんには、何にでも好奇心を持って、教科書に書いていない新たな挑戦をしてほしいと思います。

Q. 先生の今の目標、あるいは夢は何でしょうか?

小型ソーラー電力セイル実証機「イカロス」小型ソーラー電力セイル実証機「イカロス」

太陽系航行の航路を確立したいと思っています。そのために、太陽と地球のラグランジュ点に深宇宙港を建設したり、ソーラー電力セイルで木星圏を探査するという計画を考えています。今年の5月に打ち上げた実証機「イカロス」で、世界で初めて、ソーラー電力セイルによる軌道制御を成功させました。木星圏の探査では、トロヤ群という、木星のラグランジュ点に存在する小惑星を、ソーラー電力セイルで観測するという計画を持っています。木星のトロヤ群を調べれば、私たち生命の起源や、木星をはじめとする巨大ガス惑星の誕生に迫る新しい発見ができるかもしれません。
「はやぶさ」の帰還によって、「はやぶさ」に期待してくださった方々の夢がかなったとすれば、それは私たちにとって最高の喜びです。「はやぶさ」のように、皆さんに夢を抱いていただけるような、また、関心を持ってもらえるような宇宙ミッションを、これからもぜひ立ち上げたいと思います。

川口淳一郎(かわぐちじゅんいちろう)

JAXA宇宙科学研究所 宇宙航行システム研究系 研究主幹 教授。工学博士
月・惑星探査プログラムグループ プログラムディレクタ
1983年、東京大学大学院工学系研究科航空学専攻博士課程修了。同年、旧文部省宇宙科学研究所(現JAXA)システム研究系助手に着任し、2000年より同研究所教授。小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトマネージャを務める。専門は探査機の飛行力学、姿勢・軌道制御など。

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