ご覧いただいているページに掲載されている情報は、過去のものであり、最新のものとは異なる場合があります。
掲載年についてはインタビュー 一覧特集 一覧にてご確認いただけます。


希望を現実にした「はやぶさ」のエンジン 「はやぶさ」イオンエンジン担当  國中均

永遠に感じられた3分間

Q. 「はやぶさ」のカプセル落下場所のオーストラリアで帰還に立ち合われたそうですが、現場の皆さんはどんな様子でしたか?

「はやぶさ」とカプセルの光跡「はやぶさ」とカプセルの光跡

「はやぶさ」は大気圏に再突入する前にカプセルを分離し、探査機本体は大気圏で燃え尽きますが、カプセルはオーストリア中央部に広がる砂漠に落下します。その地区は軍の管轄地域だったため、私は、オーストラリア空軍施設内に設けられた管制室で、日本側の安全管理責任者として指示を出していました。
2010年6月13日の帰還当日は、空がとてもきれいに晴れていました。その2週間ほど前から現地入りをして、砂漠に「はやぶさ」からのビーコン信号を受けるアンテナや撮影機材を設置するなど準備を進めてきましたが、これほど全域が晴れたのは初めてでした。「はやぶさ」の帰還が近づく中、待機をするJAXAの光学観測班、方向探査班や、ヘリコプターからの連絡が管制室に入ってきます。方向探査班は、ビーコン信号をもとにカプセルの落下地点の特定を行います。ただし、管制室の中は特に慌ただしいという感じはありませんでした。「はやぶさ」が大気圏に突入する、22時51分(日本時間)に焦点を合わせて、スケジュールどおり、粛々と作業を進めているという感じでした。同日の19時51分に「はやぶさ」のカプセルが分離されると同時に、カプセル内のタイマーが働き、耐熱用のヒートシールド分離、パラシュートの開傘まですべて自動で制御されていましたので、大気圏突入の時刻は1秒たりとも変わるはずがなかったからです。
だからといって、何も不安がなかったと言えば嘘になります。イオンエンジンによる「はやぶさ」の軌道変換には自信がありましたので、予定どおり火球が現れるのは確実だと思っていました。しかし、カプセルが砂漠で見つからないかもしれないという心配があったのです。「はやぶさ」は7年もの長旅で、探査機の設計寿命をすでに超えています。パラシュートが指示通りの高度で開くのか?カプセルに搭載されている発信器がきちんと作動をしてビーコン信号を出すのか?というのは誰も保証できませんでした。もしも、パラシュートを開く高さが予定よりも高いと、風で流されて遠くへ行ってしまい、見つからない可能性があります。また、予定よりも低いと、地面に激突してカプセルがバラバラになるかもしれません。たとえパラシュートがきちんと開いたとしても、ビーコン信号が出なければ、直径40cmほどの小さいカプセルを広大な砂漠で探すのは非常に困難です。このようなことが心配で、私はとても不安でした。

Q. カプセルからのビーコン信号は出ましたか?

オーストラリアの砂漠に着地した「はやぶさ」のカプセルオーストラリアの砂漠に着地した「はやぶさ」のカプセル

ビーコン信号は出ました。しかし、大気圏に突入したカプセルの光球が見えてから、信号を受けるまでの3分間が、永遠のように長く感じられました。管制室でじっと待ち、信号を受けたときは、「ビーコンが出た!」と声に出し、大変嬉しかったです。ビーコンが出れば、かなりの確率で次に進めますので、これで少し先が見えたかなという感じでした。
そして、方向探査班がビーコン信号からカプセルの位置を地図上で探してみると、なんと、私たちが予測した落下範囲のちょうど真ん中にカプセルがあったのです。このときは、「当たった!」と思いましたね。絶対にカプセルは見つかると確信しました。その後、砂漠上空のヘリコプターが、サーチライトで照らし出された白いパラシュートとカプセルを目視確認しました。見たところ、カプセルには大きな破損がなさそうということで、翌日のカプセルの回収に期待が膨らみました。
一方、耐熱用のヒートシールドも地上に落下しました。これはビーコン信号を出しませんが、まだ温かいはずなので、ヘリコプターから赤外線カメラで探してもらいました。しかし残念ながら、赤外線カメラでは見つけることができず、翌日、明るくなってから探すことになりました。その日の夜は、「早くカプセルをこの目で見てみたい」という気持ちでいっぱいでしたね。
そして、翌日の6月14日にカプセル本体を、15日にはヒートシールドを無事に回収することができました。砂漠に落ちていたカプセル本体を見たときには、すごくきれいだなと思いましたね。宇宙で7年間も旅をしていたとは思えず、新品のカプセルを誰かが砂漠に置いていったんじゃないかと思うほど、素晴らしくきれいでした。

世界最長記録を達成したイオンエンジン

Q. イオンエンジンとはどのようなエンジンですか?「はやぶさ」によってどのような革新的技術が実証されたのでしょうか?

小惑星探査機「はやぶさ」小惑星探査機「はやぶさ」

イオンエンジンは、キセノンという気体をプラズマにして、それを電気的に加速して、高速で噴射させることによって推進力を得るものです。プラズマを作る方法によって分類されますが、「はやぶさ」のイオンエンジンは、マイクロ波の電波を使ってプラズマを作るので、「マイクロ波放電式イオンエンジン」と呼ばれています。この独自の方式を実用化したのは、世界で私たちが初めてです。
また、イオンエンジンは、通常ロケットの打ち上げなどに使われている化学エンジンと比べると10倍ほど燃費がよく、かつ、長寿命です。宇宙で要求される寿命は最低でも1万時間ですが、これは1年間ずっと動き続けられるということです。また、宇宙へ打ち上げると修理に行けませんので、メンテナンスを必要としないで壊れず動くという長寿命性が条件です。「はやぶさ」のイオンエンジンは累積4万時間の運転を達成しましたが、これは、宇宙空間におけるイオンエンジンの稼動時間として世界最長の記録です。
その一方で、イオンエンジンは推力がきわめて小さいという短所があります。「はやぶさ」のイオンエンジンは、3基で、1円玉2枚半ほどを地球上で持ち上げるだけの推力しか出せません。それでも、空気抵抗のない宇宙へ行けば十分使えるのです。低燃費で長時間使えるという点で、イオンエンジンは、遠くまで行く深宇宙探査に最適だと思います。

Q. 「はやぶさ」のイオンエンジンは4基ありますが、なぜ4基にしたのでしょうか?

「はやぶさ」のイオンエンジン「はやぶさ」のイオンエンジン

冗長性が組みやすいというのが1つの理由です。「はやぶさ」は4基のエンジンを搭載していますが、3基を同時に使用する設計となっていました。1基は予備で、たとえ1基が壊れたとしても、ほかの生きているエンジンを使うことができるというわけです。それだけではありません。私たちは、「クロス回路」という裏技で、さらに多くの冗長系を可能にしたのです。
イオンエンジンは、「イオン源」と「中和器」が1セットとなっています。イオン源は、プラスの電荷を帯びたキセノンガスを高速で噴射するイオン発生器です。しかし、プラスの電荷をもつイオンだけが放出されると、探査機がマイナスに帯電して、噴射したプラスのイオンを引きもどすため加速することができません。そのため、中和器からマイナスの電荷をもつ電子を放出し、イオンを中和させることで、探査機が帯電するのを防ぎます。このイオン源と中和器は、4基のエンジンそれぞれに付いていますが、異なるエンジンのイオン源と中和器を組み合わせて使う、「クロス運転」を可能にする電源回路にしました。例えば、実際に今回の飛行で行ったような、エンジンAの中和器と、エンジンBのイオン源を組み合わせて使うという具合です。これにより、何通りもの冗長系を構成することが可能になりました。ただし、このクロス回路は、万が一の場合を想定して用意しておいただけで、まさか、実際に使うことになるとは思ってもいませんでしたね。
また、「はやぶさ」のように500kgクラスの探査機が発電できる電力は、およそ1kWと決まっています。その1kWを、3基のエンジンで分散して使えば、その組み合わせ次第で、推力をいろいろと変化できるという利点もあります。例えば、1基だけ駆動させれば330W、2台を駆動させれば660Wという具合です。また、地上で試験をするときも、1kWのイオンエンジンをつくって試験するよりも、330Wのイオンエンジンをテストする方が、装置もそれほど大きくなく簡単です。これらの理由から、イオンエンジンを4基に分けて搭載することにしました。

最大の危機を救ったクロス回路

Q. 打ち上げ直後にイオンエンジンの1つが不調になるなど、順調な飛行とは言えませんでした。帰還するまでに、「はやぶさ」はどのような危機を乗り越えてきたのでしょうか?

小惑星探査機「はやぶさ」(提供:池下章裕)小惑星探査機「はやぶさ」(提供:池下章裕)

まず、2003年の打ち上げ直後に、4基のエンジンA〜Dのうち、Aが動作不安定となり、運転を休止することになりました。イオンエンジンの連続運転を行う自信はなく、順調に動く残りの3基を、とにかく壊さないよう、毎日、手探りで運用をしていたという感じでした。
2004年には地球スウィングバイに成功し、小惑星イトカワに向かう長楕円軌道に乗りました。最初の太陽に近い軌道にいるうちはよいのですが、だんだん太陽から遠ざかっていくと電力が少なくなってきます。ちょっと目を離したすきに、電気が足りなくなってしまい、探査機が停電状態に陥ってかなり危うい状態になったことがあります。
その後、3基ある姿勢制御装置のうち2基が故障したものの、2005年11月に「はやぶさ」はイトカワに着陸することができました。しかし、離陸後に地上管制室で歓声がわく中、姿勢制御用の化学エンジンが燃料漏れを起こしていることが判明しました。燃料漏れの影響で探査機の姿勢が乱れ、「はやぶさ」は行方不明となってしまいます。約2ヵ月もの間、音信不通となってしまいました。
2006年3月には通信がなんとか回復したものの、姿勢制御装置はすべて故障していました。そこで、イオンエンジンの燃料であるキセノンガスや、太陽光の圧力を利用する新しい姿勢制御方法をあみ出し、2007年に、なんとか地球に向けて出発します。しかし、この時点でエンジンBも不調だったため、CとDの2基で地球をめざしました。
そして、2009年11月に最大の危機がおとずれます。エンジンDが寿命をむかえて異常停止し、一緒に頑張ってきたCもここまでの長旅で性能が低下し、まもなく寿命をむかえようとしていました。そこで思いついたのが、先ほどお話した、2つのエンジンを組み合わせて、1台分のエンジンの推力を得るという、クロス回路を使った運転です。偶然にも、エンジンAはイオン源、エンジンBは中和器が壊れて使用を中止していました。そこで、壊れていないエンジンAの中和器と、エンジンBのイオン源を組み合わせて動かして、危機を回避したのです。その後「はやぶさ」は、2010年3月末に地球に接近する軌道に入り、6月の帰還にめどが立ちました。

Q. 2009年11月にイオンエンジンが異常停止したときは帰還を絶望視する声もあがりました。その時はどのようなお気持ちでしたか?

キュレーション設備キュレーション設備

私には「クロス回路」というアテがありましたので、まだ希望はありました。せっかく設けた回路なので、一度は使ってみたいと思っていたのですが、いざという時のためのものなので、なかなか使うチャンスはありません。そのため、イオンエンジンが異常停止したときには、「ついにこの時が来たな」と内心思いましたね。
また私は、探査機の運用をしているチームと、カプセルの回収準備をしているチームの両方を監督していました。回収チームは、オーストラリアでカプセルを回収するための準備を数年間やってきましたので、もしも、ここで「はやぶさ」が止まってしまったら、彼らの作業がすべて無駄になってしまうわけです。さらに、小惑星イトカワから持ち帰った試料を扱うキュレーション設備(惑星物質試料受け入れ設備)も用意していましたので、それを無駄にするわけにもいきません。ですから、何としても「はやぶさ」を生き延びさせて、このプロジェクトを続行したいという一心でした。

  
1   2
Next