小惑星探査機「はやぶさ」
イオンエンジンは、キセノンという気体をプラズマにして、それを電気的に加速して、高速で噴射させることによって推進力を得るものです。プラズマを作る方法によって分類されますが、「はやぶさ」のイオンエンジンは、マイクロ波の電波を使ってプラズマを作るので、「マイクロ波放電式イオンエンジン」と呼ばれています。この独自の方式を実用化したのは、世界で私たちが初めてです。
また、イオンエンジンは、通常ロケットの打ち上げなどに使われている化学エンジンと比べると10倍ほど燃費がよく、かつ、長寿命です。宇宙で要求される寿命は最低でも1万時間ですが、これは1年間ずっと動き続けられるということです。また、宇宙へ打ち上げると修理に行けませんので、メンテナンスを必要としないで壊れず動くという長寿命性が条件です。「はやぶさ」のイオンエンジンは累積4万時間の運転を達成しましたが、これは、宇宙空間におけるイオンエンジンの稼動時間として世界最長の記録です。
その一方で、イオンエンジンは推力がきわめて小さいという短所があります。「はやぶさ」のイオンエンジンは、3基で、1円玉2枚半ほどを地球上で持ち上げるだけの推力しか出せません。それでも、空気抵抗のない宇宙へ行けば十分使えるのです。低燃費で長時間使えるという点で、イオンエンジンは、遠くまで行く深宇宙探査に最適だと思います。
小惑星探査機「はやぶさ」(提供:池下章裕)
まず、2003年の打ち上げ直後に、4基のエンジンA〜Dのうち、Aが動作不安定となり、運転を休止することになりました。イオンエンジンの連続運転を行う自信はなく、順調に動く残りの3基を、とにかく壊さないよう、毎日、手探りで運用をしていたという感じでした。
2004年には地球スウィングバイに成功し、小惑星イトカワに向かう長楕円軌道に乗りました。最初の太陽に近い軌道にいるうちはよいのですが、だんだん太陽から遠ざかっていくと電力が少なくなってきます。ちょっと目を離したすきに、電気が足りなくなってしまい、探査機が停電状態に陥ってかなり危うい状態になったことがあります。
その後、3基ある姿勢制御装置のうち2基が故障したものの、2005年11月に「はやぶさ」はイトカワに着陸することができました。しかし、離陸後に地上管制室で歓声がわく中、姿勢制御用の化学エンジンが燃料漏れを起こしていることが判明しました。燃料漏れの影響で探査機の姿勢が乱れ、「はやぶさ」は行方不明となってしまいます。約2ヵ月もの間、音信不通となってしまいました。
2006年3月には通信がなんとか回復したものの、姿勢制御装置はすべて故障していました。そこで、イオンエンジンの燃料であるキセノンガスや、太陽光の圧力を利用する新しい姿勢制御方法をあみ出し、2007年に、なんとか地球に向けて出発します。しかし、この時点でエンジンBも不調だったため、CとDの2基で地球をめざしました。
そして、2009年11月に最大の危機がおとずれます。エンジンDが寿命をむかえて異常停止し、一緒に頑張ってきたCもここまでの長旅で性能が低下し、まもなく寿命をむかえようとしていました。そこで思いついたのが、先ほどお話した、2つのエンジンを組み合わせて、1台分のエンジンの推力を得るという、クロス回路を使った運転です。偶然にも、エンジンAはイオン源、エンジンBは中和器が壊れて使用を中止していました。そこで、壊れていないエンジンAの中和器と、エンジンBのイオン源を組み合わせて動かして、危機を回避したのです。その後「はやぶさ」は、2010年3月末に地球に接近する軌道に入り、6月の帰還にめどが立ちました。